鈍い音を立て、無様に床に転がった男の片割れ。もう1人の男も何が起こったのか理解出来ていないのか目を丸くしていた。
それは姫さんも同じで、ゆっくりと近付いてくるオレを見てやっと覚醒したらしく口を開く。
『っあ、嵐志、今…!』
「姫さん、怖かっただろ?男の前で油断すると…こーなるんだぜ」
『え…、』
姫さんの言葉を遮り目線を交わせ、オレの空色の瞳が妖しく光ると同時に姫さんの琥珀色は光を無くす。これは姫さんがオレの幻覚にかかった証拠だ。
元々幻を見せるのを専売特許とするゾロアークのオレは擬人化していても多少の幻覚は使える。はは、我ながら恐ろしーな。
(…悪ぃな姫さん、ちょっと待っててくれよ?)
幻覚にかかりピクリとも動かない姫さんの頬を撫で、床から立ち上がった男ともう1人の男に視線を向ける。
あー良かった、この場所は店員からは死角になってる。けどまー…あんまり暴れると気付かれちまうし、イイ所で邪魔されんのも癪だから店員にも幻覚かけとくか。
ちょうど何事かと様子を見に来た店員とも素早く目を合わせ幻覚にかける。姫さん同様指一本として動かなくなったのを確認し、再びヤツらに向き直した。
オレが指を鳴らしヤツらに近付いていくと、2人の顔が恐怖に歪んだのが分かる。そりゃそーだろな、だって今のオレは自分でも分かるくらい憎悪に満ちた歪んだ笑顔を浮かべてんだから。それに今の光景でオレが人間じゃないって分かっただろーし、な。
「…オレは優しーからな、半殺しで勘弁してやるよ」
ニヤリ、口角を吊り上げるとヤツらは恐怖してその場から逃げ出そうとする。だがオレはそれを許さず1人の男の首根っこをひっつかみ、反動に任せ頬を殴りつけた。
「うぐぅっ!!」
あぁ、汚ぇ。
「やめ、やめろ…!ぐぁっ!!」
汚ぇ、
汚ぇな、
「テメーらみてーな下衆が、あの子に軽々しく触れんなよ」
もうオレに笑顔はない。力任せにヤツらを痛めつけ、悲鳴すら上がらなくなった頃にようやく殴る手を止めた。
…あーあ、手が血で汚れちまったぜ。姫さんを怖がらせないようにちゃーんと綺麗にしなきゃな。
ハンカチで返り血を拭き取り足元に無様に転がる男達を適当に蹴飛ばして、幻覚の作用で虚ろな表情を浮かべている姫さんの元へ行く。
焦点の合わない目でオレをジッと見つめる姫さんはビスクドールみてーで綺麗だ。まぁ実際にはオレじゃなく幻を見ている訳だが、この際そんなことはどうでもいい。
ゆっくりと姫さんの柔らかい髪を梳き、パチンと指を鳴らすと幻覚が解けて姫さんの瞳に光が戻る。すると幻覚が解けて数秒の間は心ここに在らず状態だった姫さんがポロポロと涙を流し始めた。
『……っぁ、嵐志……!』
「な、怖かっただろ?オレが来なきゃ…今みてーなことになってたんだぜ?」
姫さんには悪ぃけど、オレが見せていた幻は姫さんがさっきの男達に強姦される光景だ。怯えた表情を浮かべ、よっぽど怖かったのかオレにすがりつく姫さんを見てドクリと腹の奥が疼く。
正直幻とはいえ姫さんが他のヤローに無理やり抱かれる映像なんて作りたくなかったが…はは、こりゃ予想以上の収穫かもな。
すがりつく姫さんを優しく抱き締め、くびれた腰を撫でるとピクリと震えた。そのままスルスルとスカートから伸びるしなやかな太腿をさすりオレは姫さんに強く腰を擦り付ける。
『っや、やだ、嫌…!』
「イヤ?姫さんはオレに触られんのもイヤなのか?」
性的な意味合いを込めた手つきに恐怖がフラッシュバックしたのか、オレの腕から逃れようとする姫さんの耳許で優しく問う。あくまで拒否を許さない言い回し、けど今の姫さんにはまともな思考などない。案の定姫さんは再び涙を零してフルフルと首を振った。
『っや、じゃない、嵐志は、嫌じゃない…っ』
「ん、サンキュー姫さん。じゃあ…オレがさっきみてーなのから姫さん守るから、代わりに姫さんをオレにちょーだい?」
姫さんの涙を舐めとり問いかけると、弱々しくだが確かに頷いてくれた。意味はしっかりと分かっていないかもしれない。けど、了解は得た。
もう今のオレに歯止めはきかない。感謝するぜ、オレにボコボコにされたヤロー共。テメーらのお陰でオレは欲しくてたまらなかった姫さんを手に入れられることになったんだからな。
「…な、姫さん。誰にも邪魔されねーとこ行こーぜ?」
オレは舌なめずりをして一度原型に戻った。そして大きく両手を広げ力を放出すると、瞬く間に変化していく周囲の景色。
現れたのは中央にベッドがあるだけの真っ白な空間。そう、ここはオレが作り出した最高の部屋。
さぁ姫さん、1つになろーぜ?
