俺が好きなのは








「好みのタイプか。優しい人がいいな、夏油くんみたいな」


好みのタイプが優しい人というのは、ありきたりな答えだが、理解出来る。
しかし「夏油くんみたいな」は余計だろ。
わざわざ個人を指す必要はない。


あー、腹立つ!


俺が教室に入ろうとすると、たまたま中からそんな涼華の声が聞こえた。
よりにもよって、傑かよ!


「扉の前にいると邪魔だよ、悟」


扉の前に突っ立っている俺に声を掛けて来た傑にムカついた。この女誑しめ。
代わりに傑が扉を開けて入って行くと、俺も続いて教室に入る。
涼華と硝子はいつも通りだ。


「おはよう、夏油くん、五条くん」
「おはよ」
「おはよう、二人共」
「あー怠い、何もやる気起きねー」


俺は自分の席でダラけ、涼華を見ると、目が合った。


「何だよ」
「挨拶くらい返したらいいのに」
「面倒くさ」
「五条に言っても無駄」
「いつものことか」


彼女はそう言って俺から目を逸らす。
優しくって何だよ、挨拶しろってこと?
傑みたいにやればいいってわけ?

そんなことを考えている間に、授業は終わり、涼華はこれから用事があると言って出て行った。


「……優しくって、どうすんの?」
「何の話?」
「何だ、聞いてたのか」


傑は未だに何の話だ、と硝子を見ると、彼女は説明する。


「涼華の好みのタイプの話。優しい人がいいんだって」
「傑みたいな奴な、ムカつく」
「だから機嫌が悪いのか……悟も優しくしてあげたらいいだろう?」
「どうすんの」
「いつも冷たいだろう。もっと気遣ってあげたり、褒めてあげたり……」
「ダル……傑みたいに甘やかしてたら成長出来ねーっての」
「ならそのまま嫌われてるといい」
「嫌われてはねぇよ!」
「その自信どこから来るんだ?」


挨拶の時もそうだし、と傑は俺に呆れているが、何で全部気を遣わなきゃなんないの?
面倒くさ。
俺の態度で、傑は察したのか、言葉を続ける。


「優しくした時にありがとうって笑うのが可愛いと思うけどな」
「はぁ?NTRやめろ」
「君の物じゃないだろう、厚かましい」
「涼華が可哀想。クズに気に入られて」
「でも何でそんな話になったの?」
「中学の同級生が彼氏にネックレス贈られて、自慢してきたって話から、彼氏いいなって話になった」
「アイツ、彼氏欲しいって言ったの?」
「言ってた。いたことないらしいから」


俺が初めてになるじゃん。
あー、どうしよ。欲しい。
優しくってなんだよ、傑の真似すりゃいいんだろ?
考えとく、と呟くと、傑と硝子は難しいことじゃないのに、と肩を竦めた。




***




四人で任務に向かった。
いつも通りの任務でちゃっちゃと終わらせる予定だった。
硝子は、祓うのはお前らの仕事、と言ってやる気がない。
建物内に入って行くと、彼女は呪霊の気配が濃いその場所をフラフラとしている。


「何か怪しいよ、このへ、ん……っ」


壁から腕が伸びて来、涼華はそれに引っ張られて壁の奥へと引きずられていく。
俺はすぐに彼女を抱えると、すぐに呪霊を引きずり出して祓った。


「フラフラしてんじゃねぇよ!」
「ご、ごめん……」


傑は落ち着け、というようにこちらにアイコンタクトすると、俺は涼華を放す。
彼女は少し落ち込み、呪霊に掴まれた腕を撫でている。
優しく、優しくだろ?


