愛されなければ死ぬ呪い








「私、五条くんに愛されないと死ぬ呪いにかかっちゃった!」


またバカなこと言っている、と彼は思うだろうな。
でも、こんな言葉はいつだって言っているんだ。
彼が好きなのに、こういう回りくどいことしか言えない。告白すると振られるから、好意があると見せているだけ。

同期の私達は教師と補助監督、どちらも高専を主軸に働く身の為、高専で会うこともあれば、休日に硝子や七海くん、伊地知くんなどを誘って飲みに行くこともある。
つかず離れずな間柄というだけあって、諦めもつかず、私はもう十年近く片想いし続けているわけで……だからといってこれは馬鹿馬鹿しい話だ。

それでも確かに私は呪われている。
それはきっと、真っ黒なアイマスクの下にある六眼で見透かされているに違いない。


「じゃあお前、もうとっくに死んでんじゃん」
「そんなこと言って〜死んでないのは愛されてるからだよ。愛してるのキスをしてくれてもいいんだよ?」
「あらら、可哀想に!アラサーにもなってそんなこと言っちゃって。そんなロマンチックな方法で解呪出来るなら、世の中もっと平和でしょ〜」


うーん、この神経を逆撫でしてくる感じ、悪くない。もう十年もいると、苛つきもしないのが不思議に思える。
恋は盲目、そういうことだろう。


「まぁでも、呪われてんのは確かだね。何でそうなったの?」
「うっかり」
「危機意識なさすぎじゃない?補助監督だよね?お前」
「うーん、申し訳ない」
「申し訳ないで済む話じゃないよ?本当に死んだらどうすんの」
「仰る通りで……」


久々に説教を受けている、と私はいい歳して情けない、と少し落ち込む。
それでも生徒の代わりに受けた呪いだ、死んだとしても後悔はなかった。


「で、解呪方法は」
「だから五条くんの愛で……」
「僕の唇は高いよ?」
「おいくら?」
「うーん、涼華の給料、十年分くらい?」
「なるほど、それって一括じゃなくていいよね?二十年くらい掛けてゆっくりと返して……」
「一括に決まってんじゃん。ま、でも僕は優しいし?それでもいいよ」


すると、彼はそっと唇を寄せてくる。
彼の香りに包まれ、本当にキスしてくれるんだ、と十年なかった進展に、これ以上ないほど鼓動が速くなっているのが分かる。
ギュッと目を瞑ると、唇に程よい硬さの物が触れた。
ついにしてしまった、と思っていると、カシャ、とシャッター音がする。
ハッとして目を開けると、私の唇に触れているのは彼の二本指で、当の本人は笑いを堪えながらこちらにスマホを向けている。
それに気づいた私は一気に恥ずかしくなる。


「ギャハハハ!キス顔ゲット〜ぷぷ、可愛い可愛い」
「もー!」
「ちゃーんと、解呪しておくんだよ。その愛ってやつでね」


彼は可笑しそうに笑いながらそのまま去って行き、私はやっぱりダメか、と息を吐く。

本当に、愛されないと死んでしまうんだけどな……

死を招く呪いよりも、彼は私を愛していない、と確認出来たことの方がショックで。
こんな時にまで、本音を言えないなんて……

私はなんて臆病者なんだろう。



数日後。
じわりじわりと呪いが身体を蝕んでいくのが分かった。
これは本当に、洒落にならない。
変わらない日々が続く中でも、私の身体だけは蝕まれていくのが少し怖い。


「まーだ解呪出来てないの?」
「出来てない。どうしたらいいか、分からなくて」
「マジで死ぬよ?」
「そうしたら五条くん、泣いてくれる?」

私はそう笑顔を作ると、彼はツンと口を尖らせた。


「葬式って好きじゃないんだよねー」
「いや、好きな人いないでしょ」
「ま、でも十年以上付き合いがあるんだ。行くよ?葬式くらい。悲しんでもあげる」


それはきっと、友人としてだろうな。
希望はないかな、と思いながらも、私は誤魔化すように話を続ける。


「それは嬉しいね、私は書庫に行って、呪いのこと調べてくるよ。も〜五条くんがなかなかキスしてくれないから」
「したじゃん、指で」
「それはキスって言わないの。五条くん、キス知らないの?私が教えてあげようか?ほらほら、遠慮しないで!」


いつもの調子で手招きすると、彼は私の頭をその大きな手で鷲掴みにして止める。


「は?それはお前でしょ、あんな間抜けなキス顔初めて見たわ」
「ひっど、乙女心が傷ついちゃう」
「乙女ねぇ……」
「五条くんには乙女心が分かんないよなぁ、じゃあね〜仕事頑張って」


そう逃げるようにその場を去っていく。
彼が見えなくなったところで私は我慢していたものを吐き出すように咳き込むと、掌には血の塊がベッタリとつく。

最初は五条くんの言う通り、まるで御伽話のような、ロマンチックな物をイメージしていたが、静かに眠るように死ぬわけではない。
流石は呪い、ゆっくりと人の身体を壊していき、醜く殺していく。


「馬鹿みたい……」


他に解呪方法はないか、と私はそのまま書庫へと向かった。





***





「聞いた?『愛されなければ死ぬ呪い』だって、馬鹿馬鹿しい」
「勉強不足だな、五条。本当にあるぞ」


ズズズ、と苦いだけのブラックコーヒーを飲む硝子に、僕は思わずは?と言葉が漏れ出た。そんな呪い、聞いたことがない。


「まぁ、割と最近だからな。涼華、解呪出来たか?」
「さぁ、最近会ってない……え、マジであるの?そんな呪い」


もう一度確認すると、書庫に行って確認しなよ、と彼女は肩を竦めた。


「君達は心配ないと、私は勝手に思ってたんだけど?」
「……本当にそんな呪いがあるなら、とっくに解呪出来てるはずだけど」
「その口振りからして、まだ呪いに侵されてるようだな。死なせるなよ、私が君を殺しかねない」


