解釈違いの王子様。





私の家は呪術師の家系だ。
でも最近はなかなか術式を受け継ぐ子が生まれなくて。
そこにやっと生まれたのが私だった。
期待はされていなかったが、私が呪いを視認するようになると、家族は大いに喜んだ。

そんなある日、私の家族は御三家へ挨拶回りに行くことになった。
こんな弱い術師の家系など相手にされないというのに。しかし、許嫁とするには良い相手なのだろうとも思うが、私は子供ながらに好きな人と結婚したい、と考えていた。
五条家に向かった時、私が六眼を持って生まれた五条 悟の許嫁となれたら、と期待していた両親から離れて逃げ出した。
言うことを聞かない、はしたない子だと分かれば、五条家も断るはずだ、と子供らしい些細な抵抗だった。
五条家を自由に歩き回っていると、私と同い年くらいの白髪の男の子を見つけた。それが五条 悟だということはすぐに分かったが、実際に白髪と六眼を持ったその容姿を見た瞬間、魅了された。


「誰?」
「あ、挨拶に、来ました」


目が合ったのだから話し掛けられて当然だが、私はパニックになって、名乗らずにそう話せば、彼はふーん、と呟き、庭先から縁側の廊下に上がってくる。


「何でここにいるの?」
「迷子に、なって……」


嘘を吐いた。逃げ出したなんて言えるはずもない。
私は彼の許嫁となるのだろうか。そう考えただけで、少しドキドキしてしまった。


「こっち」


そう言って彼は私の手を取って歩き出し、客室へと案内してくれた。
散々叱られ、私は両親の隣で身を縮めていた。
こんなことになるなら、逃げ出さなければよかった。
結局、彼の許嫁になることは叶わなかったが、私の心に彼は残り続けた。

六眼を持ち、無下限呪術の使い手である彼は生まれた時から最強とされている。
どれだけ強いかはこの呪術界で知らない者はいない。
私の中で彼は憧れの対象になっていた。
才能に溢れた彼は容姿も良ければ、迷った私を両親の元まで送り届けてくれ、優しかった。


まるで王子様。


子供みたいな考え方だが、恋にも近いその憧れは成長する毎に大きくなっていて。
でも、私がなれなかった代わりに、もう許嫁がいるんだろうな、と少し寂しくも思えたが、友人にはなりたい。
あれから会えていないというのに、理想ばかりが膨れ上がっていった。



***



実家から出て、呪術高等専門学校へ向かった。
少し遅れてしまったが、寮に荷物を置き、ドキドキと胸を高鳴らせ、遂に彼と会えるんだ、と教室へ足を踏み入れた。


「弱い奴に興味ないっての。オマエらと馴れ合う気はねーよ」


教室に入ると、聞こえてきた最初の声はそれだった。
そこにいたのは黒髪の男子と、茶髪の女子、そして白髪の彼、五条 悟がいた。
その言葉は彼から発せられたものだと分かり、思考停止する。


「あ。四人目の新入生かな。彼は私達に興味ないみたいだから、三人で仲良くしよう」


黒髪の彼がそう言えば、私はハッと我に帰り、自己紹介をする。


「壱紀 涼華。よろしくね」
「家入 硝子、よろしく
「よろしく、夏油 傑だ」


夏油 傑に家入 硝子。うん、仲良く出来そうだ。
しかし、五条 悟だけはただ無言で私を見ていた。


「え、と……五条 悟くんだよね。有名人だから、知ってるよ。よろしくね?」
「知ってて当たり前だろ」


か、解釈違いです!
確かに昔も言葉数は少なかったけど、もうちょっと優しかったはず!
私の理想とする王子様像が崩れ去っていく。


「そう、ですね……」


こんなことなら、ずっと夢を見る為に会わなければ良かったとさえ思った。
彼は粗暴で、弱い人間を雑に扱うその態度に、百年の恋も冷めてしまった。



***



「ウケる。五条が王子様とか」
「だってだって、立場も顔もそんな感じじゃん!初めて会った時は優しかったし!」


硝子とは気が合ってよく一緒にいるようになった。
傑もいつの間にか悟と打ち解けているようだったが、羨ましくないな。


「傑の性格が悟に移らないかな
「俺が何?」
「ひっ!」


背後から声がし、慌てて振り返った。そこには傑とこちらを見下ろす悟がおり、私は別に、と顔を逸らす。


「何でもないよ」
「文句あるなら直接言えよ」
「ないです
「昔の五条とイメージ違ってて幻滅したって」
「あ!硝子!」


この子は口が軽い!あと、面白がってる!
その言葉に、傑はん?と首を傾げる。


「昔ってことは、会ったことあるの?」
「大分昔に……」
「俺の家で迷ってた」


悟のその言葉にただ驚きを隠せない。憶えていたなんて。


「憶えてるの?」
「許嫁になりに来て断られてたってことくらい。弱い呪術師の家系だろ。実際、オマエも弱いし」
「弱くて悪かったね」


確かに弱いけど、その分頑張ってるし。一々突っかかってくるのムカつく。


「あー、でも今思えば、悟は昔から無愛想だった。今と変わんない、五条家の人だから、もっと傑みたいに優しくて?頼り甲斐のある人なのかと思ってた」
「はぁ?俺の方が強いし、十分優しいっての」
「その偉そうな態度嫌い」
「……そうかよ」


