バレンタイン効果?







 バレンタインシーズンは、どこもかしこも手作りチョコを作る為のチョコやラッピング用品などを前面に押し出す。店に入れば自然とバレンタインを意識するようになり、あぁ、今年も作らないと、と材料を購入してしまった。
 バレンタイン前日には寮部屋にある普段はあまり使わないキッチンを利用してチョコカップケーキを作った。本命でもないのだし、同級生三人や夜蛾先生に渡すくらいなら市販でも良かったのでは?と作りながら思っていたが、普段料理をしない私でも、幼い頃からバレンタインには母とチョコ作りをしたし、去年も中学の同級生と交換しあった。毎年作っていたこともあって、やはりバレンタインといえば手作り、と思ってしまったのだ。甘い物が苦手な硝子ちゃんの為にもコーヒーを混ぜたりして、抵抗してみたけれど、どうだろうか。それなりに美味しく出来たんだけど。断られたら断られたで、また別の物を渡せばいい。
 バレンタイン当日。作ったカップケーキをバッグに入れて教室に向かうと、一足早く五条くんが来ていた。珍しいな、と思いながらおはよう、と挨拶して自身の席に着く。よく見ると、彼の机の上には綺麗にラッピングされた箱があり、もう既に誰かに貰ったのだろうと察する。五条くんは家柄も顔もいいからなぁ、と少し揶揄おうかな、と彼に視線を向けると、五条くんはいつの間にか私の隣に立っており、私にその箱を無言で差し出してきた。

「えっ」

 何も言葉はなく、まさか人から貰った物を要らないからって私に押しつけようとしてるのか?と少し呆れてしまった。箱もよく見れば、今の時期のスーパーなどで売っているバレンタイン用の物だ。他人の手作りなど食べれないということか、と私はふと息を吐く。

「五条くん、あんまり良くないよ。人から貰った物を、」
「は?俺が作ったんだけど」
「へ?」

 意外な言葉に私は戸惑ったが、嘘を吐いてるようにも思えない。だったらいいのか?と私は何も考えずに彼のチョコを受け取る。

「あ、ありがとう。私も作ってきたんだ。よかったら食べて」

 逆チョコなんて珍しい。今までに貰ったことなんてないし、何より五条くんがチョコをくれるとは思っていなかった。確かにホワイトデーは期待したけど、渋々くれそうだなとか失礼なことを考えていた。何より意外なのは、一番面倒であろう手作りされた物を渡されたことだ。
 私はバッグから透明なラッピング袋に包まれたカップケーキを取り出して渡すと、彼は深い色のサングラスの奥で目を輝かせた。

「これ、オマエが作ったの?」
「うん。コーヒーとか入れて、甘さを控えめにしてみたんだけど……」

 甘い物が好きな五条くんには少し物足りないかも、と思っていると、彼は隣の席にストンと座り、言葉を詰まらせながら話す。

「こ、れってさ、両想いってことで、いいんだよな」
「…………え?」

 今日は五条くんの一言一言に驚きっぱなしで、間抜けな声ばかり出る。会話が噛み合っていないような気がする。そう戸惑っていれば、そこに夏油くんと硝子ちゃんが同時にやって来る。

「おはよー」
「おはよ。早速、バレンタインチョコかい?」
「見て、貰った」

 五条くんは心なしか嬉しそうに声を弾ませて、夏油くんに見せている。一方で、硝子ちゃんは私の机に置かれた箱をツンと突く。それに気づいた五条くんはおい、と声を上げる。

「それ、俺があげたやつだから」
「悟が君に?」
「て、手作りらしい……」
「へぇ!」

 硝子ちゃんは面白そうなオモチャを見つけたかのように、そのラッピングの紐を解いて、中を見ようと蓋を開ける。

「何で硝子が開けんの?食べんなよ」
「私、甘いの好きじゃないし、食べないよ」

 彼女が箱の蓋を開けた瞬間、ふわりとカカオの香りがした。そして市販品のように綺麗にカットされ、並べられている生チョコは本当に手作りかと疑ってしまうほど綺麗だった。

「職人かよ」
「結構、箱に合わせて切んの大変でさぁ、ちょっとスペース出来たけど、許容範囲でしょ。食べてみて」
「え、あぁ……じゃあひとつ」

 いただきます、と丁寧に備え付けられたピックで柔らかい生チョコを突いて、ひとつ食べてみる。それは思わず痺れてしまうくらいの美味しさだった。生チョコは選ぶ材料や温度を間違えてしまうと分離して台無しになってしまうが、これは程良い固さで、舌の上でとろりと溶けてしまった。しかも驚いたのは味。少しビターな味わいのココアパウダーから、舌で蕩けた生チョコはカカオの風味が良く、かといって苦くはない。チョコと生クリームの濃厚な甘味が口に広がる。すぐに分かる。これは技術だけではなく、かなり高級なチョコや生クリームを使っている。

「美味い?」
「……五条くん、そのカップケーキ返してくれない?」
「は?」
「お願い」
「い、嫌に決まってんだろ」

 彼は逃げるように立ち上がり、手に持ったカップケーキを私から遠ざけようとする。

「お願い!作り直させて!」
「意味分かんねぇ、俺のチョコの何が悪いんだよ」
「違う違う!良すぎて、私のカップケーキじゃ申し訳なくなる!」

 すごく美味しいのに、一生懸命作ってくれただろうに、私は流れ作業のように作ってしまった。味も硝子ちゃんに合わせた。こんなの食べさせられない!
 五条くんは私が届かないよう、上に手を伸ばしてカップケーキを死守する。それを一生懸命取り返そうとする私は他人から見れば滑稽だろう。

