ヴァンパイアの悪戯。







「トリックオアトリート」


高専に戻って来て、一休みしようと思っていた時、そう声を掛けて来たのは硝子だった。
その言葉に、今日がハロウィンだということにやっと気がつく。


「そっか、今日ハロウィンだ」
「日付けくらい確認しておきな」
「何か余裕なかったかも……いや、スケジュール管理はしっかりしておかなおとね」


硝子の前で忙しくて考える余裕もなかった、なんて言えない。間違いなく、毎日忙しくしているのは硝子なんだから。
というか、硝子はハロウィンなんて興味ないと思っていた。酒のつまみは食べていても、甘いお菓子を食べたそうには思えない。


「それで?返事は?」
「返事?」
「トリックオアトリート」
「え、持ってないよ。ハロウィンだってこと、忘れてたくらいだし」


本当に欲しいのか、揶揄っているだけなのか。何か差し入れでも持って来てあげた方が良かったかもしれない。
そう思っていると、彼女は一歩、近づいて来たかと思えば、グイッと私の顎を掴み、顔を覗き込んだ。


「じゃあ、悪戯しても構わないね」
「えっ、」
「実は私、ヴァンパイアなんだ」
「ど、どういうこと?」
「お菓子の代わりに……君の血をくれる?」


目の下の隈でさえ彼女の魅力だと感じるほど、凛とした綺麗な顔がすぐそこにあり、私は思わず顔が熱くなる。


「ぁ……」
「ここじゃ何だから、人がいない所に行こうか」


顔から手が離れたかと思うと、ひんやりと冷たい手が私の手に触れた。何も言い出せないまま、私は硝子に操られたかのように、ついて行く。
いつもの校舎、いつも歩く長い廊下、彼女を意識した所為か、いつもより違う場所へ誘われているような気持ちになる。
辿り着いた先は医務室。
硝子がいつもいる場所、私もよく通う。いつも、手土産を持って、硝子が忙しくない時に会いに行くんだ。
人がいない所、と言われた所為で、医務室も、ここに来るまでの道も違ったように思えたのかもしれない。
何故か、私はすごく緊張していた。


「しょ、硝子?」
「ほら、座って」


言われるがまま丸椅子に座ると、彼女はテキパキと採血の準備をし始める。
それに私は、そういえば健康チェックの為に採血をすると言われていたが、それが昨日だったことを思い出す。


「わ、忘れてた……!」
「抜けてるな、本当。まぁ、最近忙しくしていたようだし、仕方がない。本当は私がする仕事でもないんだけどね」
「やっぱり、一般の病院行った方がいいよね」
「いいんだ。私が君を診たいから。それに、抜けてる君なら、予約をすっぽかしてしまうだろうし」
「う……っ」


毎回、それで押し切られてしまう。
確かに私は忘れっぽい。スケジュール帳に書いていても、それを確認することすら忘れる。頭の中は任務のことでいっぱい、それ以外のことは二の次なんだ。
彼女は手際良く採血をしていき、あっという間にそれは終わった。


「結果はまた知らせるよ」
「う、うん」
「……期待した?」


血液を保存し、後片付けを終えた彼女は、ふと私を見て笑う。
反射的に首を横に振ると、彼女はまた可笑しそうに笑った。


「期待したって言ってるのと変わりないよ。ヴァンパイアじゃなくて悪いな」
「し、信じてないし、でも何か……ドキドキした」
「そこは素直なんだな」


すると彼女は座っている私の首筋に触れる。またひやりとしたその手にドキリと胸が高鳴った。


「ここに噛み付いてほしかった?」
「そ、そんなことない」
「そうか。残念」


残念って、何が残念なんだ。やっぱり、私を揶揄ってるのかな。硝子がこんなに意地悪だなんて思ってなかった。ハロウィンだから、疲れているからか……
ふと手を引き、硝子は時計を見る。


「さて、採血も終わったし、ベッド貸してあげようか。仮眠したいんでしょ?」
「分かる?」
「疲れた顔してる。私に言われたくないって言うだろうけど」
「正直、疲れてる……今日、何かおかしいよね、私。寝てスッキリさせるよ。急患が来れば、起こして」
「ん、おやすみ」


時々、硝子と話して、医務室のベッドに寝かせてもらうこともあった。
今日はちゃんと仮眠室で寝ようと思っていたんだけど、硝子が傍にいると思うと、例え医務室だろうが、安心して眠れる。
おやすみ、と呟いて、決して寝心地が良いというわけでもないベッドに寝転び、眠りに就いたのだった。






起きたのは二時間後で、たったそれだけでもいい休憩になった。
起き上がって、軽く腕を回したりして、ストレッチをする。


「おはよう、少しは元気になった?」
「なったなった。ありがとう」
「どういたしまして」
「硝子は休まないの?」
「昨日は十分休んだからな、大丈夫」
「そっか……それじゃあ行くよ。次はちゃんと、手土産持ってくる」
「いいよ、いつもいつも。私も十分、悪戯させてもらったし」
「ただの採血でしょ?」
「ふ、そうだね」


行ってきます、と私は医務室を出た。やはり、少し寝ただけでも身体が軽い。硝子と話が出来たというのも気持ち的に大きいだろう。
それにしても、今日の硝子は機嫌が良かったな、と思いながら、任務へ向かった。







数時間後、洗面所の鏡を見た時に、首筋に赤い痕がついていることに気がついた。
それはキスマークで、硝子に触れられた箇所だった。

これが彼女の悪戯だと分かった瞬間、私の心は掻き乱された。


今日の彼女はヴァンパイアだった。








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