本当に、涼華が愛してほしい相手は僕なのか?
いつもの涼華の表情や態度で、僕らは両想いなのだと勝手に思っていた。
あの慣れないキスに戸惑う涼華の表情も、触れた指先から伝わるほど速く大きな鼓動も、僕への好意がひしひしと感じられて、好きだったんだけど。
僕は涼華の不慣れで可愛らしいキス顔の写真を開いて見ると、思わず口元が緩む。


「キショい」
「相変わらず辛辣だね。そろそろ付き合いたいと思ってるんだよ?だけど、女の子って好きな人を追いたいらしいじゃない?蛙化現象だっけ。そうなったらどうしよう、硝子」


今更付き合ったとしても、涼華の気持ちは変わらないのだろうか。
ずっと好意を見せてくれる彼女が可愛らしくて好きだ。素っ気なくした時に見せる、困った顔も。
それがいつか無くなってしまうのでは、と思うと恐ろしいな。


「十年の片想いだぞ、喜ぶだろう」
「今の関係でも、僕は満足なんだけどね」
「涼華が可哀想だ。五条なんかやめておけと散々言っているのに……」
「応援してよ、ここまで来たら」
「だったらさっさと解呪しろ」
「はいはい、書庫ね」


僕は疑い半分で書庫へと向かえば、貴重な書物を手に取り、中身を見ていく。
確かにその呪いは存在すると書かれていた。解呪条件は想い人からの愛情、などとロマンチックな書き方をしているか、真偽は定かではない。
実際、彼女を愛しているのに、彼女は解呪出来ていない。
何が原因か、と考えた時、やはり思い当たるのは自分の態度だった。
愛情という書き方をしているが、涼華が言っていた通り、キスが条件だったりするのか、それとも……


「本人の自覚か……」


僕は涼華に連絡を取ろうと、メッセージを送ってみるが、いつもすぐにある返事はない。今日は仕事が入っていないはず。
しかし、待てど暮らせど彼女からの返事はなく、電話をしてみるが出ない。


「チッ」


何かあったんじゃないか、と嫌な予感がして、すぐにでも彼女の家に向かおう、と高専を出た。
あの呪いは身体を徐々に蝕んでいく。それに耐えていたのだとすると……一刻も早く会いたくなった。

彼女の暮らすマンションに辿り着くと、部屋前のインターホンを鳴らす。


「ヤッホー、君の大好きなGLG五条が来たよ〜開けて〜」


いつもの軽い調子で話かけてみるが、返事はない。
いないのか?と思っていたが、胸騒ぎがして、頑丈そうに見えるそのドアを壊して入る。
玄関には彼女の靴があり、部屋にいるのだと分かる。


「お邪魔しまーす、涼華ちゃーん?」


名前を呼んで奥に進んでいくと、部屋で倒れている涼華を見つけ、血の気が引いた。


「おい、涼華!っ、息……」


していなかった。口から溢れた血が、たらりと流れ、ポタリと落ちて床を濡らし、そこに赤が広がっていく。ぐったりとした涼華にただ唖然としてしまった。


「愛したって……僕、ちゃんと愛したじゃん。お前のこと……愛してるよ……」


まだ温かい涼華を抱きしめる。
どうしてこうなった、もっと素直に伝えれば良かったのか、もっと優しく、もっと、もっと……
後悔ばかりが募り、涼華の身体を強く、強く抱きしめた。


「ゴフッ!」
「っ!しっかりして。息しろ」
「ゴホッ、ぅ……っ」


彼女は僕から顔を逸らし、地面に血を吐き出した。
喉に詰まっていたのからやっと呼吸をし始め、大きく身体を揺らす。


「死ん、だ、かと思った……」
「一瞬、死んでたよ」
「は、はは……」
「笑い事じゃない」


すぐに僕から離れようとするが、身体が思うように動かないのだろう、力が入らず、僕の腕から抜け出すことは叶わなかった。


「ごめん……解呪、出来ないの」
「愛してるから、死なないで」
「へ……?」
「愛してる。お前がそれを自覚するまで、何度も言ってあげる」


僕はアイマスクを外して、涼華の顔を覗き込むと、その血に濡れた唇にキスを落とす。
彼女の瞳にはじわりと涙が浮かぶ。
それと同時に解呪出来たのが分かった。


「……ロマンチックな呪いだね」
「どこが……っ、血塗れで、ボロボロだよ……」
「それでも愛おしいよ」


再び唇を重ねると、彼女の血の味がした。
それに涼華はうぅ、と声を上げる。


「初めてのキスが、血の味ってやだぁ……」
「でも一生忘れられないだろう?さぁ、硝子に診てもらおう」


僕は涼華を抱いて歩き出すと、もっと綺麗な格好で、綺麗な場所で……とポロポロと涙を流しながら僕に抱きつく。
彼女は死にかけたとは思えないほど、能天気だ。


「治ったら、今度はロマンチックなデートをしよう」


それに涼華は鼻を啜りながら好き、といういつもの戯言ではない、本音が聞けた。
その言葉だけで、キュッと胸が締まり、愛おしさが込み上げてくる。

あぁ、僕もきっと、彼女に愛されなければ、死んでしまうんだろうな。








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