初恋は苦い
硝子は未成年なのによくタバコを吸う。
いつ、どんな理由で吸い始めたのかは知らない。
でも彼女の雰囲気に似合いだなと思っていた。
「タバコって、どんな味?臭いの通り?」
いつも通り、任務終わりの喫煙に付き合っていた。
私が何となく気になって尋ねると、彼女はふーっと一気に煙を吐く。
風に吹かれて消えていく煙を目で追っていると、硝子が目の前まで来ていたことに気づけなかった。
そちらを見ると、彼女はそっと唇を寄せ、私にキスをした。
その味を教えるように、また別の意味も含ませているかのような、深く長いキス。
突然のことで、私は頭が真っ白になる。
やっと唇が離れると、彼女はまたタバコに口をつける。
「不味いでしょ」
ポカンとしている私に、硝子は間抜け面、と言って笑った。
初めてのキスは、苦くて、不味かった。
それが私の初恋の味。
苦くて、不味い。
硝子にとっては何の特別ではない行動が、私にとっては特別なものとなった。
私は女で、彼女も同じ。
どれだけ険しい道になるか、その恋を自覚した時、そっと心にしまった。
***
あの初恋からどれだけの時が経っただろうか。
互いに大人と呼べる年齢になり、いつしか私は任務終わりにタバコを吸うのが癖になっていた。
忘れようとしていたあの味を忘れずにいる。
その証として、同じ銘柄で、あの時と同じ、任務終わりに吸って、彼女のことを思い出している。
硝子のいる高専にはあまり出入りしないようにしていても、やはり怪我をして治療を受けることもある。
その度に、何度も何度もただの友人のフリをするのだ。
今日も高専に用事があり、向かうと、恐らくは私の気持ちに気づいている五条が絡んで来る。
あぁ、鬱陶しい。硝子には洩らさないでほしい、とそう思いながら、校舎を出てすぐにタバコに火をつけた。
「ここは禁煙だぞ」
そこに高専時代とは違い、髪が伸び、眠れていないと言わんばかりに目の下の隈が目立つ硝子がおり、私の隣に立つ。
「随分と疲れた顔をしているな」
「五条と会ったからね、面倒くさい……硝子こそ、眠れてないんじゃない?」
「私はいつものことさ」
「身体に良くないよ?」
「こちらの台詞だな、タバコは身体に良くない」
硝子はもう、歌姫先輩に禁煙を勧められ、やめてしまったが、その代わりに私が吸っているのがおかしくも思える。
私も歌姫先輩に禁煙を勧められたが、やめられそうにない。
「口寂しくてね」
「へぇ?」
少し笑いながら相槌を打つ彼女に、誰の所為だと、と考えて、ふと息を吐くと、ぼんやりと消えていく煙を見つめる。
「どんな味だったかな。教えて」
硝子は昔、私が彼女に言ったようなことを言う。
私に同じことをする勇気はない。
タバコを一本、取り出そうとすると、彼女はその手を止める。
「ここは禁煙だ」
「何を今更……」
その瞬間、あの時と同じようにキスをした。
今度はその味を確かめるように。
私は逃げることは出来なかった、私がずっと求めていたことだったから。
唇が離れると、彼女はふと笑う。
「あの時は不味いと言ったが……やっぱり美味いな」
いつだって、貴女は私の心を離さない。
もう忘れ去ったことだと、特別ではないことだと、そう思いたかったのに。
「もう一度、教えてくれ」
そう言って彼女は私に唇を寄せた。
忘れられないキスの味を、今度は私が彼女に。
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