また三年後、


夏油×生徒
(一人前になろうと無理をしてしまうお話)











恋慕と憧憬は似て非なるもの。

私が彼、夏油 傑先生に抱く感情は憧憬だ。
呪霊操術という、珍しい術式を持ち、遠距離での戦闘がメインだが、そういった術式の持ち主は近接が弱いことも多い。
しかし、夏油先生はずば抜けて近接戦闘が得意だ。弱い部分のない、彼の戦闘スタイルは、近接戦闘が主な私にとっては、憧れてしまう。
五条 悟の親友というだけあって、少し変わっているが、基本的に優しくて良い教師に見える。


「涼華、よく頑張ったね。座学トップか」
「でも、まだ私は弱くて。先日の任務でも、夏油先生に助けられてしまいましたし」
「君はまだ二年だ。伸び代もあるし、焦る必要はない」


夏油先生に手合わせしてもらえるのは嬉しい。助けてもらえたことも、嬉しく思う。
でも、私は彼のように強くなりたい。

彼に憧れを抱く中で、私が目にしたのは一人の女性だった。
長い白髪の彼女は冥冥さんだ。彼女は一級呪術師。立派な人で、夏油先生の隣に立つと絵になる。強くて綺麗で……
夏油先生はそんな彼女にそっと顔を寄せた。まるで恋人であるかのようなその距離感に、私の心臓はギュッと握り潰されたかのように痛み、苦しくなった。

こんな気持ちになるなんて、おかしい。

夏油先生が誰と付き合おうが、関係ない。だって私が憧れているのは、彼の戦闘スタイルであり、教え方であり、優しさである。憧憬は恋慕ではない。勘違いするな。

私はその場から離れる。一歩一歩、彼から距離を取る度に、胸に出来たモヤが大きくなっていっているのが分かる。
そして自覚せざるを得なかった。これはきっと、恋なのだと。


「最悪……」
「何がだい?」


背後から私の好きな声がした。でも、今は一番会いたくなかった。
私達は教師と生徒。私なんかまだ子供だ。いくら夏油先生が若いからといって、その関係は崩れない。きっと、この先も。


「何でもないです。ただ目標が出来たんです」
「良いことじゃないか」
「私は弱すぎて、まだまだなんです」
「一緒に頑張ろう」
「……はい」


私の目標は、一人前の呪術師になって、夏油先生の隣にいて恥ずかしくない人間になることだ。早く、早く。早くしないと。このままじゃ、ただの弱い生徒の一人として終わってしまう。


「見ててください。強くなりますから」


覚悟を決めて、そう言うと、彼は「無理はしないでね」と優しく笑った。



***



勉強した。訓練の時間も増やし、休日はしっかり休む。しかし休みの日ですら、机に向かっている時もある。五条先生や夏油先生を見かけては、空いた時間に訓練してもらってもいた。
そんな中での任務は無理だったんだ。
二級呪霊と言われていたが、それは他の呪いと合わさり、一級相当の呪霊に変化した。
この時点で、補助監督へ連絡すべきだったんだ。なのに意地を張って、自分の実力を試したくて、やっとの思いで祓った。痛くない箇所を探すのが難しい。
やっとの思いで帳を出て、驚く補助監督を見ると、安堵して身体から力が抜け、意識を失った。


目を覚ますと、医務室にいた。
ボヤけた視界の中、硝子さんと夏油先生の声が聞こえてくる。


「彼女は大丈夫そう?」
「まぁな。それより少し痩せたように思える」
「そうか……」


私が起き上がれば、夏油先生がそれに気づいたのか、カーテンを開く。
安堵の笑みを浮かべ、彼はベッドに座ると、私の髪を撫でる。


「良かった、無事かい?」
「……はい」
「一級呪霊を祓ったそうだね。よくやったじゃないか」
「でも、こんな怪我をしてちゃ、ダメですよね」
「そうだね、今回は運が良かった。次からは補助監督に相談して、一級呪術師を待つべきだ」
「はい」


