私の幼馴染は非術師
※夢主死ネタ、夢主への加害。
猿は、嫌いだ。
どれだけ優しかった両親だとしても。
どれだけ、愛した幼馴染だとしても。
私は、猿が嫌いだ。
この世から消えてしまえば、私は心の底から笑うことが出来るのだろう。
その為、大義の為ならば……
「傑!久しぶりだね」
笑顔で出迎えてくれた非術師の幼馴染は、呪術に理解がある。幼い頃、私が人にはない力を持っていても、怖がらずにいてくれた。呪霊に悩まされていた時も、ずっと、私の傍にいてくれた。図書館で呪術のことを調べては、成果を得られず落ち込んでいたこともあった。そもそも、呪術高専というものがあるらしい、とその存在を教えてくれたのも彼女だ。彼女には呪霊を感じることも、見ることも出来ない。本当の意味で、私を理解することは出来なかった。それでも私は、ずっと、ずっと君が好きだった。
「……久しぶり」
「前会った時から、痩せた?まぁ、暑いから家に入りなよ」
彼女はどうぞ、と私を自室へと招いてくれた。リビングでいいのに、部屋へ招くのは、習慣だろう。
家からは物音がしておらず、人の気配がない。今、両親はいないのだろう。
彼女は麦茶でいいよね、とキッチンへ下りていき、コップに氷を数個と麦茶を注いで持って来ると、私の前に出す。礼を言ってそれを飲むと、夏の暑さで火照った身体に沁みた。
「急に会いたいって言うからびっくりしたよ。呪術高専はどう?強いって聞いたよ。おばさんが自慢げに話してた」
「まぁ、特級だからね」
「すごいじゃん。傑は昔から優等生だから。そのピアスはどうかと思うけどね」
電話越しで話すことが多くなっていたが、いつも通りの何気ない会話も、目の前にいるというだけで、心地良く感じる。
何度も、何度も思った。君が呪術師だったなら、と。きっと君なら、悟や硝子、後輩達とも上手くやっていけただろう。努力家の君は強くなれたかもしれないし、他人に寄り添える君は補助監督に向いていたかもしれない。
喉が渇く。実家や自分で淹れる麦茶とは違う、昔から変わらない茶の味を懐かしみながら、一気に飲み干した。
「でもやっぱり、呪術師って大変そうだね。強くても危険なことに変わりはないし」
「呪術師は、辞めたんだ」
「えっ、そうなんだ……まぁ、それもいいかもね。危険は避けるべきでもある」
それから私達の間に沈黙が流れた。そこでやっと、私の異変に気づいたのだろうか。いや、最初から気づいていたが、辞めたと聞いて、自分に出来ることを考えているのかもしれない。この重い沈黙を破ったのは彼女だった。
「じゃあ、実家に戻るんだね。おじさんとおばさんは元気?」
「……死んだよ」
「え?」
「私が殺した。私は、呪詛師になったんだ」
その言葉に、彼女は目を丸くした。呪詛師がどういう存在なのか、彼女は分かっている。呪詛師となったのも、両親を殺したことも、何かの冗談だと、思うだろうか。それとも、怯えるだろうか。彼女の反応を伺っていると、深く息を吸い、ゆっくり吐くと、肩の力を抜き、そっか、と呟く。
「大変なんだね……呪術師も呪詛師も。傑はそういう道を選んだってことか」
何も知らないのに、まるで理解してくれているような言葉。恐怖して殺されないよう同調しているわけでもない。ただいつも通り、悩む私に寄り添うような、優しい声だった。しかし、彼女は目線を落として考えた後、顔を上げる。
「でも、大丈夫なの?傑は、危なくない?」
「呪術師全員から狙われることとなる。危険な道だ。しかし、私は精一杯やるだけさ」
「何を?」
「非術師をこの世から消し去ることだ」
「だから、おじさんとおばさんを殺したの?」
「あぁ。家族だからといって、特別扱いは出来ない。これは大義の為、自分の為だ」
常人なら理解出来ないことだろう。呪術師にも理解されないことを彼女に理解出来るはずもない。でも、彼女は私という人間を知っているからか、腑に落ちたように、頷いた。
「そっか……じゃあ、ここへは私を殺しに来たんだ」
「……ケジメだ」
もう後には引けないのだと、分からせる為に。私は彼女を殺さなければならないと感じた。
私が立ち上がり、対面に座る彼女の元へ行くが、彼女は逃げようとはしない。私は隣へ座ると、軽く握っただけでも折れてしまいそうな細い首を掴み、ゆっくりと床に押し倒す。
「傑、早くこっちに来ちゃダメだからね」
そんな彼女の言葉の意味を理解してはならないと、私は必死に手に力を込め、首を絞める。苦しそうに顔が歪んでいるのに、思い出すのは、彼女の笑顔ばかりだ。
守りたかった唯一の存在を、私は手にかけている。
「愛してる……今も、昔も、これからも」
そう、聞こえているかも分からない彼女にそう言えば、苦しんでいた彼女は薄く笑い、そのままぐったりと、力なく息絶えた。
せめて逃げてくれれば良かったのに。そうしたら追わずにいたのかも。理解出来ない理由、私の身勝手な行動を、彼女は受け入れてくれた。でもせめて、過呪怨霊となって私を呪ってはくれないか。呪霊を生み出さない為に非術師を殺すという選択をしたはずなのに、過呪怨霊となっても愛せると思ってしまう。しかし、眠っているような彼女の美しい死体に変化はなく、ただ体温が失われていくだけだった。
「……君は、誰も呪わないね」
もう戻れやしない。私にとっては大きな犠牲を払った。私の思う、大義の為に。
同じ場所へ行けるかどうかは分からない。いや、行ってはならないだろう。でも、私は必ず成し遂げるから。
でも来世があるのなら、そこでまた君と出会いたいと密かに願うくらいは、いいだろう。
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