悟はそのまま教室から出て行ってしまい、傑は肩を竦める。


「嫌いは言い過ぎだね」
「だっていつもいつも、嫌がらせして来るし、弱い弱いって煽ってくるし……」
「でも悟は覚えていたみたいだね。君のこと」
「それは……」


確かに、嬉しかったけど。
私は言いすぎてしまったかな、と後悔する。傑は「追いかけたら?」と言ってき、硝子は興味なさそうな表情で、行ってこい、という意味で、シッシと私を払うように手を動かす。拗ねたら面倒だもんなぁ、と教室から出て行った。

どこへ行ったんだろう、と校舎を歩いていると、悟が寮へ入っていくのが見えた。これから授業があるというのに、自室へ戻る気か、とそこへ小走りで向かう。
すると共用スペースのベンチに彼は座っていて、彼は私を見るなり眉を顰めた。


「ごめん、言いすぎた」
「……」


何も応えようとしない彼に、側にあった自販機でココアを買い、彼に差し出した。
悟は無言でそれを受け取りながら、缶を開ける。
そんな彼の隣に座りながら、私は悟が何か話すまで黙っていよう、と沈黙を貫いた。すると、缶を手の中でくるくると回し、落ち着きなく手遊びをしていた悟がやっと話し始めた。


「オマエ、俺のこと好きなんでしょ」
「えっ」
「許嫁、なればいいじゃん。親も許すでしょ」
「え、えぇ!?」


思わず声を張り上げて驚いてしまった。
彼は隣で「うるさい」と呟き、ココアを飲み終えると、掌でパキパキと音を立てて、それを潰した。


「許嫁、いるんじゃないの?」
「いねーよ。どいつも気に入らないし」
「あ、そう……いや、でも私?」
「オマエは俺の許嫁になりたくて、あの家に来たんだろ」
「そう、だけど……」


戸惑いを隠せない。ずっと片想いのままだと諦めていた。でも、悟が私を好きなわけじゃない。本当に、いいの?


「……涼華は、昔の俺が良かったんだろ?」
「そりゃ、優しい方がいいでしょ?」
「十分優しいだろ」
「どこが」
「……オマエが、もっと、というなら、もっと優しくする」


まるで、許嫁になってほしい、そう言っているようで。


「それって、私のこと、好きって意味?」
「はぁ?自惚れんな。オマエが許嫁になりたい、俺と付き合いたいんだろ」
「何それ、好きでもないのに許嫁になれ、なんて。弱い私にそんな価値ないでしょ」


自惚れてるのはそっちでしょ。あぁ言えばこう言う。本当ムカつく。真面目に聞いてた私が馬鹿だった、と立ち上がると、悟は力強く私の腕を引く。その所為で足元がフラつき、悟の方に倒れると、彼は私の身体を受け止めた。触れたのはこれが初めてだった。
慌てて離れようとするが、彼はギュッと私を抱きしめ、離してくれない。身体全体を包み込まれ、心臓がドクドクと高鳴っている。


「さ、悟?」
「……」
「ちょっと!」
「分かんだろ、言わなくても……」


それはきっと、そういうことだ。ピタリと密着している彼から、私と同じくらい鼓動が速いその音が感じられるのが何よりも証拠だ。


「分かった、分かったから……」
「俺のになってくれる?」
「なる、から……」


彼はきっと、私が即答すると思ってたんだろう。急にしおらしくなってしまった彼の顔を見ようと振り返ると、白い肌は耳まで紅潮しており、普段とのギャップにキュンとしてしまった。
すると悟はサングラスを持ち上げると、振り返った私にそっと触れるだけのキスをする。


「俺、初めてキスした」


そう照れ臭そうに、でも嬉しそうに笑った彼に、私は完全に落とされた。思わず「うぅぅぅ……」と唸りながら、その場で顔を覆い、悶えてしまう。


「何だよ」
「……ずるい」
「意味分かんねー」


結局、私は最初から、どんな悟であっても、好きになっていたのだろうと、背中にピッタリとくっついている彼の体温を感じながら思ったのだった。









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