情けない。もっと強くならないと。
ふと目についた腕に残った傷はきっと治らないのだろう。
傷ついて、祓って、強くなって、女性らしさなんてものが失われていくのだろうか。傷ついて、柔らかい肌は硬くなって、傷だらけの身体を誰が好きになってくれるのだろう。
がむしゃらに訓練した結果がこれだ。夏油先生に認められちゃいない。叱られただけだ。優しく、優しく。私の心まで傷つけないようにしてくれただけだ。


「もっと、頑張ります」


私は起き上がると、硝子さんに礼を言いつつ、医務室から出て行く。
情けない姿をあまり夏油先生に見てほしくなかった。


「涼華、待て」


夏油先生に腕を掴まれ、私は足を止める。
傷は治ったとはいえ、まだ身体が怠い。
振り返り、彼を見上げると、夏油先生はふと息を吐いた。


「何を焦ってるんだい?以前の君なら、冷静な判断が出来ていたはず。何で無理をした」
「……早く、一人前の呪術師になりたくて。もっと、強くなりたいんです」
「どうして」
「強い人の隣に立つには、強くならなければいけないと、そう思って」
「……そうか」


夏油先生は何を思ったのか、握っていた私の手を放した。すぐにそこから熱が引いていく感覚が少し寂しい。


「君が隣に立ちたいと思う人が誰なのかは知らないけど、傷ついてまで隣にいてほしくないと思うけどね。君もそう思わない?」
「そう、だけど」
「それともその相手は、君がこれだけ傷ついてでも強くなってほしいと願う人間なのか?」
「……違います」
「私が君に間違った教え方したことあったかな」
「いいえ、」


夏油先生はきっと怒っている。少し鋭い、ピリリとひりつく口調で私に説く。
ないよね、と笑う彼に、私は息を呑む。


「もう無茶はしません……」
「なら、その相手もやめておくことだ」
「え?」
「確かに顔はいいかもしれないが、苦労する。馬鹿みたい強いが、家柄も家柄だ。好みのタイプだって、」
「誰のこと言ってるんですか?夏油先生」


夏油先生は困ったように顰めた眉間に親指を充てて考えている。
特徴的に五条先生のことを言っているような気もするが、まさか、と思っていると、彼はえ、と驚いたように私を見下げた。


「悟じゃないのかい?」
「……五条先生は楽しい人ですけど、デリカシーがないので、そういう意味で好きになれません」
「やっぱりそうなんだ。そこが悟の残念な所だね。顔だけだ、あの男は」
「私、五条先生の顔もそんな知りませんし」
「そうだっけ」
「……意外と、鈍いんですね。私、部屋で休みます」


私は夏油先生に背を向けて、その場を去った。
確かに私はあまり夏油先生に気持ちがバレないようにと気を遣ってきたけれど、夏油先生は本当に鈍い。
まさか自分だとは思っていなかったんだろうか。それとも私なんか眼中にないという彼なりの表現だったのだろうか。
そんな酷い人ではないはず、と思いながらも、さっきので気づいたかもしれない、と内心ドキドキしていて、明らかにこれは、憧憬ではないな、と誤魔化していた頃を思い出して、思わず苦笑した。



***



「あぁ……本当、彼女は私の理性を失わせるのが上手い……」


高専に置かれた悟の私室で、珍しく高専で鉢合わせた悟の前で私は深いため息を吐き、項垂れる。


「いつも言ってる、それ。どこがいいの、ガキじゃん」
「そりゃ十七歳の少女だよ。私も分かってはいるんだが、」
「手ぇ出したら犯罪者よ?しかも自分の生徒に」
「珍しく正論を言うじゃないか……」
「僕、正論嫌いだから言っちゃうけどさ、手ぇ出せよ。涼華は手ぇ出してほしくて言ったんだろ。健気だよなぁ、死にかけてさ」
「悪魔みたいな奴だな、君は」


そんなことしなくても、傑は惚れてるってのに、とケラケラ笑う彼は本当に悪魔のようだ。でも確かにそうだ。私は強い人間だと言うものだから、悟のことだと思っていた。自分である可能性も一瞬、脳裏に過ったが、本人に言うわけがない、とその可能性を捨てた。
けれど、きっと、あの口振りからして、私のことが好きなのだろう。全く気づかなかった。
彼女の健気さが好きだ、真面目で、努力家な所も、表情の少ない、大人びた彼女が見せる年相応の笑顔も。


