本当の恋人に。








四月一日。
エイプリルフールというくだらない日だが、私達にとっては特に何もないただの日曜日。
それでもひとつだけ異様な光景を目にした。


"彼氏募集中"


そう書かれたプラカードを首から下げて、校舎前で座っている壱紀先輩の姿があった。
私と灰原は何してるんだ、と驚いて彼女を見た。
それを察したように、彼女は拗ねた子供のように口を尖らせながら言う。


「今日、エイプリルフールでしょ?"悟と傑より性格の良いめっちゃいい彼氏出来た!"って言ったら、ムカついたのか、"これぶら下げて、現実になるまで戻って来んな"って追い出された……」
「何故そんな喧嘩腰なんですか?」
「面白いじゃん……」
「面白い結果にはなってないと思いますけど」


ごもっともです、と彼女は立ち上がり、プラカードを見てため息を吐く。
外さない辺り、律儀だな、と感じる。
すると灰原ははい!と手を挙げる。


「どうしたの、雄」
「自分、立候補してもいいですか!」


そう、元気よく言ったが、どこか照れ臭そうに言う彼に、私はしまった、と感じた。
彼が壱紀先輩に好意的なことには気づいていたはずなのに。


「雄は優しいな〜」
「……私も、立候補しますよ」


こんなはずではなかった。
でも、灰原に先を越されたような気がして、こう言うしかなかった。
こんな行為や思考をしている分が情けなく感じる。


「私、本当いい後輩持ったなぁ……泣けてくる。よしよししてあげる」


背伸びして私達の頭を撫でる彼女は少し可愛らしい。
壱紀先輩にはあの先輩達と比べて悪意がないから良い。


「恋人になってもいいんですか!?」
「なってくれると嬉しいなぁ、もちろん今日だけね、二人もいるんだぞ!ってとこ、見せてやる」


反応が楽しみだ、という彼女は年上とは思えないほど無邪気な子供のようだった。



暫くして、五条さんと夏油さんが帰ってくると、彼女は堂々と彼らの前に立つ。


「今日、恋人になってくれた雄と建人!現実になったよ、羨ましかろう」
「じゃあ、その証明をしてもらおうか」


夏油さんはにこにこと笑いながら私を見ている。
キスをしろ、そういう意味なのだろう。


「今日恋人になったばかりだよ。キスは早い」
「手なら繋ぎますよ!」


灰原は壱紀先輩の手を握り、上に挙げると、彼女はドヤ顔をしている。
こんなくだらないことに参加していて何だが、何故だか灰原に負けているような気がする。
自分がこれほど奥手だったとは。


「はいはい、飽きたわ、もういい」
「じゃあ次は悟がどうぞ」


彼女はプラカードを五条さんの首に掛けると、彼はイラッとしてそれを潰し、寮に向かって歩き出す。


「エイプリルフールなんてくだらねー」
「はは、良かったね、七海」


夏油さんは私を見透かすようにそう言って五条さんの後を追った。
自分達も揶揄われているようで、少し腹が立つ。


「先輩が無事で良かった〜!あ、すみません、自分は用事があるんで!」
「ありがとうね、雄」


バイバイ、と軽く手を振り見送る彼女は、さてと、と私を見上げる。


「建人もありがとうね、くだらないって言うかと思ってたのに」
「……いえ」


本当にこのままでいいのだろうか。
脈がなくても、いっそ、このまま告白してスッキリさせた方がいいかもしれない。
私が口を開こうとした時、彼女はあーぁ、と口を尖らせる。


「本当に雄や建人が恋人だったらなぁ」


その言葉にただただ驚いた。でも、灰原は余計だ。


「私はこのまま、ずっと恋人で良いですが」
「えっ?」
「……貴女さえ良ければ」


私は今、どれだけ間抜けな顔をしているだろう。
きっと今の彼女と同じくらい、真っ赤になっているはず。


「よ、よろしくお願いします……」


うわずった声で返事をした彼女に、私は内心、舞い上がるような気持ちでいた。
エイプリルフールの嘘じゃないよね?ね?と念押しで尋ねてくる彼女に、私ははい、と彼女の手を取る。


「まずは、手を繋ぐことから、お願いします」


彼女は嬉しそうに笑うと、ギュッと握り返してくれた。


初めて、エイプリルフールも悪くないと思えた。












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