Don't catch me if you can


エンカウントしました  






志帆ちゃんって誰か好きな人居ないの?

新学期になって早速あったグループ学習の課題をしていたクラスメイトが首を傾げるのに、ゆっくりと横に首を振る。中学時代に付き合った人は居たけど、卒業する前に別れた。それ以来、高校三年になる今日まで特に誰かを好きになることは無かった。もう少し青春出来ればよかったんだけどね。何故か無性に虚しくなって溜息を漏らせば、目の前の彼女が「まだあと一年あるよ!」と笑った。

「そう言えばさ、飼育小屋の所にウサギ居たの知ってる?」

青春して居ない私の話は一旦おしまいにして、春休み中にたまたま通りかかった飼育スペースで見かけた可愛らしい動物の話を振ってみる。ニワトリとかのように備え付けの小屋ではなかったから最近飼われ始めた子なのだろうか。元々犬猫や小動物は好きだけれど、寮に入ってからはなかなか触れる機会もなかったので、春休み中に図書委員の活動で学校へ行った時はつい足を運んでいた。

「ウサギ……あぁ!そう言えば新開くんが飼ってるらしいよ」
「え……」

彼女の口から出たのは意外な人物の名前。新開くんってあの?自転車競技部の?そうか、それなら。

「もうあの子のところ行けないな……」
「え、なんで?」
「うーん……新開くんあんまり得意なタイプじゃなくて……」

 私の言葉に目を丸くするクラスメイト。

「イケメンだし優しいのに?」
「……なんかチャラそう」
「あはは、可哀想」

そう言って笑う彼女に力なく笑い返して、いい加減止まりっぱなしだった課題へと意識を戻した。





「はぁ、可愛いなぁ……」

女子寮に戻る道すがら、私は例のウサギ小屋の前に居た。もしゃもしゃと干し草を食べるウサギを眺めながら、昨日友人に聞いたこの子の飼い主を思い浮かべる。
新開隼人。
自転車競技部のレギュラーメンバー。
爽やかで人当たりの良い性格の彼はファンクラブのある東堂くんに負けず劣らず女子からの人気も高いらしい。
私が知っているのはこの辺りの情報しかないけれど、寄ってくる子をファンとして平等に扱う東堂くんと違って、新開くんは誰々と付き合ったとか別れたとか、そういう噂はいくつも聞こえてきていた。全てが真実ではないのかもしれないけれど、私の中でどうしても苦手なタイプに分類される彼との接点は少ない方がいい。そう考えた結果、せっかく出会えたこのふわふわでもふもふなこの子の元に来るのは今日で最後にしようと決めたのだ。

「はぁ、残念だよ……」
「何が残念なんだ?」
「っ……」

ウサギ相手に呟いた言葉へまさか返答が来るとは思っていなくて、身体が跳ねる。慌てて振り向くと目に飛び込んできたのは赤茶色の髪にタレ目の彼、先程まで接点を減らそうと考えていた新開くんがそこに居た。

「新開くん……」
「ん、俺の名前……ってあぁ確か同じ学年の、」
「ごめんね、つい勝手に見ちゃってた」
「それは構わないよ。ウサ吉は可愛いからな」

この子、ウサ吉って言うんだ。
そんなことを考えながら立ち上がって、新開くんの横を「じゃあね」と通り抜ける。彼の中での私は顔を見た事はあるけど名前は思い出せない同級生。そう、その認識でいい。余計な接点は増やさない。
 振り返らずにそのまま寮へ向かう私は、その時新開くんが私へずっと視線を向けていたことに気付かなかった。




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