しばらく沈黙が続きハッと思い出したように「カバン!」と声をあげると自転車へ駆け寄りハンドルを握る

「お、ちびっこ常連、兎崎ならいないぞ?」

開け放たれたままの硝子戸の奥で引き出しに鍵をしまいながらこちらをみる里衣子の声がした

今来たばかりだと思ったのだろうか、眉をあげこちらを見る里衣子に驚き肩をあげるとミキとユウタは慌てペダルに足を乗せ逃げるよう走りさった

その様子にさらに眉をあげるとその先を見ながら里衣子は「なんだ?」と呟いた


商店街から4駅程離れたところにある通りは賑やかで色々な店が入った高い建物が肩を並べる

その建物に挟まれた広い道が狭く感じる程人通りが多く
次から次に目の前に現れる人混みを縫うようによけながら兎崎は足を進める

何かを探すように人混みの中へ走らせる視線は休む事なく動かされる

暫く歩き、ため息をつきながら道端に置かれたベンチへ腰を下ろすと目の前、そして道向こうの行き交う人々を見詰める


いつの間にか雲が出始め空が薄暗くなっていた

こんな暗い空と人混みはいつかも見た事があったなとふと思う


まるで心を映したかのような灰色の重たい空

確かあの日は今と違い雪が降っていた

灰色がかる真っ白な町
傘をさし子供の手を引く母親
毅然と歩く女学生
雪を散らし駆ける馬車
はしゃぎ遊ぶ子供達

あんな風に笑った事があっただろうかと思いながら過去に見詰めた風景が
目の前の人混みと景色に重なる

あのときは確か懐中時計が夕食時をさしていた

そう思い懐から出した時計は相変わらず赤茶色に錆び付き11時17分で止まっている


そりゃそうだと笑うように眉をさげると兎崎は懐へ時計を戻し立ち上がると再び人混みの中へ混ざった

と、ちゃんとしまえていなかったのか懐から地面へ懐中時計が落ち、後ろをあるく女性の足元へ着地した

その女性はそれを拾うと落とした事に気づかず進む背中を追いかけ声をかける

「すみませんこれ」

と後ろからの声に気づくと兎崎は「あ」というよう出した手に乗せられた時計をみた

拾ったものが何かわかっていなかったのか、兎崎の手に乗せた時計を改めてみた女性が同時に驚いたように目を開き何か兎崎に言おうと口を開いたが、
時計を受け取った兎崎はすでに背を向けており人混みの向こうの方だった




