ピピッピピッピピッ

6時半にセットしていた目覚まし時計が無機質な音を響かせた。俺は目を閉じたまま、手探りで目覚まし時計を止める。

「…ってぇ…」

体をあげた途端、腰に鈍い痛みが走った。俺ももう25か、歳だな。十代の頃はもっとイケイケだった。過去に思いを馳せていれば「んん…」と、隣で寝返りを打つ陸人の姿があった。今日、陸人は夜勤だと言っていたのでぐっすり寝かしてやりたい。俺は起こさないようにそっと布団を出た。それでもやはり気になってしまい、顔を覗き込んで目元に軽くキスをした。

俺はあくびをこらえながら洗面所に行き、一通り用を済ませると、冷蔵庫にあった余りの食材を使って軽い朝食を作った。もちろん陸人の分も作っておく。
一人で朝食をとった後、コーヒーを飲みながら新聞に目を通した。正直俺は政治とかあまり詳しくない。パラパラとページを捲れば、強盗殺人だの通り魔事件だの鬱々としたものばかりだった。まったく物騒な世の中だ。
俺は新聞を机の上に置き、通勤用の服に着替えるためにスウェットを脱ぎ捨てた。そこで視線を向けられていることに気がつく。

「ふふっ。いいもの見ちゃった」

陸人が目をこすりながら上半身だけ体を起こしてそう言った。

「おはよう」

俺は上裸のまま陸人に近づき、片足だけベッドに乗り上げてそのままキスをした。まだ完全に覚醒しきってない陸人は、虚ろな目で「ふふっ」と笑いながら俺の首に腕を回してきた。俺はこのまま押し倒したい気持ちを抑え、陸人を布団に戻してやった。

「もう行くの?」

着替え終わって荷物を持とうとした時に、陸人がぼそっと呟いた。少し寂しそうな顔をしてるように見えるのは、自意識過剰だろうか。

「…夜勤頑張れよ。行ってきます」

俺はそう告げて玄関を出た。
今日は忙しくありませんように。
街の平和を祈って歩き出した。



「先輩聞いてくださいよ〜。俺、最近彼女に振られたんすけど、理由なんだと思います?…会える日が少なすぎるからだって!酷くないすか!?この職業やってる限り仕方ないじゃん!」

「それは口実で、お前にはもっと他にダメなところがあんだよ」

「えぇ!?まじっすか!教えてくださいよ!」

深夜になり、幸いなことに出動要請も無かったため、俺たちの班はくだらないことで談笑をしていた。というか仮眠させろ。

「だから理解のある同じ業界の人選べって言ってるだろ〜?そういや明信、お前の彼女看護師とか言ってなかった?」

今まで後輩のくだらない話に付き合っていた先輩が、俺に話を振ってきた。彼女っていうか男だけど、わざわざ言う必要も無いので適当に返事をすることにした。

「まぁ、そうですけど」

「えー!明信さんいいなー!やっぱ俺も看護師狙おうかな。それか女医」

「なんかエロそう」とか言ってるこのアホな後輩は放っておいて、陸人のことを思い浮かべた。今頃夜勤で頑張ってるかな、あいつ。


『救急 急病出動』


出動要請のアナウンスが入った。
和やかだった雰囲気が一気に張り詰めたものに変わる。俺は頭を切り替え、急いで救急車に向かった。現場に向かう途中の車内で、患者の容体を知らせる無線が入った。

『年齢不詳ですが、意識が朦朧とした男性が倒れてると通行人からの通報です』

俺は急いで通報内容をメモにとり、必要そうな医療機器を一通り準備した。しかし無線が入ったとはいえ、あまりにも情報量が少ないため見当がつかない。
現場に着くと、一人の男性が道端にしゃがみ込んでいた。頭はがくっと下に向けられ、表情が分からない。俺は重たい機材を肩にかけ、男性のもとへ駆け寄った。男はゼーゼーと苦しそうな呼吸をしている。

「お兄さん!救急隊です!息苦しそうですけど、他に具合悪いところありますか!?」

肩を揺すったときに気がついた。異常なぐらい細い腕に無数の注射痕。雲行きが怪しくなる。一応心電図を測ってみれば、やはり心拍数が高かった。まだ断定は出来ないが、恐らく薬物中毒による心筋障害あたりだろう。

「お兄さん!このままだと辛いから病院行きましょう!ね!」

そう言うと男はフラフラと立ち上がった。相変わらずゼーゼーと息苦しそうだ。俺は他の隊員に援護を求めるために後ろを向いた。
今思えば、目を離したのがいけなかったのかもしれない。

「明信!!!」

必死な形相で俺の名前を叫ぶ先輩がいた。視線は俺の後ろに向けられている。きっとあの男だ。そう思い振り返った時だった。


ドンッ


なにかが胸に当たった。同時に焼けるような激痛と息苦しさが突如俺を襲う。隊服に赤い染みが広がっていった。そこで俺は刃物で胸を刺されたのだと理解した。

「…っ!…あ"っ」

「あっははは!…ひゅっ、お前もだろ!お前も俺の!…ひゅっ、俺の!俺のこと殺しにきたんだろ!?これは!正当防衛!あっははは!やってやった!やったぞ俺は!」

朦朧とする意識の中で、男が何かを叫んでいるのが聞こえた。今の俺には理解する余裕がない。冷や汗が頬を伝う。徐々に視界が狭くなってきた。「はぁっはぁっ」という自分の呼吸音だけが耳に響く。呼吸ができない。救急隊の仲間が駆け寄ってきた。
あぁ、最後に陸人の顔が見たいな。
俺は陸人の笑顔を思い浮かべながら目を閉じた。


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