『もう本当ドSトリオって酷いの!あたしに向かって容赦なく悪口言うし、手加減はしてくれてるけど物理的暴力(チョップとか)を振るってくる時もあるし!』
「へ、へぇ…」
最初は純粋に旅の中で楽しかったことや思い出などを語っていたヒナタだったが、いつの間にやらドSトリオ?と括っている3人への不満を爆発させていた。相当鬱憤が溜まっているのかその勢いは収まりそうにない。つうかアイツらヒナタに何してんだよ…。ヒナタに冷たい物言いで接してしまうという点ではオレも他人のことを言えないかもしれないが、ヒナタを溺愛している澪がこの話を聞いたら間違いなく怒り狂うだろう。
(…溺愛、か)
この気持ちがただの家族愛だったのなら、こんなに苦悩することも無かったのかもしれない。口ではいくら雷士達の愚痴をぶちまけようとその表情はやはり楽しそうで、如何にヒナタの心が満たされているのかが否が応でも伝わってくる。
…あぁクソ、また気持ち悪くなってきた。ついさっきまでこの時間を楽しもうと思っていたオレはどこに行ったんだよ。だが落ち着け、落ち着け、と1人気持ちを宥めようとしているオレに気付く筈もなくヒナタは続けた。
『そりゃ危ないときはいつも助けてくれるけどさー、普段も少しくらいは優しくしてくれても良いと思うんだよね。特に雷士!たまに本当にあたしのこと相棒と思ってるのかな?って疑問に思うくらいだもん!』
ヒナタの何気ない言葉に、カップを持っていたオレの指先がピクリと動く。ゆっくりとヒナタの顔を見ると、困ったように眉を下げて笑っていた。
ギリギリ、ギリギリ。
…ダメだ。聞くな。余計なことは言うな。
そう思うのに、オレの意思とは関係なく微かに震えた声が絞り出される。
「…それでも、雷士が良いんだろ?」
『え?』
やめろ、聞いてはいけない。
『うーん…そうだなぁ。昔から一緒にいるしムカつく時もあるけどやっぱり頼りになるし、少なくともあたしは…』
その答えを聞いたらオレは、
『雷士があたしの相棒で良かったって、思ってるよ!』
…もう、後戻りは出来なくなってしまうから。
『きゃあっ!?』
ヒナタの持っていたマフィンが勢いよく放り出され、フローリングに落ちて無惨にその姿を崩れさせた。それを視界の端に捉えたあと、オレの下で組み敷かれているヒナタに目を向ける。何が起こったのかまだ理解出来ていないらしく、大きな瞳を瞬かせてキョトンとオレを見つめていた。
まぁそれもそうか…。まさかこのオレに押し倒される日が来るなんて、これっぽっちも想像していなかっただろうから。
『昴…?』
「…分かってんだよ、そんなことは」
『え?』
ヒナタと雷士の出会いはきっと運命だったんだって不覚にも思ってしまうくらいに、コイツらの間には他人が入り込めない何かがある。例えるならば絶対的な絆といった感じか。それは多分誰にも断ち切ることは出来ないのだろう。
…でも、だからって…!
「―――…っそれなら仕方ねぇなとか!!簡単に諦められるわけねぇだろっ!?」
『…っ!?すば…んっ!』
ヒナタが何かを言う前に素早く唇を塞いだ。夢にまで見たそれは想像していたよりもずっと柔らかくて、オレのかさついた唇とは全然違う。押し付けたまま舌先で上唇を舐めると、驚いたのかヒナタの小さな手がオレのシャツをギュッと握り締めた。
「口開けろ」
『や…っ!』
「ヒナタ」
『ぁ、うっ!?』
さすがに異変を感じたらしく身を捩り顔を背けようとしたが、すかさず顎を掴んで親指を口の中に突っ込んだ。ヒナタの咥内の暖かさが指越しに伝わって、早くこの中を味わいたいと生唾を飲み込む。そして指を差し入れて出来た隙間から舌を捻じ込むと、体を震わせたヒナタが小さく呻き声を上げた。
『ぅう、んーっ!』
「っは、ヒナタ…っ」
『んっ!?あっ、や、やだ…!』
直前までマフィンを食べていたせいなのか、甘く感じる舌を絡めていくと湿った水音がダイレクトに耳へ届いて腹の奥が熱くなる。欲情と嫉妬心で埋め尽くされた頭では最早ヒナタをオレのものにすることしか考えられず、荒い息も整えないままヒナタの柔らかな胸をわし掴んだ。
『やめ、やだっ…!昴っやめて!』
「!!」
しかしガキの頃はまな板だったのに、などと考えながら白い首筋にキスをした瞬間、ぐっと力を振り絞ったヒナタがオレの胸を思い切り押し返した。力や体格の差もあって突き飛ばされるようなことは無かったが、ヒナタとオレの間に人1人分の空間が空いてしまったことに眉をひそめる。
「…何だよ」
『何、って…こ、こんな冗談やめ…っあっ!?』
「冗談?」
シャツを弱々しく掴んでいた手を逆に掬い取り、こちらへ引き寄せると呆気なくヒナタはオレの胸に収まった。押し倒していた状態からオレの膝の上に乗っかる状態となり、逃げられないようガッチリ腰に腕を回してホールドする。そしてカタカタ震えているヒナタの背中側から服の中に手を伸ばし、上へ上へと指をなぞらせた。