「ありがとうお坊さん」

「まったくあんたがカバンなんか忘れるから」

そう自転車のカゴにカバンを入れ商店街を歩くミキとユウタの横を「いやいやいいんだよ」と笑いながら坊主が歩く

結局やはり二人で川へ戻るのは嫌だとユウタが聞かなかったため坊主に一緒に川まで行ってもらったのだ


「しかし二人なら私より兎崎さんに頼みそうだけど珍しいなぁ」

笑いながら言う坊主の言葉に二人はなんだか気まずそうにうつむいた

何かまずい事を聞いたかなと坊主が眉をさげ調度駄菓子屋の前を通りすぎようとしたとき
3人の目がアイスを取り袋をあけながら奥へ戻ろうとする里衣子とあった

里衣子はミキとユウタを見て坊主を見るとあげていた眉をこれでもかと曲げ「いっ!?」とアイスをくわえる口を横へ広げ

「おいなんだよこの店に坊主連れて来たんかよちびっこ常連!?いくら怪しくてもそりゃないだろ悪霊退散とか言うんじゃないだろーな!?」

とアイスを剣か何かのように構え本気なのか冗談なのかかかってこいと坊主を見た

坊主は困った顔で「いやいや」と両手を前に出し振ると「ただ通りかかっただけですし店主さんとは知り合いです」と説明した


里衣子は「ほほーう」と目を細め、手に持ったアイスを鞘に戻すような仕草をすると「アイス食ってた事は内緒な」と言いながら奥へ戻っていった



「旧校舎の件の後誰かに店まかせるって兎崎さんいってたけどあの方がそうかな…また店まかせてるって事は兎崎さん忙しいのかな?」

眉をさげ笑いながら言う坊主にユウタは「さあ…」とだけ言うと息をはいた


どことなくだるそうなユウタを心配そうに坊主が覗く

「ユウタ君川にはいって風でもひいたかい?」

ユウタは黙ったまま首をふったが坊主が額に手を当てると確かに熱かった




「いいのよこの子ったらどうせ川でずぶ濡れになったんでしょ、この位の方が大人しくていいのよ」

ユウタを送り届けた坊主とミキに玄関先でユウタの母は冗談混じりにそう笑うと御礼を言い玄関のドアをしめた


ユウタの家を背に歩く坊主にミキが心配そうに昼間の川での話をする

「今日川で変な声を聞いたのよ。それとユウタの具合関係あったりしたらどうしよう」

「んー大丈夫じゃないかなきっと遊び疲れたのもあるんだろう。」


その日の夜、熱のせいか寝汗をかき寝苦しさで目を覚ましたユウタはあまりの熱さにベッド横の窓をあけ夜の涼しい風を部屋へといれた

体の汗を冷やしながら吹き込む風にほっと息をつくとぼーっとした頭で外を見詰める

と、家の前の通りの向こうに人影がみえた気がして目をこらす

そして何故目をこらしてしまったのかと後悔しながら慌てて窓をしめ布団にもぐりこんだ

通りの向こうにいたのは着物をきた老婆だった

もしかしたら普段から着物を私服として着ているだけの人なのかもしれないが
昼間の事もあるし何より時計の針がさしてるのは夜中だ

普段夜8時を過ぎたら人通りなどないこの町のこの時間にその姿をみかけたらそれがなんであれ驚く

暑さなど忘れ布団から体の一部すらでないよう丸まるとユウタは朝がくるのをまった


翌日お見舞いも含めてミキとカナとタクヤはユウタの家を訪れた

三人は部屋へ通されると、ユウタの寝るベッドの横へ心配そうに腰をおろした

ユウタは頭までかぶった布団から顔を覗かせ三人を見ると再び布団をかぶった

「大丈夫?ユウタくん」

カナが胡座をかくタクヤの後ろから覗き込む

「俺、なんか変なのみたんだ…」

ユウタが布団の中から篭った小声でつぶやいた

「考え過ぎなのよ」

「違うよ!いや…わかんないけど。なんか着物のおばあさんが外にいたんだよ」

ユウタが自信なさそうに皆をちらちら見ながら言うとやはり着物のおばあさんなんか普通にいるという声が帰ってきた

「けど川で声聞いたし俺熱でたし」とかき集めるように理由を並べるユウタにカナが
「兎崎に相談したら?」
と言うとユウタは黙ったまま勢いよく布団をかぶった

その様子に不思議そうにタクヤとカナが顔をあわせるとミキは布団の中のユウタを細めた目でみながら二人に昨日の話をはじめた


「それって兎崎は幽霊って事?」

カナが丸く開かれた目で声をあげた

タクヤもこれでもかと目を見開いていたが
旧校舎の暗闇の中すたすたと歩いていた兎崎を思いだし一人頷いた

「まぁ本当にそうなのかちゃんとわからないのよね。でもそれ聞いてからユウタずっとこうなのよ」

からかうように布団の上からユウタを見るようにミキが言うと「違うよ!」と布団をめくりユウタが飛び起きた

「じゃあなんなのよいきなり素っ気なくなったじゃないユウタ」

フンと言うようにあごをあげるミキに言いにくそうにユウタが口をひらく

「だって…ミキは怖くないのかよ?」

ユウタの一言に驚いたようにミキは目を開き皆を見回した

「怖いって兎崎が?」

「そうだよだってわかんないじゃんかもしかしたらとり憑かれるかも」

再び持ち上げた布団に体を包みながら言うユウタの言葉にミキが馬鹿言ってんじゃないわよと笑うと「それだけじゃねぇもん」とユウタは布団に顔をうずめた



前のページ 次のページ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -