雨の日の恋人
高専から歩いて十分程度のその場所で、雨が降り始めた。曇天に任務はこういうことがあるから嫌になる。そう思いながらも、私は任務帰りで高専まで近いということもあり、雨宿りをすることなく、土砂降りの中を歩いて帰る。どうせ濡れた地面を踏み締めた時についた泥を落とす為、制服を洗わなければならない。だったら今更、どれだけ濡れたって関係ない。帰ってシャワーを浴びればいいんだから。
生温い雨が制服を濡らし、染み込んで重くなっていく。歩く度にローファーの中でグチュグチュと音が立つほど、雨が染み込んでいて気持ち悪い。それでも私は走る体力も残っていない、と坂道や階段の多い道を歩いて高専に帰った。こんなことなら、任務後に寄り道ご飯せず、補助監督に送ってもらうべきだったと後悔しても遅い。
やっと高専前に辿り着くと、前方から黒い傘を差した長身の男がやってくる。シルエットからして悟だろうと思っていると、俯き気味だった彼は傘を少し持ち上げて前を向くと、自然と私に気がつく。それに少し歩幅が広くなり、こちらへ歩いてくるスピードが速くなった。脚が長いな、なんて呑気なことを考えながら、軽く手を振ると、彼は目の前にやって来た瞬間、私に傘を差し出してくる。
「風邪引くだろ」
「雨に濡れて風邪を引くなんて、漫画の中だけじゃない?」
「俺の優しさにケチつけんな」
自分で優しさと言う辺り、悟らしいとは思うけれど、彼が憂鬱だった気分を忘れさせてくれているようで、思わず頬が緩んだ。
「はーい、ごめんなさい。すぐにシャワー浴びるから大丈夫」
悟は無下限があるから、雨を弾くことが出来るのだろう。高専内じゃ特に差すこともない。
私は傘を受け取ろうとすると、彼はそれを放さずに避け、私の隣にやって来る。どういう意図があるのか、と手を引っ込めると、悟は歩き出してしまい、私は釣られて彼の隣を歩いていく。傘を見上げると、私の方に傾けている。
「どこかへ行くんじゃなかったの?」
「いや……雨降ってるし、」
「うん」
「電話出ないし、」
「それで迎えに来てくれたの?」
「だったら何だよ」
素直じゃない彼にまた頬が緩んでしまう。彼が私の為に何か行動してくれているのが嬉しい。私のいる反対側の右肩は濡れていて、無下限を切っているのだと分かる。
「何でもない。ありがとう」
相合傘をしたまま、悟は女子寮まで送ってくれる。すると彼は私のぐっしょりと濡れた髪を指で撫でた。
「早く風呂入れよ」
「分かってる。ありがとうね」
「あ、とで、」
「え?」
「後で行っていい?今日は傑も硝子もいないし、」
「いいよ。準備して待ってるよ」
したいことは分かってる。そう思っていると、彼はムスッと口を尖らせては私の頬を摘んで引っ張る。
「ニヤニヤすんな」
「んふ、ごめん。また後で」
彼の手をそっと取ると、悟は抓っていた私の頬を指で撫でた。何故か名残惜しそうだ。
「どうしたの?寂しんぼ?」
「久しぶりじゃん、会うの」
否定しない彼を少し可愛らしいと思いながらも、珍しく素直で、離れる時も惜しいという表情に笑みが溢れると、彼はそれを隠すように背を向けた。
「後で行く」
「うん、すぐシャワー浴びてくる」
そうやって私達は別れると、私は寮に入る前に濡れた靴やタイツを脱いで上がる。部屋に上がって、服の用意をすると、共用シャワー室へ向かい、シャワーを浴びる。ベタついていたが、スッキリしたな、と上がっては制服を洗濯機に放り込み、髪を乾かして、部屋へ戻る。そこには既に悟がおり、ベッドに寝転んでいる。猫が部屋に入り込んだみたいだ。猫と言うには、随分と大きいけれど。
「お待たせ。雨の所為で部屋もジメジメしてるね」
「ん、来て。温めてやる」
どうやら今日は甘えたいだけのようだ。それに私は隣に寝ると、彼はギュッと私を抱きしめた。
「やっぱ冷えてんじゃん」
「そうだね……風邪引かないように温めて」
いや、やっぱり彼の優しさに甘えているのは私の方だな。と彼の胸に耳を押し当て、私への気持ちが分かるくらい速い心音を聞きながら、そっと目を閉じた。
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