「新開、部活が大変なのは分かるがお前ももう三年なんだから勉強を疎かにするのは頂けないな」
昼休憩に腹いっぱい食べた後の五限目。
いつの間にか夢の世界に旅立っていたオレの意識は、先生のそんな言葉で現実へと引き戻された。やれやれといった様子の先生に一言すみません、と謝れば気を付けろよと返される。よかった、あまり厳しくない先生で。これがあの先生だったらヤバかったよなぁ、と思い出すのは一限目から寝ていたクラスメイトが怒鳴られていた場面。あれは謝るくらいじゃ許されてなかったしな。なんてことを考えていれば、何かを思いついたような顔の先生と目が合った。あれ、これ嫌な予感がする。
「そうだ。放課後にちょっと運びたい資料があるから手伝ってくれ」
にっこり笑う先生に断れるはずもなく、この時をもって今日のオレの部活の遅刻が決定した。そしてそのまま何事も無かったかのように授業は再開され、項垂れるオレに隣の席のクラスメイトはどんまいと口パクで伝えてくる。おめさん、口元ニヤけてるのバレてるぜ。
これ以上仕事を増やされるのは困ると必死で起きていた五限目はいつもに増して長く感じた。やっと終わった授業の教科書を机に放り込んで席を立つ。部活遅れるって言っとかないとだからな。尽八のクラスが近くて助かった。そう思って少し歩けば教室の空いている窓の向こうに見知った黒髪が見える。廊下側の席か。いいな、外から話し掛けやすくて。
「尽八!悪い、今日の部活少し遅れるって言っといてくれないか?」
窓枠に寄り掛かるようにして声を掛けると、次の授業の準備をしていたらしい尽八が振り返る。
「隼人。別に構わんが何かあったのか?」
「さっきの授業中寝てたのがバレて、放課後になったら資料運べって言われちまってな」
笑いながら起こったことをありのまま話すと呆れたように溜息を吐かれた。だって仕方ないだろ?と返しても、お前は真面目さが足りんとかなんとか言われちまう。オレとしては尽八が真面目すぎるだけだと思うんだけどな。
「だからお前は……おい、聞いているのか隼人」
聞き流していたのがわかったのか、眉間に皺を寄せて尽八がオレの名前を呼んだ。あぁ、聞いてる。とりあえずそう返したところで視線が止まる。尽八の後ろに見えた、教科書を開いてなにやら問題を解いている女子生徒。彼女のその横顔は十分すぎるほどに見覚えがあった。
「尽八の隣の子って……」
「速水さんか?」
オレの言葉と視線に釣られるように彼女の方を向いた尽八の口から出たのは、オレの知りたかった情報の一つ。そしてあの時聞けなかった彼女の名前を知ったと同時に、自分の名前に反応した速水さんがオレたちの方を向いた。そうすれば当然オレたちの視線はぶつかるわけで。視線があったままの彼女の表情からは気まずい、と言う思いがわかりやすく伝わってきて、思わず笑いそうだった。
「なんだ、二人は知り合いだったのか?」
そんなオレたちを見て尽八が首を傾げる。その質問に速水さんはなんて返せばいいのか答えを探している様子だ。
知り合い、ね。ここ一ヶ月くらいはオレが一方的に彼女を知っていただけだったけど、この前の会話で向こうもオレのことは知ってたからもう知り合いではあるよな。でも一度も同じクラスになったことは無いし、あの日と今日の速水さんの態度からするとオレに対してあまりいい印象は持って無さそうだ。でもだからといって、尽八の隣の席っていうこの絶好のチャンスを逃すわけにはいかないだろ?
だからごめんな、速水さん。
心の中でそう謝って、オレはさらりと尽八へこう告げる。
「あぁ、ウサ吉仲間なんだ」
その言葉の後にオレの目の前に並ぶのは二つの対照的な顔。ほう、と納得したような表情を浮かべる尽八とは反対に、その目を大きく見開いて驚いている速水さんからは何を言っているんだと言う気持ちがありありと伝わってきて面白い。
「待って、あの」
「おっと、そろそろ次の授業始まるな。じゃあ尽八頼んだ。速水さんもまたウサ吉の所で!」
慌てた彼女が訂正しようとなにか言いかけたのをわざとらしく遮って話を切り上げる。あの後、尽八となにか話すのかな。さっきの言葉を否定されても別に構わない。新学期が始まって席替えをしたばっかりの彼女が居るのはまだ暫くの間尽八の隣。オレのことを改めて認識してくれたなら、後はこっちから会いに行けばいいんだからな。
思わぬ拾い物をしたオレの足取りは行きとは違ってとても軽い。こんなことがあるなら授業中の居眠りも悪くないなと思った。
▽
「……隼人、なにかあったの?」
鼻歌でも歌えそうな気分で席に戻ったオレを見た聖が訝しげな顔をして聞いてくる。
「ん、わかる?」
「顔が緩みすぎてるわよ」
「はは、ちょっと予想外のことがさ。たまには授業中に寝てみるもんだな」
「……割と寝てるわよね?」
prev /
next