幸も不幸も。






夏の終わりを知らせるような、耳心地の良い静かな虫の声や、金木犀の甘い香りが印象的な季節は少し物悲しくもある。


「涼華、夜は冷えるよ」


ベランダに出ていた私に声を掛けてきたのは傑だった。ベッドから抜け出してここにいると気づき、来たのだろう。


「君がいないと不安になるよ」
「珍しい、傑がそんなこと言うなんて」
「私だって、人の心くらいあるんだよ」


背後から抱きしめられ、温かくなった身体。いつだって変わらない彼の体温は心地良く感じる。


「明日は集会があるでしょ?先生。眠らないと」
「一緒に眠ってくれるかい?」
「……まだ少し、夜風に当たっていたい」
「ねぇ、考えたことはある?私達が幸せになれるような未来のことを」
「傑にとっての幸せと、私にとっての幸せはきっと違っているから、分からない」
「君にとっての幸せでいい」


ギュッと私の手を包み込むように握ったその手を見つめながら、そうだなぁ、と呟く。


「高専にいた時は、色々考えたよ。傑は強いし、よっぽどのことがない限り、死なない。だからこのまま上手くいけば、いつか結婚して……でも、今はないや」
「ごめんね、そんな幸せを奪ってしまって」
「傑は考えたことある?」
「……昔は、君と同じことを考えてたような気がする。でも今は、君を不幸にすることが幸せなんだ」
「ひっどい人」


思わず笑みが溢れると、傑は私の首筋に顔を埋める。そんな言葉を吐くような人間がするような行動ではないな、と思っていると、彼は静かに話す。


「君が血塗れの私の手を握ってくれた時、猿を殺す度、思想の違う君が苦しむ度、私に束縛される度、この不幸は私だけが君に与えられるんだと思うと、幸せなんだよ」
「私が幸せだと感じている時は、傑も幸せだと思ってくれないの?」
「君に幸せを与えることなんて、誰にだって出来るさ」
「……幸も不幸も、傑からしか得られないよ」
「どんな時が幸せ?」
「分からないの?」
「だって、君はいつだって薄幸な顔をしてるから」


そんな顔してないと思うけど、と普段、鏡で見る自身を思い出しながら、私は背後の彼に全体重をかけるが、彼はびくともしない。


「私が幸せじゃないと思い込んでるから、そう見えるだけだよ。ちゃんと幸せ」
「へぇ?」
「今だって幸せ。傑が私に触れて、想ってくれてる」
「それはお誘いかな」
「どうとでも受け取って」


すると傑はふふ、と少し嬉しそうに笑いながら、私の顎を持ち上げると、私にキスを落とす。唇がヒヤリとしており、長く夜風に当たりすぎた、と身体を起こし、彼の首に腕を回し、抱きつく。


「ベッドまで運んで」
「静かに暖め合おうか」
「静かにね」


傑は私の膝裏に腕を回して、軽く私を抱えると、リビングダイニングに入っていく。
ガラガラとベランダの窓を閉め、部屋に戻ろうとした時、リビングダイニングから玄関先まで繋がる廊下に、美々子と菜々子が寝惚けた様子で立っており、こちらを見ていた。
恐らくはトイレに起きて戻ろうとしたのだろうが、まさかの出来事に私は急に恥ずかしくなり、無言で降りようとするが、彼は放してくれない。


「ちょ、」
「美々子、菜々子、すぐ寝るんだよ」
「はぁい……」
「はい……」


彼女達はそのまま眠そうに返事をして部屋に入っていく。
明日、どんな顔をして会えばいいんだ、と手で顔を覆うと、傑は可笑しそうに笑った。


「これくらいいいじゃないか」
「あぁ、もう……憶えてないといいけど」


部屋に入ると、焦る私を、傑はベッドに寝かせると同時に、私に覆い被さる。


「私が離反しても冷静だった君が、こんなことで焦るなんてね。可愛い」
「だって……相手は子供だし、家族でしょ?」


まだ出会って日が浅いとはいえ、毎日顔を合わせる二人に、家族に、自分が恋人に甘える姿を見せたくはなかった。


「く、くくく……」


首筋に顔を埋めて笑う傑の頭を軽く叩く。いくら何でも笑いすぎだ。


「ごめんね、ただ……不幸にさせるよりも、こっちの方が、よっぽどいいかもね」
「今更……」
「愛してるよ」


優しく呟いた傑のその言葉に、私がどれだけ満たされているか、本人は全く気づいていないのだろう。
そんな酷くて、寂しい人を私も愛してる。







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