※昴視点






どうして、オレは。







『あ、昴ー!』

〈…おう〉


体にくくりつけた荷物が落ちないよう、慎重に地面に降り立つ。するとハルマから連絡を受けていたのであろうヒナタが既にポケモンセンターの外で待っていて、オレの姿を確認すると手を降りながら駆け寄って来た。あぁ、クソ。たったそれだけのことがこんなにも嬉しいなんて。なのにそっけない返事しか出来ない自分が憎い。


『ゴメンね昴、わざわざ届けてもらっちゃって…』

〈本当にな。ったく、手間かけさせんなよ〉

『う…すみません…』

〈…っあ、いや、その…!〉

『ん?』

〈〜っな、何でもねぇよ!〉


吐き捨てるように言い放ち、擬人化して背負ってきた荷物を下ろした。オレが本気で怒っていると思ったのか、少し落ち込んだ様子のヒナタに気の利いた弁解1つも出来ないことが情けない。オレだってもっと普通にヒナタと話したいのに。

…雷士なら、こんなダセぇ姿は見せないんだろうな。アイツもよくヒナタに憎まれ口を叩いているけど、オレがよく言われる素直じゃないって意味とはまた違うだろうし。


「…ほら、これだろ?」

『そうそう!助かったよー、このポーチに寝癖直し入ってるのに忘れちゃって…』

「あー…、お前愛用のアレか」


薄いピンク色のポーチを大事そうに抱えたヒナタが笑う。そもそも何故オレが自宅から町2つ離れた場所にあるポケモンセンターに来ているのかというと、このポーチをヒナタに届ける為だ。

昨日までヒナタ達は帰省していて、今朝方出発したのだが…夕方近くに突然ハルマのライブキャスターに連絡してきた。理由は大事なものを忘れたから今すぐ取りに帰るとのこと。まぁその大事なものってのがポーチなわけだが、連絡を受けたハルマは「小さなものだし、昴に届けてもらうよ。」と伝えたそうだ。

ハルマは目に入れても痛くないほど溺愛しているヒナタに手間をかけさせたくないという理由と、一秒でも早く届けられるのはオレしかいないという理由で提案したようだが、オレとしては正直願ってもいない幸運な依頼だった。

ただ1つ悔やまれるのは、「たっ確かにオレの方が疾風より飛ぶの速いしな。仕方ねぇから行ってやるよ!」などと言い訳がましく引き受けてしまって自己嫌悪に陥ったことくらいか。何にせよ、決して表情には出せないのだがどんな理由であれヒナタに会えるのならばと、いつもよりスピードを出してすっ飛んでくるくらいにはオレは浮かれていたのだと思う。



…でも、



『良かったー…これで毎朝寝癖直してるのに、忘れてるの気付かないままだったら明日は大変なことになってたよ。また雷士に笑われちゃう!』


そう言って苦笑いを零したヒナタ。コイツにとっては何てことない普通の会話なのだろう。だがオレは、毎朝、明日…そんな言葉達にギリギリと胸を締め付けられる。そして何より過敏に反応してしまうのは、雷士という名前。

オレが最後にヒナタの寝癖を見たのはいつだったろうか。もう随分昔のことのような気がする。でも雷士は違う。雷士はきっと毎朝コイツの寝癖を見てからかっているのだろう。そして明日も、当たり前のようにヒナタの傍にいるんだ。


(だって雷士は、ヒナタの相棒だから)


あぁ、上手く息が出来ない。苦しい。どうして、どうして、オレは。


『…昴?』

「っ!」


ヒナタがオレの名前を呼んだことにより、焦点の合わなかった瞳が真っ直ぐに彼女を捉える。ヒナタは顔を近付け、何の反応も返さないオレを気遣わしげに見上げていた。


『どうかしたの?大丈夫?』

「べ、別に…っ何でもねぇよ」


ガキの頃よりずっと可愛くなったヒナタを直視することに何故だか照れてしまい慌てて目を逸らす。…そういえば、ヒナタと一対一で会話するのも久し振りだ。昔はいつも一緒にいたのに。2人きりじゃなくなったのは…そう、雷士が家に来た時から。それから3人で過ごすようになって、でもオレはどんどん今の素直じゃない性格になっていって…思えばヒナタの気を引きたい気持ちがこの性格に拍車をかけていったのかもしれない。


