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突然の出来事でした  




「あれ?」

 部活に行く前、ここ最近ではもうすっかり慣れてしまった尽八のクラスに顔を出すと、教室内の雰囲気が変わっていて一瞬足が止まる。そして尽八の姿を昨日まで居たはずの場所より少し前方に見つけて、あぁなるほどと納得した。

「や、席替えした?」
「隼人か。あぁ、先程のホームルームでな」

 荷物を鞄に詰めていた尽八から返って来たのはオレの推理が間違っていなかったと言う事実。まぁ内容自体は少し考えれば誰にでも分かることで、推理って言うほど大したものじゃないんだけどな。ん、待てよ。席替えがあったってことは──

「残念だが、もう隣に彼女はおらんよ」
「だよな……」

 隣に視線が向いたのを察した尽八が苦笑しながら告げた事実に思わず溜息が漏れる。出来ればそっちの予想は外れて欲しかったんだけどな。これだけの人数が居る中で二回連続隣の席を引くなんて都合のいい偶然はやっぱり起こっていなくて、尽八の隣の席にはオレの知らない筆箱が鎮座していた。

「速水さんは今度は窓際だと言っていたな」

 そう言えば、と付け加えられた情報とその視線に込められた意図に気付いて思わず苦笑する。窓際の席だと廊下側の尽八とは正反対だから、今までみたいに尽八をダシにして会いに来るってことは難しくなったと言うわけだ。

「大丈夫、最近はだいぶ仲良くなれてると思うよ」
「そうか」
「さっきもここに来る前メールしたんだ。貰ったクッキー美味かったってさ」

 元々ここに来た理由はそれをちゃんと会って伝えようと思ったからだけど、尽八の言葉に従って窓際の席を見ても速水さんの姿は見当たらない。今日は図書室の担当じゃないって言ってたから、この感じだともう寮に帰っちまったんだろうな。やっぱり授業が終わって直ぐにここへ来るべきだったと後悔しつつも、また明日の昼にでも来ればいいかと思い直して、部室に向かう尽八の後へ続いた。

「それはそうと、速水さんの作るものはそんなに美味しいのか?」

 部室までの道を歩きながら、尽八が思い出したように口に出したのはそんな言葉。

「ん、普通に美味いと思うけど?なんで?」
「あぁいや、変な意味じゃないぞ。聖や真波も喜んで食べているようだから少し気になってな」

 どうやら身近な人がよく食べている彼女の手作り品に純粋な興味が湧いたらしい。尽八は食べたこと無いのかと問えば、無いなと返される。たったそれだけのことなのに、自分が速水さんの手作りお菓子が食べれる数少ない存在だと思えてなんだか無性に嬉しくなった。オレの場合は自分から頼んだわけだから、彼女が自発的に渡しているあの二人とは違うかもしれないけど、結果としては同じだろう。やっぱりあの時頼んでみて正解だったな。

「今度聖に一口分けて貰えるよう頼んでみるか」
「そう言えば今日、聖の分を少し貰おうとしたら手叩かれちまったんだよなぁ」
「お前はなにをしてるんだ……」
「いやぁ、美味すぎてね」

 尽八からの呆れたような視線を笑って躱す。別に味わって食べてないわけじゃないんだぜ。毎回ゆっくり大事に食べようと思ってはいるんだ。でも食べ始めたら手が止まらなくて気付いたら無くなってるんだよな。聖の方はオレより一回に食べる量少ないし、ペースもゆっくりだからつい。

「聖のものを取るなよ」
「なんだおめさん、嫉妬かい?」
「うるさい。どうせお前だって彼女の菓子を独り占めしたいと思っているのだろう」

 そんなことを言っている内に、もう部室のドアが目の前にある。ドアに近かった尽八がガラリと開けると、あ!と大きな声が耳に飛び込んで来た。

「東堂さんだ!今日は天気いいんで山で勝負しましょうよ!」

 座っていたベンチからこちらに駆け寄ってくる後輩は相変わらず自由ではあるけど、遅刻せずに来ている分マシな方だろう。オレはそう思ったけど、どうやら尽八はそうならなかったらしい。挨拶の仕方が云々と早速小言モードへと突入していた。

「あ、新開さんもお疲れさまです〜」
「真波もおつかれ」

 尽八の指導の成果が早速出たのかどうかはわからないけど、オレにも声を掛けてきた真波に挨拶を返して横を通り過ぎようとした時。ふと視界に入った真波の手元に一瞬視線が奪われた。そこにあったのはオレが貰ったものと同じシンプルな包装の小袋。なんとなく捨てられずにまだ鞄に入っているものと同じそれが誰からのものなんて明白で。

『どうせお前だって彼女の菓子を独り占めしたいと思っているのだろう』

 つい先程言われたばかりの尽八の言葉が蘇る。
 そりゃ思うよ。速水さんがオレだけに作ってくれたら、オレだけが食べられたらなって。でもさ、好きな子の特別は自分だけでいいって思うのは普通のことだろう?異性の同級生や後輩に対してさえ嫉妬している胸の内なんて所詮そんなものだ。それでも、横顔を眺めるだけだった春休みや、警戒されて会話さえままならなかった頃に比べたら一歩ずつでも確実に距離は近付いている。だから大丈夫。

 そう思っていたんだ。この時までは。


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