『ひっ…!や、やだっ、からかわないで、よ!』
「…お前さ、まだ冗談だと思ってんのか?」
『へ…?』
とことん鈍い女。お前の知ってるオレは、もうどこにもいないっつうのに。
「冗談で、好きな女を犯せるかよ」
『…え…っ?』
ヒナタの耳元で呟くと同時に指に引っ掛けたホックを外す。パチンと鳴った音の意味をヒナタが理解するよりも早く、上半身に纏った物全てを剥ぎ取った。
『――…っ!?ぃや、だ…!んぅっ!』
ぶわりと涙を滲ませるのを目に映しながら、暴れる体を押さえ付けてキスをする。舌を差し入れ絡ませながら胸に触れると、ヒナタの心臓もオレと同じくらいドクドク忙しなく動いているのが分かって嬉しくなった。
「は…っ可愛い、ヒナタ…!」
『ぅ"、うぅ…っやめ、て…!ひゃっ!?』
堪らなくなったオレはもう一度ソファへ押し倒し、ほんのり色付いた鎖骨に歯を立てる。ヒナタの足の間に体を割り込ませ、オスの本能に疼く腰をグリグリと押し付けると、とうとうヒナタの頬を一筋の涙が伝った。
『っひ…な、んで…こんな、こと…っ!』
「…っ」
そんなの、オレだって分かっている。こんなこと本当はするつもりじゃなかった。これはただの強姦だ。
全ての原因はオレの不甲斐なさ。もしも雷士と出会う前にオレが行動していれば、オレがヒナタの一番近くに…ヒナタの相棒になれたかもしれない。オレはハルマのポケモンだけれど、それは多分100パーセント無理な願いではなかったと思う。
でも何も出来なかったんだ。ヒナタが雷士を連れ帰ってきたあの日、オレは漠然と恐怖した。あぁ、きっとコイツがこれからのパートナーになるのだと、一目見て不思議と確信した。その予感は大当たりで、オレは叶わぬ気持ちを押し隠してずっとただの家族でいる筈だった。
「…っな、のに…!結局オレはこうして!!諦めきれずに最低なことしてる…っ!!」
『…っ!?すば、る…泣いて…っきゃ!?』
「悪い、ヒナタ…もう、止まれねぇんだ」
本当、どこまでもカッコ悪いなオレ。泣きたいのはヒナタの方だろうが。でも、せめて…相棒の座も、その心も無理なら、せめて。
「…コッチは、オレにくれよ」
『え…ぁ、うそ、やだっ昴…!ねぇ、やめっやだ、やだぁあ…っ!!』
ゴメンな、ヒナタ。
「愛してる」
−−−−−−−−−−−−−−
センター内に響くヒナタを呼び出しする声。きっと雷士達の回復が終わったことを知らせる館内放送だろう。オレはその声を聞きながらソファで眠るヒナタへ視線を落とす。首筋や鎖骨に残る鬱血痕、散々泣き腫らした赤い目元。アイツらが見たら殺傷沙汰になるだろうな…。
(…何も出来なかったあの日に比べればずっと頭が冴えている。でも、後悔してねぇと言えば…嘘だ)
全くどこまでバカなんだろうな。これだけの事をしておいてまだビビってんのかよ。もう二度と“ただの家族”には戻れねぇんだ。オレも、ヒナタも。
(そうだ、それならいっそ…オレの手で)
穏やかな寝息を立てるヒナタの首に手をかけた。このまま目を覚まして、何事も無かったかのように雷士達を迎えに行く様子を見るのは耐え難い。昔のようには戻れないのなら、いっそオレの手で終わらせて…その後を追うのも良いかもな。そうすれば、ヒナタは一生オレのモノだ。
首に添えた手にグッと力を込める。すると細い首がキュウと徐々に絞まっていくのが分かった。
(昴!)
「ーーー…っ!!」
眠ったままとは言え、息苦しさでヒナタが眉間に皺を寄せたと同時にオレも首から手を離す。その時脳内に浮かんだのはヒナタの笑顔と、オレを呼ぶ声。…クソ、まだ未練がましくそんなものにすがってんのか。
(…もうやめろ。心だけはどうやっても手に入らねぇんだ。首を絞める勇気もねぇクセに、もう一度あの笑顔を見たいだなんて願うな)
どこまでも浅ましく、愚か。ハルマに合わせる顔も無い。
未だ赤く色付いたままのヒナタの頬をそっと撫でる。するとその手にポタリと冷たい滴が落ちて来た。どうやら気付かぬ内にまた涙を流していたらしい。泣く権利なんてオレには無いっていうのに。
「…っぅ、ぐ…っ」
あぁクソ、好きだ。どうしても好きだ。好きだ、好きだ、好きだ。
指先でヒナタの唇に触れる。そこは相変わらずふっくらと柔らかくて、つい先程の情事のことなど忘れさせるくらいに清らかだ。
(…お前のことが好きだから、どうかオレを嫌いになってくれ)
矛盾した思いを込めてヒナタにキスをする。その暖かさが憎いと同時に、愛しかった。
出会わなければ良かったと
(そう思う程に、愛してる)
end
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