これは恋じゃない





 私は昔から感情が希薄だ。だからといって思考しないわけではないし、時々感情的になることもある。ただ鈍感で、顔に出さないだけ。
 初めて心を揺さぶられた時は、初対面で五条先輩につまんねー奴≠ニ言われた時。感情を表に出したいと思っていた時に言われたこの一言が私の心を傷つけた。でも、その考えが一変したのは同期の灰原が亡くなった時だった。何も手につかなくなり、これが喪失感かと気づいた。成長する毎に感情を知るのは当たり前のこと。でも喪失感による苦しみなど知りたくはなかった。私は傷つくのが怖くなった。

 感情など呪術師にとって必要ないものだ。


***


「オマエ、僕のこと好きでしょ」

 この男、五条 悟は私の感情を引き出すのが上手い。私を深く傷つけたあの日から、私は彼によって心を揺さぶられることが多くなっていた。ただ、いい感情を引き出すことはない。人の神経を逆撫でするような言動ばかりだ。今日だって呪詛師を殺して割と気が滅入っている。上層部は私を感情を持たないロボットのように扱うが、私は人間だ。それなりに感じることもある。それに、今まさに疲弊している私に向かってそんな言葉を吐く彼にイラッとしてしまった。普段はこんなことはないのに。そんなことを考えて無表情のまま彼の顔をジッと見つめて沈黙した。

「そんな見つめるなよ、照れる」
「すみません、五条先輩。自意識過剰すぎませんか」
「ひっど。じゃあ嫌いなの」
「別に好きでも嫌いでもないです。何ですか、いきなり」
「飯でも行かない?」
「今日疲れてるんです」
「呪詛師殺したんだって?お疲れー」

 この人はこういう人だ。諦めろ。そう思えばスッと落ち着きを取り戻した。

「いいですよ。奢ってください」
「何食べたい?」
「ココイチ」
「却下。個室居酒屋行くから」

 じゃあ何で訊いたんだ。そう思いながらも黙って彼について行った。
 無駄に高そうな個室居酒屋に来ると、彼は下戸の為、メロンソーダを注文し、私は飲んだこともない酒、ハイボールを注文された。

「私、お酒飲んだことないんですけど」
「何で?」
「酔ったら酔ったで翌日の任務に支障が出ますし、ジュースでいいじゃないですか」
「今日はいいでしょ、折角来たのに」
「私はココイチで良かった」
「こっちの方が色々食べれるじゃん」

 文句言うなよ、奢ってやるっていうのに、と口を尖らせる。思春期男子の反応はなくなったものの、悪態を吐いたり我が儘な所は変わっていない。寧ろ余計に面倒になった気がする。
 注文した品が届くと、焼き鳥をつまみつつ、ハイボールを飲む。うん、悪くない。

「一級術師で弱くないんだから、ちょっとくらい文句言ったら?」
「何の話ですか?」
「呪詛師関連の任務、押しつけられてんだろ?言えば汚れ仕事、可哀想に」
「仕方ないですよ、誰かがやらなきゃ」
「そんなことしてちゃ、もたないよ。ブチギレちゃえ」

 簡単に言う。彼はいつも特級権限で我が儘を言っては周りを困らせているのだろう。

「そんなこと出来ませんよ」
「僕なら直談判するけど」
「五条先輩だから出来ることですよ」

 私には出来ない。もうどうだっていい、そう思っていないとやっていけない。
 いつの間にかハイボールの一杯目はなくなっていた。すると、五条先輩は勝手におかわりを注文する。

「どうでもいいって思わないとやっていけない、そんな感じでしょ」
「心を読まないでください。余計なことは考えません」
「余計じゃないだろ?傷ついてるのにそのポーカーフェイスで隠そうとしてる。バカみたいじゃない?そうやって生きるの」
「心を掻き乱すの、やめてください。いっつもいっつも……」

 愚痴が溢れる。ハイボール二杯目でこんなにも酔ってしまうのか。私はお酒が弱かったんだな。

「感情はいらない。昔、私に言ってましたよね。つまんねー奴≠チて。それでいいんです……」
「何?傷ついちゃってた?」
「昔はもっと感情豊かになりたかった……そんな時に初対面の相手にそう言われると、ショックですよ。五条先輩は私の感情を引き出すのが上手いです、怖いくらい」
「それは嬉しいなぁ」
「褒めてない」

 昔は驚いた。ただただ人の傷を抉って、私を怒らせたり悲しませたり苦しめたりしたが、同時にその強さに憧れもした。良い部分はその一つだけ。あとは家入先輩の言葉を借りればクズ≠セ。現に、五条先輩は私がやけ食いしているのを見て、ヘラヘラと笑っている。

