別れ話









カーテンの隙間から漏れる光が、私達に朝を知らせていた。昨日はどれだけ飲んだっけ、と隣に眠る傑を見ては、ぼんやりと考える。思考する度に頭がズキズキと痛むことや、硝子主催の飲み会の後半を覚えていないことを察するに、相当飲んだはずだ。更には服が乱れておらず、シャツ一枚だけ着ている状態で、上着やスカートはハンガーラックに掛かっている。傑と事を成したわけではないようだ。この状況から、傑は生真面目に私の介抱をしてくれたようだ。

私達は最近まで恋人関係にあった。傑に振られたんだ。理由はよく知らない。ただ、『今の私に君を幸せに出来る未来が見えないんだ』と言われた。学生の頃からずっと付き合っていて、互いに呪術師という職業柄、結婚はしないんじゃないか、と思っていたが、まさか二十代半ばで別れ話をされるとは思っていなかった。でも私は冷静で、寧ろ、幸せにされるべきは傑の方だろう、と悲しさや寂しさや困惑ではなく、怒りが勝っていた。いつも疲れていても下手に笑ってやり過ごす。まだ私を想っているくせに、君の為だと嘯く彼と別れてやろうと決めた。

それから暫くして、補助監督の恋人が出来たが、彼から見て私は特級呪術師の夏油 傑のお溢れ≠ニいう認識だったらしい。それを本人の口から、他人へ伝えているのを目撃した時には、無性に腹が立ったことを憶えている。


「うわ……」


サイドテーブルに置かれたスマホを見ると、恐らくまだ飲み会中であっただろう時間帯に、その最低な男から何件もメールが来ていたが、深夜帯になると、連絡が途絶えていた。メッセージには話がしたいともあり、私は無視することにした。しかし最後の通知に、硝子から『酔って、クズの元彼のことぶち撒けてたから、夏油に相手を殺さないよう、君からも注意しておきなよ』と来ていて、血の気が引いた。確かに相手の命の危機だな。


「……ん」


傑がもぞりと動き、寝返りを打つ。とりあえず身支度を済ませよう、とまず寝室を出ては、棚から薬を出して飲み、洗面所で自分を見つめる。
そもそも傑のお溢れって何だ。私は傑の恋人で、傑は別れた今でも、こうやって介抱しては手を出さずにベッドに寝る男なんだよ。とイライラしながら歯を磨き、スッキリ水に流す為にシャワーも浴びる。
これでいいだろう、と着替えて寝室に向かうと、傑はまだ眠っており、疲れているんだろうな、と思いながらも、酒臭い部屋をどうにかしたくて、換気の為に窓を開ける。朝日が差し込んでいるのにも関わらず、彼は目を覚さない。

私はベッドに上がり、寝転ぶと、静かに傑の寝顔を見つめていた。サラリと顔を覆った長い髪を指で流してやると、彼は目を覚ます。


「……おはよう」
「おはよう、傑」
「……やっぱり、復縁しないか」


女々しい男だな、と思った。捨てられた仔犬のような顔をして、私にせがむ。理由は大方予想はついているが、今日の私は意地悪だ。


「どうして?」
「君は悪い男に捕まる。昨日、家の前にあの男がいたよ。二度と君の前に姿を現すな、と脅した」
「命は救ったか……傑も悪い男だよ」
「……自覚はある」


不幸そうな顔をして、彼は私にせがむように、腹に抱きついてきた。分かってる、こういう人だって。


「いいよ。傑が私を幸せにしようと思わなくていい。私が傑を幸せにするから」


心の底から笑えなくてもいいじゃない。私だって、傑が笑ってくれないと、笑えないから。でもそれでいい。幸も不幸も、分かち合おう。それが、恋人ってものでしょ?


「でも、別れ話はムカついたから、お仕置き」


私は彼にプロレス技をかけると、彼はいだだだ、とベッドを叩く。


「ギブ、ギブ……!」


苦しそうな彼を放してやると、傑は私の頬に手を伸ばし、触れるだけのキスをする。


「やっぱり私は、君がいなきゃ、ダメみたいだ」
「知ってる」


どこまでも弱い男だよ、貴方は。



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