「……大丈夫?」
「え?うん、ちょっと痕が残るかもしれないけど。ありがとう、助けてくれて」


たった一言、大丈夫かと聞いただけ。
それだけなのに、涼華は笑ってありがとう、と言った。
一気に全身が熱くなる。


「弱いのに突っ走るからそうなんだよ。何で俺が気を遣わなきゃなんねーの?面倒くせぇ、帰りにパフェでも奢れよ」
「あ、うん……いいよ」


俺はそこから離れようと歩き出す。
こんなことしか言えない自分に苛立つ。


「まぁまぁ、気にしないで。私達から離れないでね」
「うん、ごめんね?」
「情緒不安定かよ」


優しくなんて出来るか。すげー恥ずかしい。
後ろで煽ってくる二人は後で殴る。



その後、俺達はファミレスに寄って昼食をとって高専に帰った。
俺は特に涼華と話すことはなかった。


「あぁ、そうだった。この間、先輩に土産を貰ったんだけど、君が好きそうな物だったらからあげるよ」


傑は高専に帰って来るなり、思い出したように寮から土産を持って来て、涼華にカラフルな菓子を手渡した。


「わっ、可愛いお土産だね。ありがとう、先輩にも言っておかないとね」
「あぁ、私も君にあげると言っておいたから」


俺に寄越せよ!甘いやつは!
何でコイツにあげるの?狙ってやってんだろ、クソ。


「五条くんも食べる?甘いの好きでしょ?」
「いらね」
「そう?じゃあゆっくり食べていこうかな」
「そうしてくれ」
「寮に置いて来るよ」


涼華は女子寮へ向かうと、俺はムカついて傑の脚を蹴る。


「お前、わざとだろ!」
「何のことかな?」
「女誑しが!アイツの前から消えろ!優しくするな、俺が悪いみたいだろ!」
「実際悪いだろう」
「はぁ!?どうすんだよ、お前を好きになったら!マジでブン殴るぞ!」
「困るなぁ、実際、私の方がモテるし」


イラッとして殴りかかると、傑は避けて殴り返してくる。絶対泣かす。




一方、涼華は一旦部屋に帰っていた硝子と一緒に出て来ると、二人は傑と悟の喧嘩を遠目で見ていた。


「仲が良いなぁ、あの二人。戯れあってる。いや、組み手?」
「あー、あれは五条が構ってもらえなくて、拗ねて当たってんの」


今日は荒れてんなーと呟く硝子に、涼華はえ?と戸惑う。


「まさか五条くん、夏油くんが好きなの?」
「……ん?」
「それ、ちょっと茨の道だよね。いや、そうでもないのかな?」
「さぁ。アイツ、素直じゃないから」
「応援したくなるなぁ」
「ぶっ……!」


吹き出すように笑った硝子に涼華は何だ、と見る。
硝子は言葉足らずだったとはいえ、涼華の勘違いも酷い。これはこれで面白いことになりそうだ、と黙っていた。




***




「五条くん、五条くん」


何がキッカケか知らないが、最近、よく涼華が話し掛けてくる。
嬉しいが、何か様子がおかしい。


「この間、夏油くんが原宿に出来たお店に行きたいって言ってたよ」
「は?……そう」
「あとね、男は胃袋を掴むのが一番らしい」
「なら、お前作れよ」
「五条くんが作らないと。普段料理する?」
「しない」
「家庭的な方がモテるよ、きっと。夏油くん、料理しないみたいだし」
「はぁ……」


よく分かんねーけど、傑と比べられてんのか、これ。
涼華は作んのかな。


「まずお前の食わせろよ」
「あ、一緒に作る?私は結構、自炊するよ」
「作る」


まさかこんなことになるとは思わなかった。
料理出来る男が好きなのか?そうなれって言ってんのか、コイツ。


「じゃあ、食料は準備しておくから、夜は私の部屋集合ね。和食と洋食、どっちがいいんだろう……」
「洋食」
「了解!」


涼華は早速買って来る!と出て行った。
嬉しい、ただただ嬉しい。
アイツから誘って来るなんて。部屋で一緒に料理して食うの?
思わず口元が緩んでしまった。


日が暮れ始めた時、俺は涼華の部屋へ向かった。
めちゃくちゃに緊張する。
傑の部屋ならノックもなしに入る所だが、ちゃんとノックしてみると、はーい、と彼女の声が聞こえ、扉が開くと、そこには部屋着の彼女がおり、一気に彼女の香りが廊下まで広がってきた。