「もう少し若ければ……」
「どんだけ悩んでんだよ、ムッツリ前髪」
「前髪は関係ない」


私はコンビニで買ったインスタントスープやサンドイッチが入った袋を取ると、立ち上がる。


「部屋に突撃して、ズッコンバッ、」
「黙れ。私はちゃんと待てる男だ。彼女が好いてくれているなら、尚更だ」
「あーぁ、諦めつかなくなっちゃったよ」
「涼華に余計なこと言うんじゃないよ」


口止めとして、袋から苺大福を取り出し、彼に投げつけると、悟はやっすいな、と文句を言いながらもそれを口にした。
まぁ、このくらいでいいだろう、と私は部屋を出ると、彼女が寝泊まりする寮部屋へ向かった。
何度か呼びに来たことはあるが、好意のある女性の部屋だ。少し緊張するな、とノックして、扉を開く。そこはまだ彼女の寝室ではない、キッチンやトイレへと繋がる部屋であり、その奥にある扉をノックしなければ彼女は分からないだろう。
私はもう一枚の扉をノックして、彼女に声を掛ける。


「涼華、起きているかい?」
「はい。出ます」


彼女は扉を開くと、私服姿でそこに立っていた。何も着飾っていない普段の彼女の服装は、どこかの色目を使ってくる猿共と違って良く思える。まぁ、猿と比べるものではなかった。どんな人間よりも彼女には敵わないと思ってしまうほど愛らしい。


「ちゃんと休んでますよ」


点検しに来たとでも思っているのだろうか。
私はそれほど真面目でもない、ほんの少しの下心、いや、恋心というべきか。彼女の為を思って来た。


「それは良かった。君は少し頑固な所があるからね。部屋から出れないとなると、座学で補おうとするかな、と思って」
「……本を、読むくらいは」


そう、目線を逸らした彼女に、素直な子だな、と感じた。もう少し私が押していれば、もっと早く気づけたかもしれないというのに。


「それくらいならいい、と言いたい所だけど、ちゃんと食べて寝るんだよ。これ、コンビニのだけど、差し入れ」
「ありがとうございます。いただきます」


彼女は袋からサンドイッチを取り出して見ている。少し嬉しそうに微笑んだ彼女に、私は触れたくなった。
その欲が考えるよりも先に行動に出ていて、手が自然と彼女の頬に伸びる。指先が頬に触れた瞬間、彼女はピクリと身体を震わせ、顔を上げて私の瞳を覗き込む。


「何か、ついてましたか?」
「……いいや。伝えたいことがあって」
「……はい」
「三年後も、君は今と同じ気持ちでいてくれるのかな」
「……それは、どういう意味ですか?」
「意地悪だね。私の教師としての立場を少し考えてほしいね」
「これは、いいんですか?」


頬にある私の手にそっと手を重ねてきた彼女は、私の気持ちを理解したようで、頬を赤らめている。愛おしいという気持ちが込み上げてくるが、ここは我慢して、大人として振る舞わなければならない。


「君がセクハラだと訴えなければ、まだ大丈夫かもね。それで、どうなのかな?」
「自信は、あります」
「そうか。なら、その時にまた聞かせてくれるかな。君の気持ちを。そうしたら私は、君の望む答えをあげられると思うから」
「はい、」


今にも泣き出しそうに、嬉しそうに目を細めた彼女は、こくりと頷いた。
理性を失うな、と私は笑顔を作りながら、そっと頬にあった手を彼女の頭に持っていき、そっと撫でる。


「しっかり食べて、眠って、ゆっくり成長して強くなってくれ。それが、君の想い人の願いだよ」
「はい。ありがとうございます」
「ここでのことは秘密にね」


最後に、名残惜しく、一番触れたい彼女の唇をそっと指でなぞると、パッと手を離す。
期待するような彼女の瞳が愛おしい。こんな反応をするのか、といじめたくなってしまう。


「また三年後に、」


私も彼女に期待を残しつつ、その言葉を吐いて部屋から出た。
恋人として、彼女の隣に立つことが出来るのはきっと、三年後。

大人になって、また会おう。





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