大阪観光
京都校の生徒である私は姉妹校交流会に怯えながら参加した。何たって東京校にはあの五条 悟とそれに負けないくらい強いと噂される夏油 傑がいるんだから。実際、京都校はなす術もなく完敗しました。
最初は怯えていたけれど、何と私、夏油くんに一目惚れしました。
めちゃくちゃ手加減してくれる優しさと、あのカッコよさ。特に顔がタイプでした。あぁ、モテるんだろうなぁ……と思いながらも、連絡先を教えてほしいと言うと、初対面だったのにも関わらず、教えてもらえて舞い上がるような気持ちでいた。五条くんと硝子ちゃんにも連絡先もらったけど。
そんな彼らが珍しく関西で任務があるらしい。大阪観光するから付き合ってくれないか、と言われて、それはもう『喜んで!』と返信した。
そして当日。
待ち合わせ場所に行くと、それはもう美男美女が揃っているわけで。入り辛いなどと思いながらも、そっと声を掛ける。
「こんにちはー久しぶりですね」
敬語なのは関西弁を出さない為。絶対に出したくない。出身は京都、周りにも関西弁の子が多い為、気をつけないといけない。標準語の中に一人、方言が混じっているのは恥ずかしい。
「まずたこ焼きだろ?」
「お好み焼きでしょ」
「大丈夫!どっちも美味しいお店、リサーチしといたんで!」
「へー、案内役頼んどいて良かったじゃん」
五条くんの好感度は上がっても仕方ないけど、これはこれで良し!褒められて嬉しくない人間はいないのだから。
私は事前に調べておいた店を紹介して、一緒に昼食をとる。美味しいと好評で、安堵しつつもそこで暫く雑談する。
「え、じゃあ補助監督置いて来ちゃったんですか?」
「いらねー、帳も自分で下ろすし」
「三人だから出来ることですね。私がそんなこと言い出したら絶対叱られますよ」
「コイツら、無理矢理だから」
学生の間にそんな我が儘が通用することはまずない。東京校は案外自由なのか、京都校が厳しいのか、それともやっぱり三人がすごいのか。
「そっちも大変だね、問題児がいて」
「そうなんよー困っ、」
しまった、気を抜いて関西弁が。私は思わず言葉を詰まらせ、言い直す。
「そうなんですよ。困っちゃうなぁ」
「何で言い直すんだよ」
「タメ口でいいよ」
「い、いや……方言がちょっと」
「いいじゃないか。可愛いよ」
か、可愛いよ=I?嬉しい、けど恥ずかしい!きっと顔が真っ赤になって、口元が緩んでしまっている。夏油くんに可愛いって言われたんだもの、仕方がない。
その後、お手洗いに立つと、硝子ちゃんも私も、とついて来た。これはチャンスだ、と私は硝子ちゃんに両手を合わせて頼み込む。
「硝子ちゃん、二人きりになるよう協力してください!」
「面倒くさ」
「大阪土産のオススメおつまみ奢るから……」
「よし」
手の平を返すように、サムズアップして任せろ、と言う彼女に、私はチョロいな、と思ってしまった。
「で、アイツのどこがいいの」
「一目惚れ。まず顔」
「はぁ……」
「今はもう全部好き」
「五条と二人かー……」
面倒だな、と硝子ちゃんは溜息を吐くと、外でガタッと音がした気がした。お手洗いの順番待ちかな、と私は外を覗くが誰もいない。
「嫌なん?五条くんと二人」
「嫌というか、何で夏油と二人にさせたのか、とかうるさそう」
「あー、でも今日は可愛いって言われちゃったから、収穫なしでもいいかも」
あれは嬉しい。例え本心じゃなかったとしても、暫くそのことで頭がいっぱいになるくらい嬉しいことだった。そう私がヘラヘラしていると、硝子ちゃんははいはい、とトイレに入って行った。
用を済ませると、二人で席に戻って合流すると、会計をして店を出た。
そんな私達は次の観光地へ、と向かっていたが、途中でクレープ屋を発見した五条くんがあ、と声を上げる。
「クレープ食べたい」
「いいですね!デザートなかったから……」
そのクレープ屋には列が出来ており、店の中も人で詰まっていた。どうしたものか、と考えていると、夏油くんはそれじゃあ、と提案してくる。
「君と悟、二人で買って来な。人が多いから私達は邪魔になるだろう」
「えっ、夏油くんは食べないの?」
「私はお腹一杯かな。それに甘すぎるのもちょっと。硝子も甘いの苦手だろう」
「そうね」
「んじゃ行こうぜ」
私は五条くんに引きずられる形でクレープ店に向かった。そっちと二人きりになりたかったわけじゃないのに……と思っていたが、五条くんは気にせず一番人気のあれがいいな、と指す。
「私は蜂蜜たっぷりのやつにします……」
「俺、いちごー」
まぁ、まだチャンスはあるか、と私は今のうちに夏油くんの情報をゲットしたくて、クレープを待っている間、彼に話す。
「夏油くんって彼女いるんですかね」
「いないでしょ」
「よしよし……」
「でもたまにニヤつきながら携帯弄ってるからな、いるかも」
「えぇ!」
どうだろうな、とニヤついている彼に、絶対に揶揄って弄ばれているなと私は息を吐いた。やっぱり五条くんに頼るのはよそう。
私達はクレープを受け取ると、合流してそれを食べながら目的地へ向かう。その後、皆で観光したが、二人きりになれるような場所はなく、私のプランが失敗したな、とガッカリしてしまった。
「俺、観覧車乗りたい。何かあるんだろ?赤いやつ」
「あぁ、あるけど……行きますか?」
「わざわざ大阪で乗るかい?」
「観覧車全国制覇目指してるから、俺」
「また適当なことを」
まぁいいか、と私達は電車に乗ってそこを目指し、辿り着くとチケットを購入して観覧車に乗り込もうとする。
夕暮れで夜景に変わるこの時間帯は綺麗なんじゃないか、なんて思いながら先に乗った夏油くんの後に続いてゴンドラに乗る。すると、まだ全員乗っていないのに、ドアがガチャンと閉まる。
「え!?」
「アイツら……」
振り返ると、ニヤニヤと笑い、手を振る硝子ちゃんと五条くんがいた。あとちょっと困り気味のクルー。硝子ちゃん、五条くんは気が利くのか利かないのか分からん、強引すぎる!