「いらっしゃい」


あぁ、やばい。やっぱ緊張する。童貞臭ぇ。ダサいとこは見せないようにしないと。


「今日のメニューはハンバーグとオニオンスープと、豆腐サラダ」
「そ……ハンバーグは、好き」
「良かった。作ったことない?」
「ない。実家も和食ばっかだし」
「そっか。自分で作ると美味しいよ。自分のことを考えて作ってもらった物も美味しいけど」


今日は俺の為、なんて考えながら、彼女の指示に従って料理する。
何で今日はこんなに楽しそうに話すんだよ、もしかしてやっと俺のこと好きになってくれた?


「やっぱり五条くん、手際いいね。何でも出来るじゃん」
「当たり前」


そうやって二人で夕食を作っていくが、明らかに量が多い気がする。


「多くね?」
「そう?確かに普通よりかは多めに作ってるけど、四人で食べるには十分……」
「は?四人?」
「五条くんと私、夏油くんと、硝子」
「……アイツらも呼ぶの?」
「そうだよ?折角だから食べてもらいたいでしょ?」
「別に」
「えぇ……何の為に作ったの?夏油くんに食べてもらう為でしょ?」
「はぁ?何で傑だよ。意味分かんねぇ」


傑に食べてもらいたいとかムカつくんだけど。結局はそこかよ、やる気無くしたわ。


「あーダル……傑の為とか」
「え、じゃあ五条くんは何の為に料理してたの?」
「は?そりゃ……」


お前の手料理を食う為、と口に出そうとするが、そのまま口を噤む。
すると涼華はハンバーグをひっくり返しながら、俺に尋ねる。


「五条くん、夏油くんのこと、好きなんじゃないの?」
「はぁ!?俺が?恋愛的な意味でって?」
「え、そ、そう……」
「オェ、マジで言ってんの?馬鹿じゃねぇの!?そんなわけあるか!」
「そ、そうなの!?硝子が言ってたから……」
「アイツ……!硝子の言葉信じんなよ!もうやる気無くした、あとはお前が作れ」
「えぇ……ごめん」


すごい勘違いしちゃってた、と涼華は申し訳なさそうに謝る。
最悪だ、何?応援してたってこと?意味分かんね〜!硝子相手に勘違いなら分かるけど、傑相手とか、分かってたけど馬鹿だコイツ……


「デ、デザートもあるから。ね?本当にごめんね?」
「……うん」


俺は彼女のベッドを背もたれにして座る。
すげぇ凹む……マジで男として見られてねぇじゃん……


するとそこに硝子と傑が同時にやって来る。
マジで怠い、二人きりだと思ったのに。
色々と期待した俺が馬鹿みたいだし……でもすげぇいい匂いするし、布団。マジ?女ってこんな感じ?
ごちゃごちゃと考えていると、硝子が俺の顔を覗き込む。


「何、ボーッとしてんの、コイツ」
「硝子お前、泣かすぞ」
「は?」
「あ、飲み物買って来たよ。主にお酒」
「え!飲酒はダメだよ!」
「だから内緒ね」
「酒の処分は任せろ」


硝子が飲みたいと言い出したんだろな、と何となく思っていると、テーブルに置いてあった彼女の携帯が震える。


「あっ!ちょっと、誰か火、見てて!五条くん!」
「あー、うん」


怠いけど、俺は立ち上がってキッチンの前に立つ。
涼華はお母さんだ、と呟いて、慌てて電話を取り、外に出ていった。
俺はそれを見計らって、硝子を見る。


「お前、俺が傑のこと好きみたいなこと言ったろ!アイツ、キショい勘違いしてんじゃん!」
「あっははは!マジ?今気づいた?」
「え、何だい、それ」
「お前らが喧嘩してんの見て、仲良いなって言うから、五条は構ってもらえなくて当たってんだよ。と言ってやったら、夏油のこと好きって勘違いして……笑い堪えるの大変だったわ」
「え、悟本当かい?でも私、悟のことはそういう目で見てないし……ごめん」
「あっ、ははは!」
「振ってやったみたいな顔すんじゃねーよ!あと笑うな!」


