Be sure to catch you


撃ち抜きました  




「寿一、ちょっとオレ部活前に寄るとこあるから先行っててよ」

 三年になった初日の授業が終わって教室を出たところで偶然一緒になった寿一に、途中で一旦足を止めてそう伝えれば、一瞬不思議そうな顔をした後すぐその理由に思い当たったらしく頷いた。

「ウサ吉のところか」
「あぁ。部活の開始には遅れないからさ」
「わかった」

 悪いね、と簡単に断りを入れて飼育小屋傍にあるウサ吉の小屋へと向かう。寿一の言葉は間違っていない。現にオレの鞄の中にはウサ吉へやるための野菜が入ってるし、様子を見に行くのは日課だからな。ただそこに今はもう一つ追加要素があるってだけだ。

(今日はどうだろうな)

 あたりかはずれか。
 子どもがくじ引きの結果を見る時のようなテンションで来たのは小屋から少し離れた大きな樹木の陰。オレの肩幅よりゆうに大きいこの木の下は小屋の前を覗き見るには丁度いい。さて、今日の結果は。

(……居た)

 どうやら今日はあたりだったらしい。
 視線の先に見えるのは小屋の前にしゃがみこんでいる一人の女子生徒の姿。ウサ吉を眺めているらしい彼女の横顔はとても穏やかで、さすがに聞き取れないがどうやらなにか喋りかけているようだった。その姿を見ていると自然と口元が緩んでくるのがわかる。やばいな、思ったより重症だ。

 名前どころか学年さえも知らないその女子生徒を初めて見かけたのは数週間前の春休みに入ってるすぐの頃。練習日の昼休みにウサ吉の様子を見に来たオレの前に小屋の前に居たのが彼女だった。それまでにも何度かウサ吉小屋の前で女子生徒に会うことはあって、でもそれはウサ吉を話のタネにしてオレと親しくなりたいと言う子たちばかりだったから今回もそうなんだろうなと軽く溜息を吐いた。好意を持ってくれることが嬉しくないわけでもないし、過去に付き合った子が居ないないわけでもない。だけどいまオレが優先したいのは自転車で、残念ながらそれを理解してくれる子たちではなかったと言うだけだ。だからその日は後でまた来ようとその場を立ち去ったけど、その日の夕方に改めてウサ吉小屋に来た時にオレが思い出したのは昼間に見た彼女の横顔だった。

 それから春休みの間、何度か同じようにウサ吉小屋の前にいる彼女を見かけて分かったことが二つある。
 一つはウサ吉のことをとても気に入ってくれているようだと言うこと。オレが見かけたのは数回だけど、彼女のウサ吉を見る目はとても優しい。そして少し触ろうとして手を伸ばしかけてはやめる。動物を怖がっていると言うよりは触れていいのか戸惑っている感じ。それでも網越しにウサ吉を眺める彼女はいつも穏やかに微笑んでいた。
 そしてもう一つ。たぶん彼女の目当てはオレではないこと。今までの経験上、毎日足を運んでいればどこかで必ずオレが居るタイミングで女子生徒が現れていた。まぁ彼女たちの目的はウサ吉ではなくてオレだったからそれも当然なんだろうけどな。でも今回はそれが無い。春休みの割とわかりやすいオレの行動パターンでも無かったということは、たぶんオレの予想は当たっていると思う。そしてそれはオレにとって重要なことだった。誰かとウサ吉のことを話すのが嫌なわけじゃないけど、ウサ吉をだしにされるのはいい気分じゃなかったから。ウサ吉に向けるあの表情をオレにも向けて欲しい。気付けばそう思っている自分が居た。だからオレは決めたんだ。次に彼女を見かけたら話し掛けてみようってさ。

 そしてその時は遂に来た。

「はぁ、残念だよ……」

 そっと彼女に近付けば溜息と共に聞こえてくるそんな声。

「何が残念なんだ?」
「っ……」

 突然声を掛けられたことに驚いた彼女はびくりとその身体を小動物のように跳ねさせた。そして慌てて振り返ったことで初めて視線が交わる。初めて正面から見た彼女の表情は驚きの表情を浮かべて、少し震えているような声で小さくオレの名前を呼んだ。

「ん、オレの名前」

 そこで気付く。なにも知らないと思っていた彼女はどうやら同じ学年の子だと言うことに。でも同じクラスになったことはないから残念ながら名前は分からなかった。

「確か同じ学年の」
「ごめんね、つい勝手に見ちゃってた」

 オレが言いかけたのを遮るように彼女が謝る。確かに飼っているのはオレだけど、ここに小屋がある以上見るなと言うわけでもないし、それは構わないよと返した。

「ウサ吉は可愛いからな」

 そう言ったオレに彼女はもう一度ウサ吉を振り返って立ち上がる。立ち上がったことで近くなった距離に嬉しくなったのも束の間。彼女は「じゃあね」と言い残してその場を去った。あれ?本当ならあの流れで彼女の名前を聞くはずだったんだけどな。しかもオレと話す時の彼女の表情はウサ吉を見ていた時の穏やかなものとは程遠いものだった。

「これは一筋縄じゃいかなさそう、かな」

 口ではそう言いつつも、込み上げてきたものに思わずぞわりとした感覚が波打つ。そう、それはまるでレースで目の前を走る選手とリザルトを争う時のような感覚。まさかこんなことになるなんてな。初っ端から予想を裏切ってくれた彼女が校舎の向こうに消える直前、オレは得意のポーズでその小さな背中を撃ち抜いた。


prev / next


- ナノ -