「また悪ふざけが始まった」
「そ、そうですね……」
後に硝子ちゃんと五条くんも乗っているのを確認すると、私は夏油くんの方に向き直る。しかし、これはチャンスでもある。
「陽が落ちてきましたし、夜景が見れますね」
「そうだね……君は悟と乗りたかったんじゃない?」
「へ?」
五条くんと?いやいや、そんなまさか。私は何で、と思いながら、ブンブンと首を横に振ると、彼はそうなの?と私を見る。
「てっきり、悟が好きなのかと思ったよ」
「ご、五条くん?何でですか?タイプじゃないです」
「じゃあどんな人がタイプ?」
「えっと……優しい人、ですかね」
「はは、じゃあやっぱり悟じゃないかもね」
そう彼は夜景を見ながら笑う。貴方です!なんて言う勇気は私にはない。
勘違いされていたのも辛いし、沈黙が続いていて、何を話そうか、と軽くパニックになる。景色なんて見ている余裕はない。
「そ、そうや。実はこの観覧車、カップルで乗ったら別れるってジンクスがあるみたいですよ。何か縁起悪いなぁ」
あぁ、焦りすぎて関西弁出てしまってた。全部悪い方向に転がっている。夏油くんはそうなんだ、とふと笑う。
「でも私達には関係ないね。カップルじゃないんだし」
「そうですね……はは」
カップルじゃないのは確かだけど、脈なし感強めの言葉で落ち込んでしまう。諦めて夜景を見ると、彼はじゃあ、と会話を続ける。
「カップルじゃない男女が一緒に乗ったら、どうなるんだろうね。カップルになったりしないだろうか」
「えっ、あ、聞いたことない、です」
「そっか。残念」
妖しく笑った彼に、ドキリとする。何、今の言い方。どう受け止めたらいいの。もしかして、と期待してしまい、心臓の脈打つ音が速くなる。
「暗くて悟と硝子が見えないね」
「え?あ……本当ですね」
唐突に話が変わり、私は振り返って硝子ちゃん達の乗っているゴンドラを見る。確かに陽が暮れて夜になっている為、他のゴンドラ内が見えない。真っ暗だ。向こうは私を揶揄ってるんだろうな、と考えながら向き直ると、すぐ目の前に身を乗り出している夏油くんがいた。思わず驚いて身を縮め、そそっと避けると、何故か彼は私の隣に座る。
「ゴンドラって暗いんですね」
「ここも暗いね」
「そうですね……」
心臓の音が聞こえそう。体温を感じるほど傍にいる彼に、ドギマギして困惑していると、夏油くんはねぇ、と声を上げる。
「もう頂上だよ」
私は景色を見て紛らわそうとすると、彼はそっと私の頬を撫でた。それに驚いて夏油くんの方を見ると、優しく唇が触れ合った。たった一瞬の触れ合いが、とても長く感じた。
「……試してみよう。これから私達がどうなるか」
「は、ぇ?」
「このことは内緒だよ」
間抜けな声が出た。きっと、これ以上ないくらい顔が真っ赤だ。熱くて、熱くて堪らない。すると夏油くんは向かいの席に戻ると、ジッとこちらを見ていた。揶揄われているのか、とにかく何を考えているのか、まだ夏油くんを深く知っているわけではない私は分からなかった。
観覧車のクルーがガシャンと扉を開けてくれるまで私は思考停止したままだった。夏油くんが先に降りると、気をつけて、と私の手を引いてくれた。降りて、するりと手が離れると、その手にあった熱が引いていき、一抹の寂しさが残る。
硝子ちゃんと五条くんが出てくると、夏油くんはおかえり、と肩を竦める。
「悟、観覧車は楽しみだったんだろう?これでいくつ制覇したんだい?」
「二つ目」
「少な」
「でもま、楽しめたからいいだろ」
そう五条くんは私を見てニヤニヤと笑う。ついでに硝子ちゃんもだ。
「揶揄うのはよせ。夕飯には何を紹介してくれるのかな?」
「あ……えっと、串カツで」
私達はその後、串カツ屋に行って夕飯を食べた。その後には土産も買うと、別れを告げ、彼らは新幹線に乗り込んだ。まともに夏油くんの顔を見られなかったが、最後に見ると、何もなかったかのような笑顔を私に向け、手を振っていた。二人で観覧車という夢のような空間は幻覚だったのか?と思うほど、夏油くんは自然だった。
私も高専の寮に帰ろう、と電車に乗ると、メール受信音が鳴る。見ると、それは夏油くんから。
『今日はありがとう。今度は二人で出掛けようね』
その内容に、私はやはり夢ではなかったんだ、とトキメキが止まらなかった。
今日一日で分かったことは、夏油くんはとても狡くて人誑しだってこと!
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