(…もし、もしもオレがヒナタに…)


今でも未練がましく考えてしまうことがある。もしあの時こうしていたら、オレはヒナタの傍にいられたのだろうかとか。でももうそんなことは無理だって分かってもいるんだ。ヒナタの目に、オレは映っていないんだから。



ギリギリ、ギリギリ。あぁ、気持ち悪ぃ。



『ねぇ昴、お礼もしたいから時間があるなら部屋に来て!まぁあたしの部屋じゃなくてセンターの借り部屋なんだけど…』

「…は?」

『何もしないで帰ってもらうなんて悪いしね。この前買った美味しいお菓子があるから一緒に食べようよ!…あ、でも…やっぱり忙しい?』

「い、いや別に、そういうわけじゃねぇけど…」

『本当?じゃあ来て来て!』

「っわ、分かったよ!行きゃいいんだろ!」


こんな棘のある言い方をしても、ある程度慣れているヒナタは嬉しそうに笑ってくれる。…クソ、これじゃ好きな女に甘えっぱなしじゃねぇか。本当はヒナタが誘ってくれてすげぇ嬉しいのに。


(真面目にこの性格は何とかしなきゃいけねぇよな…)


そう思い続けて何年経ったんだって感じだけど…。どうもヒナタを目の前にすると上手く感情がコントロール出来ない。

オレがハルマや疾風みたいに優しい性格だったら、樹や嵐志みたいに話し上手だったら、もっとヒナタと近付けるのだろうか。ヒナタとの付き合いは斉を除いた仲間内の中では誰よりも長い筈なのに、なぜか遠い存在に感じてしまう。


(…あの頃の、ガキの頃に戻れたらいいのに。そうしたら、オレは…)


そんな馬鹿げたことを考えながら、鼻歌を歌って歩くヒナタの後ろ姿を追ってセンターへと入っていった。




−−−−−−−−−−




『こっちこっち!はい、座って待っててね!』

「っ…お、おう…」


ヒナタに案内されてリビングへ入り、呼ばれるがままソファへと腰掛ける。ヒナタがオレにニコニコと微笑みかけてくれるのが照れ臭いが、やっぱり嬉しい。この笑顔がオレだけのものなら良いのにと願ってしまう。


(…ん?)


…そういえば雷士達はどうしたんだ?思えばオレを出迎えたときもヒナタ1人だったし、今この部屋を見渡してみてもヒナタとオレ以外は誰もいない。というか気配すらしねぇ…。


「お、おいヒナタ。その…雷士とか疾風はいねぇのか?」

『うん、雷士達全員いないよー。皆バトル続きでだいぶ疲れてたから、今はジョーイさんに預けて回復してもらってるの!』

「…は?」


そう言って笑ったヒナタが、お菓子と紅茶の入ったカップを持ってオレの前に座る。対するオレは返されたその答えに少なからず、いや、大いに動揺していた。


(つ、つまり…2人っきり…っ)


そんな状況になったのは何年ぶりだろうか。マズい、意識したら何か妙に緊張してきた。差し出されたカップを受け取る指先が微かに震えるのが分かって情けない。ヒナタには気付かれなかったことだけが救いだな…。


『んー、美味しい!このマフィン紅茶とも合うんだよね!』

「お前ってホント昔から甘い物には目がねぇよな…」

『だって美味しいし。そういう昴だって甘いの結構好きな方でしょ?』

「ま、まぁ…それはそうだけどよ」


大口を開けてマフィンにかぶりつくヒナタを見てもう少し恥じらいを持てよ、とも思ったが。でもそんな姿すら可愛く見えてしまうオレはだいぶ重症なのだろう。それにこんな取りとめのない、他愛のない会話をするのも久し振りで自然と口元が緩んでしまいそうになるのを必死で耐えた。


(…せめて雷士達が帰ってくるまでは、オレが独り占めしていいよな?)


この笑顔も、声も。それくらいは許される筈だ。ただでさえ普段は傍にいられないのだから。オレはそう考えて、楽しそうに旅のことを語り始めたヒナタの話に耳を傾ける。会話をして、お菓子を食べて、今後はもう滅多に生まれないであろう2人きりの時間を楽しもうと思った。


…そう、思っていたんだ。




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