僕の運命の人。


※逆トリップ






 鉄臭い錆びたブランコを揺らす度、キィ、キィ、と甲高い軋む音がした。しかし、夕陽の差す公園にはその音しかなく、今だけはそれが心地良く思える。しかし突然、別の雑音が入る。それはザリ、という、土を踏む音だった。誰かが歩いて来るような足音はなかったのに、と顔を上げると、目の前に、着物姿の少年がいた。私より少し年下であろう小学生。夕陽に反射した白い髪が輝いており、青い瞳はこちらに向いている。


「はぁ?オマエが運命の相手?」


 整った綺麗な顔を歪ませながらそう言い放つ彼に、私はどういう意味だろうか、と首を傾げると、彼は私に近づいてきては、手を開き、そこにある紅い勾玉を見せてきた。少しヒビが入っており、これは何かと思っていると、彼は説明する。


「この呪物を使えば、運命の相手≠フとこに飛ぶ。いや、運命ってより相性だろうな」


 上手く理解は出来ないが、そういう遊びなのかな、と私は自分の中でそう解決する。


「そっか、私なんかで残念だね」


 もっといい子がいただろうに。こんな、傷だらけで一人、ブランコに座っている私なんかを相手にしない方がいい。


「何で怪我してんの?」
「……転んだ」


 私の返答に、彼はあまり興味なさそうに、ふーん、と返事をしながら、辺りを見回す。


「……呪力がない。ここは呪いが存在しない?」


 そう呟くが、私はこの子の遊びは難しいな、と返事をせず黙っていると、彼はまぁいいか、と隣のブランコに座る。手のひらにある、勾玉をジッと見つめる彼に、私は何故、そんな遊びをするのだろうか、と尋ねることにした。


「その、じゅぶつ?何で使おうと思ったの?」
「許嫁を探す話になって、どいつも気に入らなかった。どうせなら自分から探しに行こうと思って。まさか非術師とは思わなかったけど。というか、全く呪力がない」


 非術師とは何か。私は少し興味を持ち、彼に訊こうとするが、そこに幾つかの足音が聞こえてき、私はハッと公園の出入口を見ると、そこから男の子達が入って来る。手には私の赤いランドセルを持っていて、引きずられている。そう、私は彼らから逃げてきたのだ。


「何だそいつ、真っ白だ」
「こ、この子は、その……」


 このままでは間違いなく、彼に飛び火してしまう。私が立ち上がると、彼も立ち上がる。するとブランコを囲う柵がギィという音を立てて曲がった。私達は何が起こったんだ、と戸惑う。すると隣にいた白髪の彼はハッと私に手を伸ばす。


「呪物が割れ、」


 その瞬間、パキンッという音がし、その場から彼は姿を消した。それに私達は唖然とする。目の前で彼が消えたのだから当たり前だ。


「う、うわぁああ!!幽霊だ!!」
「に、逃げろ!!」


 私を虐める彼らは私のランドセルを投げ捨てて逃げ出し、私は彼がいたその場所には割れた勾玉が落ちており、私はそれを拾う。


「何だったの……?」


 私を救った彼の正体を、私は知らなかった。
 



***




 何故今更、こんな夢を見たのだろうか、と私は自室のベッドで目を覚ます。


「おはよう」


 聞いたことのある声だ、と私はぼんやり考えていると、頭に温かい何かが触れる。一体何だろう、と顔を上げると、そこには過去の夢にいた白髪の彼が成長した姿で、その場所にいた。そして私は、彼が誰なのかを知っている。五条 悟。漫画、呪術廻戦のキャラクターの一人だ。


「おはよう、僕の運命の人」


 これはまた夢に違いない、と体を丸めて布団を被ろうとすると、彼はガクガクと私の体を揺らす。


「僕が暇してるよー?相手してー」


 声も体温もこれは現実だ、と勢いよく起き上がる。それに彼は驚いたようにその目を丸くさせた後「はは、寝癖すごいよ」と笑った。


「何で、え、どうして」
「暇でさぁ、呪物使っちゃった」


 そう、彼は私の目の前にあの日見た勾玉を見せてくる。それにどうしてそれを持っているのか、と戸惑っていると、彼はそっと手のひらにそれを戻しながら彼は話す。


「割れたらタイムリミット、僕の夢は終わる」
「夢?」
「これはこの呪物が見せる夢さ。昔も君に会ったよね」
「あれは、夢なの?今のこれも、」


 ずっと現実だと思っている。だって、あの日からいじめっ子達は私に近づくことはなかったし、あの公園のブランコの柵は曲がったまま。それに、私はあの日の割れた紅い勾玉を持っているんだから。