「オマエは僕がいないとダメだなぁ」
「はい?」
「だって、普段はそんな饒舌じゃないじゃん。必要最低限の言葉しか発しないし、飲みの誘いも断るって聞いたけど、僕のは断らないし」
「いや、七海とは行きますけど」
「……マジ?」
「マジ。飲みには行きませんけど、ランチはしましたよ」
「話と違うんだけど」

 少し声を低くして呟く。どこの話だそれは、と突っ込みたくなるが、黙っていると、彼はまぁいっか。と続きを話す。

「いつだってオマエのことを分かってるのは僕だけって話」
「はぁ……」

 何を言い出すんだ、と私は戸惑う。彼の心理は理解出来ないことばかりだ。

「感情を引き出してあげてるのも僕。ありがたく思ってもらわないと」
「ありがたくないです」
「オマエは僕なしじゃ生きれないよ」
「いや、生きてますけどね」
「さっきまで死んだ顔してたのに、今じゃ顔真っ赤にして生き生きしてるじゃん」
「それはお酒飲んだからです」
「お酒頼んだのも僕」

 何が言いたいんだ。嫌なことでもさせられるんじゃないだろうか、と疑ってしまう。五条先輩がいないと生きられないかと言われれば、それはないとして、彼といると完全に流されてしまう。これは彼に対して憧れがあるからだろうか。そうなれば完全に弱みを握られているような気がしてならない。
 そして何故か三杯目のハイボールがやって来た。いらない、と言っても、もう頼んじゃったし、僕飲めないし。と突っぱねた。
 あぁ、どうでもいい。
 七海が言ってた、呪術師はクソだって。本当にそうだ、何だってこんな仕事をしなきゃならない。

「もうやだ……」

 ハイボールを飲んでテーブルの上に突っ伏す。頭が回らない。無意味な感情ばかりが押し寄せてくる。

「傷つきたくないだけなのに……」
「そうだね」
「もっと五条先輩みたいに強かったら良かったのに」
「十分でしょ」

 大きな手が私の頭を撫でた。あぁ……辛い。苦しい。本当にこの人は私の感情を引き出すのが上手い。ただ私の頭を撫でただけなのに。彼に助けてくれと悲鳴を上げたくなった。

 気づけば泥酔していて、五条先輩が目の前にいる。何か話しているが、頭がぼんやりとしている。

「僕なしじゃ生きれないね、本当」
「……死んじゃう」

 脳を介して話している気がしない。ぼやっとした視界で見たのはだだっ広い部屋。

「大好きでしょ、僕のこと」
「うん……」
「素直だな。それでいい、僕に任せて」

 優しい声がして、身を預けたくなる。あぁ、そうだ。私は心を揺さぶられたあの時から……そう考えている間に、彼は私の唇を啄み、今までの言葉が嘘だったかのような甘い言葉を囁いた。

・・・

「あー、それは別の奴に頼めよ。コイツにやらせる必要ある?自分達でやれっての……そうそう、ここにいるから。僕の許可なくそんな任務ばっか入れるってなら……分かるよね?んじゃ、よろしく」

 頭が痛い。五条先輩の声で目覚めた。
 知らない部屋、だだっ広い寝室とベッド。私はそのキングサイズのベッドに裸でいた。そしてその隣には同じ裸の五条先輩だ。手には私のスマホを持っていて、彼は子供のように口を尖らせる。

「ったく、また呪詛師だって。断っておいたから。他に出来る奴いるし。今日は休みな、ゆっくりしよう」

 そう言って私を引き寄せると、ちゅ、とリップ音を立てて私にキスをする。起きてから一言も声を発せていない。衝撃の展開すぎて混乱している。

「は……?」
「何?」
「いや、何ですかこれ」

 掛け布団を胸まで上げて起き上がる。だが、ふと昨夜の行為を思い出し、顔に熱が集中する。

「思い出した?」
「ひっ」
「昨日はそれはもう好き好き大好きって、」
「あぁぁぁ……」

 何で全部ハッキリと覚えているんだ。こういうのは覚えていない方が都合が良いのに、何で……!というか、この男、最初から……!
 すると彼も起き上がって綺麗な瞳が私の顔を覗き込んだ。

「もう一度訊くけど……オマエ、僕のこと好きだろ」

 この男は私の感情を引き出すのが上手い。全部全部、最初から私すら気づかない気持ちを見透かして……

「これは恋じゃない……」

 ただの強さへの憧れ。せめてもの抵抗を見せると、彼はにこりと笑って私を押し倒した。

「僕はまだ、オマエの感情を引き出せてなかったのかな」

 そう私の胸を指でなぞり、互いの鼻先が当たる位置で私の瞳を覗き込む。
 あぁ、悔しい。悔しい。この男は最低だ。こうなることを分かっていて誘導した。私はただ流されただけ。だからこの感情だけは否定してやりたくなった。

「これは、恋じゃない!」

 この後、この感情を認めるまで帰してもらえなかったのは言うまでもない。






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