翌日、坊主はミキ達を連れメモに書かれた住所を訪れた

ミキとユウタは腫らしたような目をしていたが2人共昨日のうちに仲直りを済ませ
兎崎のために手掛かりをさがす事に2人なりに納得したようだった

日傘の様に屋根の上を大きな木に覆われた家は、渋い色をした門が構えられ「永坂」の表札がかけられていた

緊張を隠し息を調え呼び鈴をならす

返答はない

留守なのだろうか、門の向こうへきょろきょろと視線を走らせていると後ろから声がかけられた

「まぁまぁお客さんかい?」

麦藁帽子の下に更に手ぬぐいを巻き、太陽の香りがしてくる程に新鮮な夏野菜が溢れる程入った篭を持つお祖母さんが
「こんな格好で悪いんねぇ」
と手を振りながら歩いてきた

坊主は頭をさげ挨拶をすると
"明治に亡くなった人が駄菓子屋を構え体を探しています"
なんて信じて貰えない様な事実は間違っても口にはださないよう
昨日の夜寝る間も惜しんで考えたこの家をたずねたもっともらしい理由を頭の中で整理した

が、どうやら依頼主の女性が事前に連絡してくれたようで
お祖母さんは「聞いてますよ」と笑うとどうぞこちらへと庭の方へ坊主達を案内した

庭を回り蔵の方へ行くと、
蔵の中から出したものを広げられるようにブルーシートまでひかれていた

坊主が驚いているとお祖母さんは「子供達の夏休みの課題なんですってねぇ、好きなように見てくださいな」と笑顔でどうぞと蔵をさした

事前に連絡してくれただけでなくもっともらしい理由まで用意してくれた女性に坊主は感謝した


大きな蔵を前に坊主達は「さて」腕をまくりと気合いを入れる



同じ頃、兎崎と里衣子は女性のメモを見ながらたどり着いた小さな平屋の一軒家の呼び鈴を鳴らした

しばらくして現れた女性に居間へ通されるとその時間になるのを待つ

女性は2人の前にお茶を出すと「まだ少し時間ありますね」と木箱に入った懐中時計を机の上に置いた

遠慮なく一気にお茶を飲み干すと里衣子は木箱の懐中時計を覗きこむ

「こっちの時計は動いてんだな」

「僕の時計がなんで動かなくなったか知ってるくせに」

細めた目の上で眉をあげる兎崎に「そういう意味じゃねぇって」と言うと里衣子はあぐらをかきなおした

そうだお茶菓子、と言いながら女性が席をたつと兎崎は自分の前に置かれたお茶と空になった里衣子のものを入れ換えた

お茶菓子を手にし戻ってきた女性がそれを机に乗せ「そろそろですかね」と言いながら急須を持ち兎崎の湯呑みへ注ごうとすると
兎崎は大丈夫ですというように手を前へ出しお礼を言うかわりに微笑んだ

懐中時計がひとつ針を進める

「私此処にいた方がいいですか?それともいない方がいいですか?」

どちらが都合いいのだろうかと女性がたずねると
兎崎は「どちらでも」と微笑む

女性はそれじゃあ私は庭でもいじってますねと笑うと襖を開け玄関から庭へ出ていった

静まりかえった部屋で兎崎は時計が秒針を確実に進めていくのを見詰める

「おい、なんか緊張すんだけど」

「なんでりーこが緊張すんのさ」

呆れたように兎崎がひとつ息をつく

「しないのかよ!?ついに政剛とご対面なんだぞ!?」

「むこうはこの格好じゃ僕が由太郎だなんてわかんないよ」


「それでも緊張くらいしろよ!?」と声をあげる里衣子に「そうだね」と静かに答えると兎崎はついに11時17分をさした時計を見詰める

部屋の襖の前にこちらに背を向けた政剛がぼやりと現れると
里衣子は兎崎の肩を叩いた

襖の向こうに消えようとする政剛に懐中時計に目をむけたまま兎崎が声をかける

「何かお探しですか」

緊張したように里衣子が兎崎と政剛を交互に見る

政剛はぴたりと動きを止めるとこちらへ振り向く事もせず

「誰か知らないがほっといてくれ…っ」

と何処か怒気のこもった声で答えた


「そう、話しくらい聞かせてもらえない?」

「もう生前に散々聞いてもらおうとしたさ。道行く人や他人にまで。けど誰も聞きやしない…っ」

そこまで聞くと兎崎はゆっくりと息をつき政剛の背中を見た

「この時計に関係してるんでしょ?この時計はあなたにとって何?」

「ほっといてくれ…っ!」

そう言うと政剛は襖の向こうへ消えた


大きく息を吸うと兎崎は寄りかかるように後ろへ手をついた

ほんの短い時間だったが緊張が途切れたように里衣子はお茶菓子に手を伸ばすと
「もっとがつんと聞きゃいいのによ」と兎崎を見た

そうもいかないでしょとため息をつくと
兎崎はとにかく戻ってくるのを待とうと言い里衣子を見た




埃が舞い上がる中目を細め蔵の中を調べていく

が、一体何が手掛かりにつながるか検討もつかない

おまけにタクヤに関しては面白そうなものを見付けるとすぐ目的を忘れユウタを呼んでははしゃいでいた

そのたびミキが怒りとばしているが、せっかく用意されたブルーシートの上は未だ寂しいままだ

と、カナが何か見付け坊主を呼んだ

カナが指差す先にある何枚も何枚も積み重ねられたそれは古い冊子の様な物だった

男は一番上のひとつを手にとると丁寧に埃をはたく

"日記"

かすんだ字で縦書きにそう記されていた

坊主が目を丸くし一枚めくると表紙の裏に"政剛"と記されていた

「あったぞ!」

思わず声を大にする坊主の回りにミキ達が集まる

「これって政剛さんの?」

「ああ!外に運びだそう」


細かく日記をつける人だったのか
リレーのように外へ運び出された日記は相当な数になり、がらんとしていたブルーシートは一気に狭くなった

何十冊とあるこの中から問題の三日間を探すとなるとあまりに気が遠くなる話しだ

男はどうしたもんかと暫く考えると口を開いた


「確か兎崎さんの話の中に秩禄処分の一年前という言葉が出てたから…処分は明治9年。いいかい皆、明治8年の11月の日記をさがそう」


男の言葉にミキ達は頷くと、大量の日記の中からその一冊を探し始めた

一冊一冊手に取り埃をはらうと日付を確かめていく

が、政剛の字は達筆でミキ達には読みずらく時間がかかった


ふと坊主が腕時計に目をやると、いつの間にか午後2時をとっくにまわっていて
気を使ってくれたのか庭先にお祖母さんがお茶や煎餅を運んで来てくれた

「えらいねぇまだ小さいのに熱心に調べ物して」

そう感心するお祖母さんの後ろを、夏休みで遊びに来ている孫らしき子供が走っていった

「あ!お客さんだ!」

「そうさぁ邪魔しちゃいけないよ?」


庭先の水道で手を洗うと坊主達は休憩をとった

ふーっと空気を抜くように息をつき座ると坊主は時計をみて
「5時前には帰った方がいいね」とミキ達を見た

「兎崎達どうなったかな」

お茶を口にすると心配そうに雄太が呟いた

「きっと大丈夫だと思うよ」
と笑うと坊主は凝り固まった肩を回した




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