食べられない理由
料理が好き。人に振る舞うことも、その人が美味しいと笑顔になってくれることも。
だから良かれと思って、それぞれの好みに合わせた手作りのお菓子を用意した。
「俺、そういう手作りとか無理なんだよね」
夏油くんや硝子ちゃんは礼を言って受け取ってくれた中で、五条くんのその一言に、喜んでくれる人ばかりではない、と反省した。
それから、人に手作りの物を渡すのをやめてしまった。
気にしないし、美味しい、と言ってくれた夏油くんと硝子ちゃんに、またあげようかと考えていたが、お世辞だったら、とか五条くんにだけ既製品を渡すのか。
そういうことばかり考えてしまい、自炊する程度で済ませている。
五条くんは潔癖症なのだろうか。
好きな人に好きな物を拒まれた気がして、ちょっと自信を失くした。そんな矢先。
「それ、自分で作ったの?」
昼休み、誰もいなくなった教室で、昼食をとっていると、五条くんは私の弁当を覗き込んだ。そういえば、彼は初めて見たかもしれない。
いつも何処かへ行って、昼食を買って来ているような気がする。
「そうだよ」
「お菓子だけかと思った」
「料理が好きで。夕飯はほとんど自炊だよ」
彼はへぇー、と呟きながら、ジッと弁当を見つめた後、そこに入っていた卵焼きを摘むと、そのまま食べた。
ただただ驚いた。だって、お弁当なんて手作りの物ばかりだ。
「この卵焼き、チーズ入ってる」
「あ、余ってたから……」
「いけるな。これは?鶏肉?」
そう言って彼は甘辛いタレで味付けした鶏肉を食べた。
何で食べちゃうの?と私は困惑して、そのまま言葉に出す。
「手作り、嫌じゃなかった?」
「あ?自分が食べる分に毒入れる奴、いないでしょ」
「ど、毒?」
「何回か盛られたことあんだよね」
彼を身近に感じすぎて、御三家、五条家の人間であることをすっかり忘れていた。
悪意が彼を傷つけることなんてあり得る世界なんだ。
そうとも知らず、私は勝手に傷ついていたなんて。
五条くんは隣の硝子ちゃんの席から椅子を引っ張って来ると、私の目の前に座って、次は蓮根を食べる。
「マヨネーズと明太味」
「そう……」
「一々考えてんの?これ」
「レシピ見たり、それを元にアレンジしたり……」
「へぇ」
彼は次は、とほうれん草の胡麻和えを取ろうとするが、そろそろ手が汚れるのが嫌になったのか、抵抗しない私の箸を取って我が物顔で食べ始めた。
「美味しい?」
「うん」
笑顔などなくとも、彼の箸の進み具合を見れば、それは愚問だったと思う。ただ返答が欲しかっただけ。
完食して、箸を置いた五条くんは、弁当を見る。
「弁当、小さい。足りねぇ」
「五条くんに、いや……」
また食べてもらいたかった。でも、彼の為に作ったのなら、それは意味のないことなのかもしれない。
それを察したのか、彼は、頬杖をつき、私を見る。
「お前が目の前で一口ずつ食べてくれたら、俺も食べてあげていいよ」
「……!つ、作って来るよ」
「じゃあデザートも欲しい」
「うん、作る」
嬉しい、と思わず頬が緩むと、彼はそのまま立ち上がり、出て行った。
私は空になった弁当箱を見て、彼の為にまた作ろうと思えた。
*
「ハンバーグ、きんぴらごぼうに、ブロッコリーとキャベツの胡麻和え、ナポリタンに、それから……」
翌日、私は作って来たお弁当を一品につき一口ずつ五条くんの前で食べている。
その様子を見ていた硝子ちゃんは夏油くんを見る。
「何あれ」
「バカップル」
「誰がバカップルだ、俺が食べてあげてるだけ。今は毒見中」
「作った本人に毒見させるの?私が食べてあげようか」
「は?やらねーよ。傑はコンビニ弁当食べてろ」
「……夏油くんと硝子ちゃんもいる?」
やっと飲み込んでそう問うと、硝子ちゃんはいいや、と話し、夏油くんはどうしようかな、と五条くんを見ている。
「ふふ、食べたいけど、いいかな」
「そっか」
すると教室の扉が開き、そこにいたのは夜蛾先生だった。
私を見て、少しいいか、と呼び出され、丁度一品ずつ食べたしいいか、とそのまま教室を出た。
「羨ましいだろ、愛妻弁当」
「ついにくっついたの?」
「いや」
「悟の好意に気づいてるのか気づいていないのか……」
「どっちでもいいし。食べてもらいたくて一生懸命なのがいいだろ」
「だから毒見ね、毒なんて盛るはずないの分かってるくせに」
「わざわざやってくれるの見て楽しんでるんだから、性格が悪いな」
「クズめ」
「僻みはやめろよ」
そうして彼はいただきまーす、と彼らに見せつけるように弁当を食べ始めた。
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