「どうだろう。これは僕の頭の中で起こってることと思ってるけどね。君は僕のこと、よーく知ってるんでしょ」


 そう、ベッドに置いている丸っこい五条のぬいぐるみを取っては、彼はニヤニヤと笑う。その物体が自分だと分かっているんだな、と私は少し恥ずかしく思っていると、彼は私の部屋を見回した。


「ここに呪いは存在しない。ここでの僕はフィクション。そして君は僕の全てを知ってるし、僕が大好きだ」


 何もかもお見通しだというように、そのぬいぐるみを押し潰したりして遊んでおり、私は全てを言い当てられ「そ、それは……」と言葉を詰まらせた。


「なかなか面白い夢だ。僕がいるあの世界には僕に似合いの運命の相手はいないけれど、本を飛び越えた先にいるんだもんね」
「そ、それ、本当に運命の人なんですか」
「そうだよ。そういう呪いが込められてるんだ。面白いでしょ。この世でもうこれ一つしかないんだ」


 再び取り出しては、丁寧にそれを撫でる。よく見ると、あまりヒビ割れていないと感じた。彼はそれを察してか、答えをくれる。


「前のは壊れかけだったから、ここにいる時間短かったけどさ、今回はちょっと長く居座れるね」
「そうなんですか……あの、漫画は見ました?」


 そう、私は本棚にある漫画をチラリと見ると、彼は軽く頷く。


「大丈夫。見ても大したことなかった。もう少し早く見ていれば別だったかもしれないけど」


 どういう意味?と私は首を傾げると、彼は立ち上がり、漫画の一冊を取りながら話す。


「僕、今、獄門疆の中なんだ」
「えっ」
「獄門疆の中で、暇してたから、ポケットに入ってたこれを試しに使ってみたんだ。そしたらここに」
「そう、ですか……」


 どのくらい、あの中にいたんだろう。まだ完結もしていないし、彼は辛くないのだろうか、と考える。しかし、その心配を他所に、彼は漫画を戻し、ぬいぐるみを抱きながら「何か甘い物作って」と言う。今だけは夢を見ていてもいいのかもしれない。
 私はやっとベッドから出る時、身支度を始める。彼は私が顔を洗ってる時でさえついて来る。


「いやぁ、気に入ったよ。僕さ、君が寝てたから、さっき外出てきたんだけど、大騒ぎされたよ。写真撮ってみたいな。君もそうなるかと思ったら、僕のファンのくせに冷静だね」
「逆に現実味がなくて、冷静になりました……」
「流石は僕の運命の人」
「そ、それ、やめてください……」


 本気で思ってるのか、と疑問だが、嘘でも言われるとむず痒くなる。
 私は身支度を終えてキッチンへ向かい、ホットケーキミックスがあったな、と準備し始めると、彼はそれを隣で見ていた。


「二度試して、二度君の元へやって来た。もうこれは決まってることなんだ。ま、君も僕のこと知って、好きになってくれてるんだからさ、満更でもないだろう?」
「あ、あまり意地悪言わないでください……」


 照れ臭い、とさっさとホットケーキを作る。彼はそれを見るのに飽きたのか、テレビをつけては、それを見ている。だが、気になることがあり、私は話を蒸し返してしまうけど、と彼に尋ねる。


「獄門疆の中から、今だけは出られているんですね」
「さぁ、僕にもよく分かんないんだよね。昔は勾玉が割れたら、手元になくて、家で寝てた。家の奴が言うには、縁側で寝てたってさ。僕はただ夢を見せられていると思ってるけどね」


 だったら私は何なのだろう。という疑問が湧いてくる。ホットケーキを作り、バターとハチミツを用意してやると、彼は「いただきまーす」と膝にぬいぐるみを置いて、ハチミツやバターをたっぷりかけ始める。彼は自身をデフォルメされたぬいぐるみがお気に入りのようだ。
 私はデスクの引き出しにしまっているハンカチに包まれた割れた勾玉を持ってくる。彼はそれを見て、あぁ、と声を上げる。


「全く呪力がなくなってるから、分かんなかったよ。取ってるんだ、可愛いね」
「っ、き、気になったから。あの時、幽霊じゃないかとか、噂が立って」


 私は内心、可愛いって言われた、と少し浮ついていたが、傍のソファに座りつつ、彼がホットケーキを食べているのを見ていると、彼はふと笑う。


「もういじめられてない?」
「……まぁ、あの日から、幽霊が取り憑いてるとかで近寄られなくなったので、大丈夫でしたけど」
「それいじめられてんじゃん」


 確かにそうだけれど、マシにはなったし、その後、ちゃんと友達も出来た。今ではそんな過去があったと知らない人の方が多い。私の心にはずっと残り続けるけれど。どちらにせよ、彼は救ってくれた。
 そう思っていると、彼はホットケーキを完食し、隣に座ったかと思えば、寝転がっては私の膝の上に頭を置いて寝る。