−−−−−−−−−−
聞こえてくるのはスプリングが軋む音と、オレが動く度に上がる姫さんの甘い声だけ。
どこもかしこも柔らけー体を夢中で掻き抱き、姫さんは初めてであるにも関わらず一切の手加減もない行為は彼女には申し訳ねーが半端なく気持ちイイ。
『っは、あ、んぅ…!』
「ふ、ん…ひめ、さん、」
半開きの唇から覗く赤い舌に欲情し吸い寄せられるように口付け、互いの唾液を交換するかのように激しく絡ませる。鼻で息をすることを知らない無垢な様にオレの欲がまた駆り立てられた。
何でもっと早くこうしなかったんだろーな、姫さんにオレだけを見てもらうには…最初からこうやって閉じ込めちまえばよかったんだ。姫さんの笑顔を見られればいいと思っていた少し前のオレはもういない。最後の理性が切れたオレはもうただの獣。
『ふ、ぁ…っあ、嵐志…!』
「ん…、どーした?」
うっとりと酔いしれるようにオレの下で涙を流す姫さんを見下ろす。荒い息と紅潮した頬が思わず抱き殺したくなるくらい艶めかしい。
『さ、さっき、の…人達、倒れてたけど…どうしたの?』
「………っ!!」
幻覚を解いた時偶然目に入ったのか…ちっ、もー少し離れた所に転がしときゃよかったな。それにしても驚いた、まさかここまでお人好しだったとは。事細かにヤツらの末路を語ってやってもいーが…、
「…姫さんは気にしなくていい、なーんも心配いらねーよ」
まろやかな頬を撫で、そのまま手のひらで視界を塞ぐ。そして再び甘い声を聞く為律動を開始した。
オレの作り出した幻がきっかけとなり姫さんは大切なモノを無くしてしまったのかもしれない。その証拠に、今の姫さんは一切笑うことなく人形のように鳴くだけだから。
…けれど、それでいい。
(アンタはあんな汚いモノなんか見なくていいんだ、綺麗なアンタは何も知らなくていい)
姫さんを汚すヤツ、傷付けるヤツ全部から守ってやる。だからアンタはオレだけ見ててくれよ。
ここなら波動で姫さんを察知できるそーくんも入ってこれない。オレがこの空間を維持さえすればもう楽園。
姫さんが正気に戻らないように少しずつ、少しずつ洗脳していきゃいい。仲間のこと…らいとんのことすら忘れさせて、一生2人で生きていければそれでいい。
ぶはっ、まー随分と狂っちまったもんだなオレも!
「ひーめさん、死ぬまで愛し合おーぜ?」
そう言ってキスをして、何も分かっちゃいない姫さんの喉元に甘く噛み付いた。
…あぁ、さっきのは間違いだな。
いつかアンタが死んだとしても、ずっとずっと、ずーっと愛でてやるよ、姫さん?
瞳に潜む甘い毒
(堕ちたのは、多分オレの方)
end
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