陸人と出会ったのは3年前。俺たちがまだ右も左もわからない新人の頃だった。
昔からの夢である救急救命士になることができた俺はやる気に満ち溢れていた。そして自分のスキルを上げようと医療従事者向けのICLS講習を受けに行ったのだ。ICLSというのは「二次救命処置」のことで、一般の蘇生法とはまた違う。医療従事者が行うような蘇生法のことである。そこに陸人もいた。彼は男でありながら看護師という稀なケースで存在感があった。

『看護師って女性の方が多いイメージあるけど、女社会に溶け込むって結構大変じゃないですか?』

『そうですね…。価値観とか物の考え方が違いますからね。でも意外と看護師は肉体労働が多くて、男の力が重宝されることとかあるんですよ。特に俺が働いてる救急科とかは。そういう時にやり甲斐を感じますね。救命士さんには敵わないかもしれないけど』

陸人の目は、新人には見えないほど自信と誇りに満ち溢れていた。

俺たちは最初から男が好きだったわけではない。お互いの仕事に対する意識や考え方を共有していくうちに、徐々に距離が近くなっていったのだ。
ただの恭敬の延長線じゃないかと言われればその通りなのかもしれないが、人間誰しも自分に持っていないものを持つ人間に惹かれるものである。

付き合いたての頃は1ヶ月会えないなんてザラにあった。消防士や救命士は、非番でも緊急の呼び出しには常に対応できるようにしなければならない。たとえ久しぶりに陸人と会えたとしても、遠出などはあまりできなかった。

そして最近、お互いにとって好都合だという理由で同棲を始めたのだ。結果としては大正解。まず会える頻度が増えたことは勿論だが、時間がある方が家事をするというルールのおかげで、一人暮らしのときよりだいぶ負担が軽くなった。
しかし、同棲ならではの苦悩もある。
誰しも一人になりたい時間はあるだろう。例えば、気持ちの整理をするためにそっとしておいて欲しい時とか。その状態は俺たちにもよくある。
そう、患者を救えなかった時だ。
陸人は三次救急という、特に重篤な患者が搬送される救急科で働いている。三次救急に運ばれてくる患者で助かる命は一体どれぐらいだろうか。俺だって救命士という職業上、人の死は身近にあるものだ。
そういう人たちはいちいち人の死に悲しんでる暇なんて無いでしょ?と言う人がいるが、それは違う。命の儚さを分かっているからこそ、救えなかった時の悔しさと悲しみは大きい。
そしてお互いそういう場面があった日は、大抵家に帰っても無口なのだ。女性はそういう時、誰かに相談して理解や共感を得たいと思う人が多いのかもしれないが、男はそうはいかない。一人にさせてくれと思うのが男の心理である。お互いそれは分かっているから、敢えて何も聞かないし言わない。ただただ、静かな空間が流れるだけだ。
他人から見れば「本当に仲良いの?」って聞かれそうだが、これが救命士の俺と看護師の陸人、そして男同士の丁度良い距離感だと感じている。


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