「どんだけ美味かったんだ」
「はは、私も一口貰おうかな」
「ダメに決まってんだろ。オマエらにはない、コイツに作ったんだ」

 その意味が今、ようやく理解出来た。あのチョコは本命チョコであり、私に想いを伝える為にくれた物だと。そして私も返したからこそ両想い≠ニ言ったんだと。だとしたら、もっとダメだ。そのカップケーキに特別な意味なんてないんだから。

「五条くん、尚更返して。ちゃんと、その……本命の、作るから」
「は?」
「それ、本命じゃないの。勘違いさせてごめんなさい……」

 私が手を伸ばすのを諦めて俯くと、頭の上に何かが乗った。顔を上げると、彼は私の前にカップケーキを持ってくる。

「……本命、くれんの?」
「う、うん。ちゃんと五条くんが美味しいって思ってくれるの、作るよ」
「じゃ、返す」

 ちゃんと返してくれたそれを受け取ると、ホッと一安心する。少し照れくさそうに口を尖らせる五条くんに胸がキュッとした。
 私は単純だ、こんなことで五条くんへの気持ちを自覚するなんて。

「甘ったるいわ」
「ご馳走様」
「う、そうだった……」

 硝子ちゃんと夏油くんもいるんだった、と私は五条くんから離れて席に着くと、夏油くんは私の手からカップケーキを取る。

「じゃ、余り物は貰っていいのかな」
「あ、うん。これは皆に、」
「ダメに決まってんだろ」

 五条くんは夏油くんの手からカップケーキを取り、私に返す。それに夏油くんは何でだ、と肩を竦める。

「バレンタインは好きな奴にチョコ渡すイベントでしょ。オマエは貰う権利ないっての」
「いや、話の流れ的に義理チョコでしょ?」
「何だよ義理って」

 彼の言葉に、教室はしんと静まり返る。もしかして、バレンタインには本命チョコしかないと思っているんだろうか。

「……悟、チョコには本命だけじゃなく、義理チョコがあるんだ」
「は?じゃあオマエ、コイツから義理チョコ貰って虚しくねーの?」
「……腹立つな。バレンタインの何たるかを知らなかった坊々が」
「知ってるし。だからチョコ作って持って来たんだろうが」

 いつものように二人の喧嘩が始まり、私はそれを尻目に五条くんに申し訳なくなるから、渡すのはやめておこう、とバッグにしまう。それに硝子ちゃんは机に肘をつきながら、ジッと私を見る。

「アンタ、五条のこと好きなんだっけ?そんな素ぶり見せなかったじゃん」
「え、いや……貰って自覚したというか、その……」
「好きになっちゃった?」
「だ、だって、嬉しいじゃん!そしてちょっぴり可愛いじゃん!」
「チョロすぎ」

 そう言われても仕方ない、と恥ずかしくなってしまった。


 授業が終わり、今日は私には任務がないということで、すぐにスーパーに行って材料を購入する。部屋で何とかチョコケーキを作ろうと、五条くんが帰って来るまでの間にケーキを焼き、準備が出来た。部屋に来ると言っていた為、慌てて掃除をして待っていると、ノックせずにドアを開けて五条くんはやって来た。

「ノックしてよ……」
「悪いことしてないならいいじゃん」
「き、着替えてるかもしれないでしょ」
「……次からやる」

 いつも何かと一緒にいる夏油くんは大変だろうな、と内心同情しながらも、部屋に招き入れ、小さめの少し不恰好なホールケーキを出す。

「ケーキじゃん。カップケーキと変わんなくない?」
「あ、あまり難しい物も良くないと思って……失敗したくなくて、作ったことあるケーキにしたんだけど……多いから、一緒に食べよう」
「……ん」

 私はケーキを切って、お皿に盛り付けていく。いただきます、と私達は食べ始める。ホールケーキの為、味見は出来なかったけれど、なかなか美味しい。

「……安い市販のチョコの味」
「うっっ……」

 どこのチョコかも分からない、高級チョコに比べたらそうだけど。これでも手を加えた方だと思っていたが、舌が肥えていらっしゃる。しかし、文句を言いながらも彼はケーキを食べ進める。

「でも美味い」
「……どうも」

 今更取り返そうとしたって無駄、と少し残念に思っていると、彼は床に手をつき、身を寄せてきた。それに私は顔を上げると、サングラスを取った彼はそっと唇にキスをした。

「へ……?」
「拗ねんなよ」
「あ、ぅ、ごめん、」
「全部食べるから」
「う、ん……」

 ずるい。ずるいずるいずるい!確かにチョロい女だと思われるかもしれないけど、けど……
 再び食べ始めた五条くんの頬は赤らんでいて、少し嬉しそうにチョコケーキを食べている。可愛いと思ったらカッコいいし、可愛い。どうしよう、私はどうしようもなく、五条くんを好きになってしまった。
 バレンタインの効果がすごいのか、五条くんがすごいのか。

「何?」
「す、きです…………」

 私の心から洩れた言葉に、五条くんは無言だった。そして私から顔を逸らしてしまった。

「俺も、」

 かなり小さな声だったが、私と彼しかいない静かなこの部屋ではハッキリと聞こえた。

 あぁ、何て甘ったるい日なんだ。今日だけで感じた愛おしさで胸焼けしてしまいそうなほど、私は彼に魅入られてしまったようだ。







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