★チョコより甘い。

“ひーさまは、バレンタインを知らんのか?”

「…………」

知っている。その意を込めて緋織は首を横に振った。

木造の花星荘の中、火の加護が特に強い部屋で紫不在からどっぷり落ち込み中だった緋織を火の眷属である“炎花の精霊”がその特徴的なつり目を鋭くあげて緋織を真正面から見据える。

じ、と精霊特有の幼い容姿に相応の大きな瞳は強気からやがて呆れへと姿を変えて炎花の精霊に大きな溜め息を吐かせた。

項垂れた炎のような頭を緋織は思わず撫でる。やがて生まれてくる我が子にも優しくしてやりたいものだ。

撫でる指が炎花の精霊の頭を往復した辺りで彼はぼうっと髪を逆撫でて“うがーっ!”と両手を突き出して叫んだ。……はて、怒らせるようなことをしただろうか?と緋織は不思議に首を傾げる。……しかしこの炎花は猫みたいだ、としみじみ思ったが口に出しては言わない。怒られてしまいそうだから。

はてさて。緋織がバレンタインなるものを知っていることを知っているはずなのに、なぜ目の前のこの精霊はわざわざ訊ねて、挙げ句に怒っているのか。それが緋織にはさっぱりわからなかった。

幼児ほどの大きさしかない炎花の精霊はいらりとした表情を崩さない。あまり怒ると炎をたぎらせてしまうから緋織としては是非とも遠慮していただきたいところ。また一層強く抑えの術をこの部屋にかけなければならなくなる。

木造の花星荘に、火の属性は少しばかり危うい。緋織だって紫と言う番がいるからこそ、こうして力を花星荘の中で抑えていられるのだから。紫に余計な負担をかけるわけにはいかない。

褐色肌のちいさな手がびっと緋織を指して、強くつよい口調が猛る。……その言葉は緋織の中で正に、

“だったら!ひーさまから贈ったらどうだ!?もらってばかりでなく!”

「……!」

正に、改革を起こした。





*〜*〜*



「……だから最近露骨に避けてたんだー……」

寂しかったなぁ……とここぞとばかりに腕の中で拗ねる紫に、正直緋織はそれどころじゃあなかった。

むぅー……とからかい半分に頬を膨らませつつ、包むように紫に回している腕にごろごろと幼子のように頬を擦り寄せている彼女に緋織はチョコではないが正しく解けそうな程にくらっくらだった。

後ろからぎゅううぅ……と抱き締める腕の力が自然と強くなり、そのせいで猫背になる体の微妙な重さをきちんと把握しているベッドが僅かに鳴る。

花星荘には各それぞれに部屋があり、紫と緋織は同室。隣は大事な大事な母と弟妹たちの部屋だ。

ふきゅっ!と紫が強めた腕に鳴いた。柔らか音の声色が部屋の中に一際良く響いた。

緋織にとってはこの上なく安心し、くすぐったい気持ちにさせる声。ほわりと甘い蜜のような感情に満たされる。

そこにしっかりある甘い匂いよりも、気持ち的に感じる甘さの方が体感を支配するのは緋織の強すぎる想い以外に他ならない。と言うようなことも緋織自身しっかりと自覚はあった。

ダブルベッドの側にある木造の角の丸いちいさなテーブルにあるそれに紫の視線が注がれていたが、

「……立派なチョコケーキ……」

「……」 

四階の書庫から借りてきた本を頼りに作ったチョコのホールケーキに喜んでもらえたのは嬉しいけれど、紫の意識を占められた緋織は正直面白くなかったりする。

大切な彼女にと気合いを入れに入れて作ったはいいけれど、作ったものに嫉妬を抱くくらいならもう少し簡単なものにしておけばよかったと、後悔してみたりもする自分に贅沢な感情だと抱き締めた紫の肩に頭を凭れて溜め息を吐いた。




「チョコより甘い」、了。









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