誓いは永遠。
呪霊夢主、教師if夏油。
リクエスト「誓いの耳飾り」の逆転バージョン
どうして、助けてくれなかったの?
そんな呪いの言葉が私を責め立てる。
彼女の存在は表立って出ていなかった。たまたま呪詛師の捕縛任務で壱紀家で寝泊まりする期間があった。その時出会った少女は、とても人見知り、いや、警戒心が強かった。何故、心を閉ざしてしまったのか、何故そうなったのか、私は見てしまったのだ。
彼女は本家の術式を相伝していた為、その妬みからその存在を隠されては呪霊に凌辱されていた。問い詰めては逃げられてしまう。そう思った私はここは大人に、高専に報告しようと思ったのだ。あまりにも非人道的すぎる。
「いつか必ず、ここから連れ出すから待っていて」
彼女の綺麗な髪に似合う真珠の耳飾りを贈り、そんな呪いを残して、私はまだ当時五歳の彼女を置き去りにした。希望に満ちた彼女の瞳が、今でも忘れられない。
彼女は、どこかに消えてしまったから。
高専に相談をしたが、壱紀家に彼女はいなかった。どこかに移動させられたか、消されたか、どちらにしろ、高専は対処出来ずにおり、私も捜したが、見つからなかった。
しかし十年後、高専教師となった私は特級呪霊の情報を得て、出向いた先には、多くの遺体。その中心にいたのは、美しくも恐ろしい人魚。楽しそうに宙を泳ぐように舞っている。こちらに敵意はなく、珍しい呪いだと思っていたが、それは私を視界に入れた途端、急接近して来ては、何かを確かめるかのように私の頬をその大きな手で掴んだ。まずいと思ったが、彼女から目を離せなかった。人魚に魅了され、身を滅ぼす人間の話はよく聞くが、私もその一人になってしまったようだ。
美しいが、生気はない。真っ黒な瞳が私を映し、先程まで楽しそうに笑っていた彼女の口角は下がり、その血色の悪い唇が開かれた。
『ど、して、』
人間らしく言葉を吐く呪いは多くいる。彼女は特級、一つの意志を持ち、私に語りかけているようで、思わずその言葉に耳を貸そうとしてしまう。
『ど、して、助け、なかった、の?』
そういう呪いなんだろう、と受け流そうとした。どういう呪いか見極めて、取り込んで、利用する。いつもとやる事は同じだと、そう思っていた。
しかし、彼女のその言葉と表情、そしてふと目に入った真珠の耳飾り。全てが彼女≠ノ繋がった。その瞬間、私の心に残ったのは罪悪感だった。
「すまない……」
確信した。彼女だと、壱紀 涼華、私が助けるべきだった、助けなきゃならなかった女の子だ。ずっとずっと捜していた彼女はもう、手遅れだった。
『すぐ、る、』
名を呼ばれて、私が彼女の瞳を覗き込んだ瞬間、彼女は呪いらしからぬ無邪気な笑顔を私に見せた。
『繋がった……』
そう、私達はその瞬間に繋がった。呪い、呪われる関係になった。
私は彼女に、全てを捧げなければならない。彼女の為に出来ることをしなければ。
これはただの罪悪感か。それとも─
***
「やぁ、傑。例の八尾比丘尼の彼女と会わせてよ」
悟は涼華に興味を持っていた。彼女に呪われて帰った日に一度、見せたことはあったが、それ以降は表に出したことはない。何故、彼女に興味を持つのか。
「どうして。彼女に危険はないよ」
「何でそう言い切れるんだよ。取り込んだわけじゃないだろ?それに見るだけだってば」
「見てどうする」
「別に?オマエの彼女だろ?興味ある。ずっと捜してたんだから」
このままでは引き下がらないだろうな、と私は仕方なく彼女を呼び出す。
「おいで、涼華」
彼女は姿を現すと、私の頬に手を当てては、嬉しそうに私の顔を覗き込んで笑っている。相変わらず、彼女の私への愛情表現が直接的で照れ臭い。
「僕は無視?」
『む、し、無視、』
「生意気だなぁ、傑しか見えてないって感じ?」