最悪だ、コイツら。人の恋路の邪魔しかしねぇ。
イライラしながら、焼き上がったハンバーグを皿に盛っていくと、傑は腹を抱えて笑いながら、でも、と話す。


「誤解は解けたんだろう?」
「そうだけど、全く男として見られてねーじゃん。寧ろ応援されてんだけど」
「脈なしじゃないか」
「で、料理?」
「悟の愛情が篭った料理、食べないとなぁ」
「呪いの間違いじゃね?」


ゲラゲラ笑って床を転がるコイツら、マジで後で殴るからな。
そうしていると、そこに涼華が帰って来る。


「楽しそうだね。どうしたの?」
「いや、何でもない」
「何でもない何でもない」
「……ハンバーグ、出来たけど」
「あぁ!ありがとう、五条くん。スープも温め直して、食べようか」


涼華はテキパキとサラダを冷蔵庫から取り出し、テーブルに並べていき、全員分の夕食を用意した。
全員で食べ始め、俺達は口を揃えて美味い、と頷く。
コイツの家庭の味ってこんなだろうな。
食後のデザートで昨日作ったばかりだというプリンを出してくれ、それが美味かった。
傑と硝子は酒を飲んでいて、涼華も流されて飲んでいる。
俺も硝子に甘いの買ってきてやった、とチューハイを貰う。
酒は飲んだことはなかったが、飲んでみると飲みやすくて美味い為、何も考えずに食べながら飲んでを繰り返していた。


「悟、顔真っ赤だね」
「あ?」
「はは、肌が白いから余計に目立ってる感じする」
「酔うの早くね?缶チューハイ一本だぞ」
「弱いんだね」
「酔ってねーし」


そうは言ったが、クラクラするし、眠い。
下戸なの?まずいな、飲まない方が良かったか、ここで知れたのが良かったのか。


「五条くん、大丈夫?水、いる?」
「ん……」


頭が回んない。
隣に座っていた涼華が立ち上がろうとするのを、俺は腕を引いて止める。
何でこんな行動をしたのか、分からない。


「五条くん?」
「おっ、寝るか?」
「眠いなら自分の部屋で寝ないと」


何か言ってるような気がするが、理解出来ずに、意識が飛んだ。




悟はボーッと床を見つめながら、涼華の腕を離さずに呟く。


「好き」
「プリン?」
「お前が好き……傑は違う……」
「へ?」


涼華は何を言ってるんだ、と困惑しながら、ちょこんと悟の隣に座る。


「五条くん、ごめんって。そんなに根に持たないでよ」
「お前が、好き。なぁ、涼華」


そう言って腕を引くと、そのままキスをする。
それに硝子と傑は驚きながらも、それをボーッと見ており、涼華は放心状態で悟を見た。


「な、に……?」
「好き」


そう呟いて、悟はそのまま涼華の膝に倒れて眠った。
彼女は顔を真っ赤にして、ぎこちない動きをしながら、傑と硝子を見ると、二人はその様子を見て、指を差し合う。


「これ、脈ありですね、硝子さん」
「そうですね、夏油さん」


何がどうなっているのか、と戸惑う涼華と、明日、悟がどういう反応をするのか、という話を酒のあてにして楽しんだのだった。

一方涼華はまだ理解が追いついていなかったが、彼らの様子を見て、二人は全て知っていて、自分達を揶揄っていたということは分かった。

膝の上で眠る悟を見て、彼女はただドキドキと胸を高鳴らせていた。






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