「えっ!?」
「いいよね、君は僕の運命の人なんだから」
「……か、家族に決められた相手は嫌で、呪物に決められた相手はいいんですか?」
「いいんだ、僕、君のこと気に入ってるから。それに、どうしたって結ばれることはない。だって僕は獄門疆の中だし」


 責任を抱えているのだろうか。漫画を読んだなら、外がどうなっているか、よく分かったはずだ。何も出来ないのは苦しいだろう。


「……五条さんの所為ではないですよ」
「知ってる」
「あまり、その、無理しないでくださいね」


 彼は目を瞑っていたが、目を開き、私を見上げると、手を伸ばして私の頭をわしわしと撫でた。


「やっさしー!でも僕がやらなきゃ。全部殺してやるよ、安心して」


 私が不安に思っていると感じたのだろうか。物騒なことを言っているが、彼の優しい眼差しに思わずドキリとして、目を逸らす。


「折角だから楽しまなきゃなぁ、君もさ、僕にしてほしいことある?キスとか?それともエッチなこと?」
「そ、そ、そんなの、いいです!」
「あは、欲がないねぇ、僕のことが好きなくせに」
「好き、だからこそ畏れ多いというか、その」
「でもしたいとは思う?」
「お、お、お、おもわな、」


 こうして触れ合っているだけでも畏れ多い。それにそんな甘い想像をしてしまった私も私であり、軽くパニックになっていると、彼はぬいぐるみを私の顔に押し付ける。


「はい、ちゅーした」


 今のはキュンとした、と「うぅ、」と唸り声しか出ない。ぬいぐるみ、大事にします。


「……何かしてもらう必要はないです」
「じゃあ僕がしたいことしていい?」
「はい……」


 もう何でもします、という気持ちになっていると、彼は「じゃあさ、」と起き上がり、何をするのかと思えば、私を持ち上げては寝転んだ自分の上に私を寝かせる。上半身は彼の上へ、下半身は彼の脚の間に置かれ、私は何が起きたのか、と一瞬理解出来なかった。


「このまま僕といよう。残りの時間、僕の隣で一緒に眠って」
「え、あ……」
「何をするにも時間がない。中途半端だしさ、君の体温を感じていたいんだよ」


 彼が取り出した紅い勾玉はもう真っ二つに割れそうなほど、ヒビが入っている。確かに何をするにも時間はないけれど、こんな密着することになるなんて、と彼の心臓の音を感じながら、自身の鼓動は速くなっていた。


「嫌?」
「あ、貴方が、それでいいなら」
「良かった。ホットケーキも食べたし、眠くなってきちゃったんだよねぇ。それに、君の鼓動が答えになってるようなもんだね」


 自身の鼓動が伝わっているのが恥ずかしく思え、少し体を浮かそうとするが、彼は私の頭を撫でては、自分の胸にやる。彼の体温や匂いが、これは現実だと示している。


「獄門疆の中の暇つぶしにはちょうど良かったよ」
「そう、ですか……」
「また会えるといいね。僕の運命の人」


 ふと体がソファに落ち、目の前で彼は消えてしまった。


「……運命の人、か」


 私はテーブルに置いていた割れた勾玉を見て、どうして、私が運命の人なんだろうか。と答えのないことを考えてしまう。薄れていく彼の体温が、寂しく思えた。




 目を覚ますと、また暗い地獄へとやって来た。呪いのない、静かで、穏やかで、温かい場所はなくなっていて。しかし、彼女の体温だけは体にしっかり残っている。ポケットに入っていた割れた勾玉を見て、僕は思わず笑ってしまう。


「あぁ、運命って残酷なんだね」


 でも少し満たされた。僕は少し体を丸め、ギュッと自分の体を抱くと、目を瞑る。そして幸せで、でも残酷な夢を大事にしようと思った。
 


***




 インターホンが鳴る。そういえば、宅配が来るんだったな、と玄関へ向かい、扉を開く。そこには、夕陽に照らされ、キラキラと輝いている白髪が特徴的な彼がいた。青い瞳は私を捉えた瞬間、キラリと揺らいだ気がする。数年前に消えた、私の──


「やぁ、僕の運命の人」


 紛れもなく彼、五条 悟だった。


「ど、どうして……」
「僕もよく分かってないんだよねぇ、この世界の僕は別の僕として生きていて。気づいたらぜーんぶ思い出したっていうかさ」
「よ、よく分かんない……」
「僕も一緒。でもさ、今度はずっと一緒にいれるね?僕の運命の人」


 彼はそっと私の頬に触れた。その体温は、確かに昔に触れた彼と同じだった。
 あぁ、運命って、こういうことだったんだ。と私はそっと、彼の手を取った。










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