「悟に挨拶しようか、涼華」
そう促すと、彼女はやっと悟を見て、『こんに、ちは、こん、ばんは……おは、よう』と挨拶をする。それに悟はへぇ、とまじまじと彼女を包帯越しに見つめては、何かを考えている。それに彼女は動じない。悟が味方だと分かっているからか、それとも特級なりに彼に臆さない心を持っているのか。
「一つ聞くけどさ、コイツに何か命令されたりしてない?」
「どういう意味だ?」
「傑も分かってるでしょ。彼女は八尾比丘尼の子孫、呪いとなって、食ったはずの人魚に姿を変えては、魅了する。つまり、」
「私が彼女に魅了され、傀儡となっているとでも?」
「分かってんじゃん。呪われてんのは確かだ」
自覚がないわけではないし、誰もがそれに気づいているし、心配しているのも知っている。それでも私は、このままでいたいと思っている。このままでいなくてはいけないと思っている。悟には、理解出来ない感情だろう。
「彼女の術式で魅了されているわけではないよ。私は私の意志でこうしているんだ」
「何で」
「責任がある。彼女を死なせてしまった責任が。こうなってしまったのは私が原因だ。彼女はただ、私の傍にいることだけを望んでいる。本当にただそれだけなんだ」
「腹の中で一緒になりゃいいだろ」
「……その辺の呪霊と彼女は違う。私達は別の物で繋がってる」
「憂太にも言ったんだけどね、愛ほど歪んだ呪いはない。制御も出来てないその呪いはいつか身を滅ぼす。憂太より弱いよ、オマエ」
「ふ、正論は嫌いなんだ」
悟が正しい。ただ気持ちの問題なんだ。ただ魅了されているわけじゃない。私達は依存し合い、愛し合っている。それは乙骨や折本 里香のような単純で綺麗な愛じゃないんだ。
もっと歪で、ドロドロと絡み合うような、本当に呪い染みたものなんだ。
「彼女の為に私の全てを捧げたって構わない。ただ、それが他の迷惑になるというのなら、君が祓えばいい」
「オマエが感じてるそれは本当に愛か?」
「悟にはまだ早いのかな」
「はぁ?」
『傑、悲し、い、悲しいね……』
私の感情を読み、大きな手で私の頭を撫でる彼女に、私は悟の前では困るな、と彼女に「大丈夫だから」と言い、宥める。
「君は気にしなくていい。美々子も菜々子も、呪霊慣れしていてね。時々、風呂場で彼女と遊んでたりするんだ。彼女も楽しそうだよ」
「あっそ。上層部のジジイ共がビビってるからさ、傑からも説明してよ。正直面倒なんだよね」
「分かったよ」
悟はそのまま去って行き、私は私の背後でクルクルと自由に動き回る彼女に目を向けた。それに気づいた彼女は、私の顔の二倍ほどある手で私の頭を掴んでは、そっと、照れ臭そうに優しいキスをするのだ。そして少女らしく、嬉しそうに宙を舞う。
あぁ、確かに魅了されているのかもしれない。呪霊は嫌いだ。でも彼女だけは嫌いになれない。彼女のキスはあの人が食うような物ではないような、不味い物ではない。ただ何も感じない。それでも心は満たされていくのだ。
私は彼女の味を知りたくはない。ただ唇と唇を触れ合わせるほどのことでいいのだ。
「おいで、涼華」
私の言葉に忠実に従う彼女は、私の前へやってくる。そっと頬を撫でると、私もキスを返してやる。それに彼女は嬉しそうに私を抱き、そのまま再び宙を舞う。誰かに見られたら、襲われていると思うかもしれない、と「こら、やめないか」と苦笑すると、彼女はちゃんと私を地面へ下ろす。
『も、いっかい……』
そう再びキスをされ、その度に深みへ堕ちていくのが分かる。それは彼女も同じことで。
「愛してるよ、ずっと一緒にいよう」
その言葉を口にする度、私達の呪いは私達を縛り続けるのだ。
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