PDL短編 | ナノ


青い空の下で何を思う  





『次の種目は部活対抗リレーです。出場選手の紹介を───』

体育祭に数ある種目の中でも特に盛り上がる部活対抗リレー。その開始を告げるアナウンスを聴きながら、人混みに疲れた私はクラスの応援席から少し離れた場所にある木の下でぼーっと道行く人を眺めていた。部活に入っていない私は特に応援する人も居ないし、と思っていればわぁっと歓声が一層大きくなる。あぁなるほど、自転車競技部か。アナウンスが読み上げる部活名を聞いてしまえば、この声援の量も納得するには簡単なことだった。

『一年生は真波山岳くんに代わりまして、──くんが走ります。次は二年、』

「あれ、真波くんじゃないんだ」

同級生以外で顔見知りの後輩の名前が告げられたかと思えば、どうやら走るのは彼ではなく別の人らしい。まぁ今日はいい天気だし、真波くんが真面目に体育祭出てるイメージもあんまりないもんね。体育祭日和と開会式で校長先生が言ってた通り雲ひとつない空を見上げて、そんな後輩の姿を思い出す。入学早々にサボっているところを見かけて以来、会う度に少し話したりお菓子を一緒に食べる程度に仲良くなった彼の自由さと笑顔が私は嫌いではない。寧ろあのふわふわとした雰囲気は癒し効果さえあるような気がしてくる。それこそうさぎとか可愛らしい動物を愛でてる時のような感じ。あ、でも真波くん大きいから小動物ではないか。

「あれ、志帆さんこんなとこでサボりですかー?」
「……」
「あはは、すごい顔ですよー。鳩が豆鉄砲食らった時って言葉の意味が今わかった気がします」

驚いた。
そりゃそうだろう、今の今まで頭の中で考えてた人が急に目の前に現れたら誰だってそうなると思う。

「あ、ごめんね。いま丁度真波くんのこと考えててね。そしたら目の前に現れるからびっくりしちゃった」
「オレのこと?」
「うん。真波くんの代わりに誰か部活対抗リレー走るってアナウンスが聞こえて、きっと天気がいいからまた自転車乗ってるんだろうなって」

先程まで思っていたことを伝えれば、どうやらそれは正解だったらしい。一走りしてきたとこなんです、と隣に座りながら笑う真波くんの顔は満足感に満ちていて、思わずその頭に手を伸ばしていた。

「オレいま汗かいてるよ」
「ほんとだ」

そんなやりとりを交わしていれば、真波くんの視線が私の背中側で止まる。それにつられて振り返ればその理由が目に入ったので少し悩んでまぁいいかと差し出した。

「飲む?」
「わーい。喉乾いてたんですよねー」

ありがとうございまーす、と受け取ってスポーツ飲料が入ったペットボトルの蓋を開ける真波くんに、そう言えばグミもあったなとポケットを探る。うん、やっぱりあった。

「真波くん、これも良かったら食べ、」
「お、速水さんいいもの持ってるな。俺も欲しい」

頭上から降ってきた声に思わず差し出し掛けていた手が止まる。その声の主が誰かは、なぜかここ最近頻繁に聞くようになっているせいで顔を見なくてもわかってしまう。そしてそれは真波くんの「新開さんだぁ」と言う間延びした声により正解だったと答え合わせをされた。

「……部活対抗リレーは?」
「終わったとこだよ。走ったら腹減っちまってさ。そしたら丁度おめさんたちが見えたってわけだ」

走り終えた後とは思えない爽やかさを纏ってそう告げる新開くん。新開くんならほっといてもたくさん差し入れ貰えるんじゃないの?なんて思っていれば、顔に出ていたのか「静かなとこで休みたかったんだよ」と返される。それなら部室とかのがいいんじゃないのかな、とかいろいろ思うところはあったけれどそれより先に真波くんが居る方とは反対に腰を下ろしていたので、仕方なく手に持っていたグミの袋を差し出した。

「それより真波、おめさんリレーさぼっただろ」
「あはは、すいません」
「尽八がキレてたから覚悟しといた方がいいかもな」
「あー……」

新開くんたちのやりとりを聴きながら、その姿とても想像出来るしうるさそうだな……と失礼なことを考える。東堂くんがここを見つけてしまう前に撤退しないと。せっかくいい場所だと思ったのにな、と思って立ち上がろうとした瞬間。真波くんの口から、あ、と小さな声が漏れた。どうやら私の判断は一歩遅かったらしい。

「真波!!!お前こんなとこに居たのか!リレーをサボるとはいい度胸だな?!ん、隼人はなんでここに居る。お前のチームは反対側だろう!速水さんもこいつらを甘やかさないでくれ。ただでさえ──」

走ってきた東堂くんは開口一番に真波くんを叱り、新開くんに注意した後にそれは何故か私にまで飛び火した。甘いかなぁ。少なくとも新開くんに甘くしてるつもりは無いんだけど。というか私は彼との接触を回避してるつもりなのに、どういうことか向こうから近付いてくるんだよ。そんなことを言えるはずもなく、騒がしくなった木陰の元、まだ暫く終わらなさそうな東堂くんの話に私は小さく溜息を吐いた。
 


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