これ の続き





宮侑くん。うちのクラスの治くんの双子の兄弟でバレー部。1年生なのに試合にでてて、ポジションはセッターっていうらしい。治くんが大人しめでクールなのと対照的に人懐っこくて騒がしい。
学校中の有名人で、女の子からの人気も高い、わたしの憧れの人だ。

「名前ちゃんに好きな人ねぇ…」
「なんですか先輩」
「いやトランペット以外興味ありまへんって感じだった名前ちゃんが、まさか宮侑ねぇ…王道いくんやなぁと」
「やっやめてください」
「乙女やなぁ、ええなぁ」

同じトランペットの先輩がふわふわとした笑顔で笑う。この先輩とは結構仲良くなったのでわたしは知っている。ええなぁ、とかいいながらバッチリ彼氏持ちだということも、その彼氏と結構上手くいってらっしゃるということも。

「でも話したこともないんで」
「えっそうなん、話しかけにいけばええのに」
「見ず知らずの人から突然話しかけられるの、恐くないやろかって…」
「えぇー!私だったら名前ちゃんみたいな可愛ええ子大歓迎やけどなぁ」
「もー先輩ー!」
「怒らんといてー」



どうせ話す機会なんて訪れない。
淡い憧れのままにしておこうと思っていたのに、わたしが侑くんと接点を持つことになるのは意外にもすぐの事だった。


「うわぁーん邪魔くさぁー、なんでジャンケン負けてしもたんやぁー」
「名前ちゃん、今回は顔合わせみたいなもんやし長くはかからんよきっと」
「やけどこれから忙しくなるんやろ」
「まあそうやけどー」
「やめたいわぁー」

稲荷崎には体育祭がない。代わりに9月に球技大会と11月に陸上競技大会があって、そのどちらも体育委員会が運営する。
新入生オリエンテーションのときに説明された委員会ごとの仕事内容は、夏休み以前に仕事が全くないのにも関わらず秋頃には相当ハードそうだった。そのためクラスの委員会決めでは不人気な委員会のひとつだったけれど、わたしはジャンケンに負けに負けて体育委員になってしまった。柄じゃないのですごくやめたい。
それを同じ吹奏楽部の子に愚痴っていたら、メンバーが揃ったみたいで、顧問の先生が前に出た。すっとおしゃべりが静まる。

「体育委員会の第一回目の集まりやけど、今回は委員長と副委員長を三年生からひとりずつ、一年生と二年生からもひとりずつ学年代表を決めてもらいます。自主的に立候補してくれる人がおるのを期待しとります」

年配の体育科の先生がそういうと、各学年でなんとなく輪になって話し合いを始めた。
各クラス男女ふたりの体育委員は学年だとそれなりの人数になるし、まだ1年生なので知っている人もほとんどいない。
なんとなくさぐり合うような空気の中、わたしは隣の隣のクラスの体育委員に、あの侑くんの姿をこの時初めて発見して、内心どきどきバクバクと興奮していた。


「誰もやらんなら俺やります」


手を挙げたのはなんと侑くんで。体育委員になりたくてなった人なんてほとんどいない中で、侑くんは救世主様みたいだった。

それにしても意外だ。
治くんから聞いた話だと、侑くんはバレーボール以外に意欲的になることなんて滅多にないらしいというのに。体育委員の学年代表だなんて、きっと大変だろうに、どうして立候補したんだろう。
委員長、副委員長、2年の代表の先輩に続いて、前に出て自己紹介した侑くんの考えは、わたしには全くわからなかった。

その日は今後の集まりの予定のプリントを配られて終わりだった。
侑くんと同じクラスの吹部の友達と、音楽室への廊下を歩きながら、侑くんの話をした。

「侑くんが代表って意外やね」
「そう?今年の特別種目をバレーにするんだって意気込んでたし、狙い通りって感じちゃうかな」
「え、そうなん?」

特別種目。球技大会に設けられているお楽しみ枠で、体育委員の投票で決める。
球技大会は、バスケットボール、ドッジボール、卓球、サッカーが基本種目で、毎年それにプラス一種目加えられる。バレーボールがないのは、バレーが強いうちの学校ではバレー部員がいるクラスが圧倒的優位になってしまうかららしい。去年の特別種目はテニス、その前はハンドボールらしい。

「バレーボールかぁ…もしそうなったらうちのクラスだと治くんがおる」
「うちのところは侑くんだけやで。セッターってスパイス打たへんやろ?不利や…」
「えっ俺だって点決められるで」
「わ、侑くん?!」

ひょこりと後ろから声をかけてきたのは侑くんだった。
体育館とは逆方向のこんな廊下になんの用が、と思ったら、友達の忘れ物を届けに追いかけて来たらしい。この子侑くんと同じクラスだもんね、羨ましいことに。

「確かにセッターやけど、セットしかでけへんわけやないから」
「強豪校やもんね、じゃあ期待しとるわ」
「あほ、まだ特別種目バレーって決まってへん」
「それもそうやな。あ、侑くん届け物おーきに、部活頑張ってな」

全然ええでーとひらひらと手を振って、侑くんは廊下を引き返していった。

「わざわざ届けてくれるなんて優しいんやね」
「いーや、あれは下心があるとみた。名前ちゃん、うちのクラスで可愛いって噂になっとったから、好感度上げとことかもっと近くで見とことかそないな感じやで、絶対!知らんけど」
「嘘やー」
「可愛いって噂しとったのは本当」

可愛いだなんて、お世辞だとしてもちょっと嬉しくなってしまうのでやめてほしい。それに万が一本当だったとして、さっき侑くんはわたしのことを見てきっと噂が期待はずれだったと思ってしまっただろう。

「…女子力上げておけばよかったわ」
「?名前ちゃんはもう十分高いと思うけどなぁ」

わたしが侑くんのこと気になっているって知っているのは先輩だけだ。何も知らないこの子はたまに人の気も知らずに爆弾を落としていくので、こっちとしては心臓に悪い。
ああ、でももし一方通行のこの気持ちが、ちょっとでも報われたりしたら、すっごく幸せなんだけどなぁ。


第二回目の集まりは、第一回目の1週間ほど後のことだった。
今日は特別種目を決めるのと、球技大会の運営の係決めだ。事前に委員長たちで話し合って特別種目はみっつに絞られているらしい。それを全委員の投票でひとつに決める。

「特別種目の候補はみっつ。ひとつめはテニス、ふたつめはク〇ディッチ、みっつめはバレーボールです。テニスは去年と同じで硬式、ク〇ディッチはご存知のアレです、バレーボールは6人制ローテもありのちゃんとしたルールやけど1セットマッチにします」
「えっあのク〇ディッチって」
「遊び枠です」
「ルールどうするんですか、箒に股がって走るんですか」
「どうしますかね。一応ドッジボールとハンドボールの融合競技アレンジバージョンで考えとります」

委員長、なかなかぶっ込んできた。
某有名魔法使いの物語に登場する架空のスポーツ、ク〇ディッチ。どうやってプレイするのかよくわからないけど、関西の血が疼いてみんなク〇ディッチに手を挙げたくてそわそわしている。でもだめだ、これは身を滅ぼすタイプのボケだ、だってク〇ディッチって明らかに魔法使いでもない人間がプレイできそうな競技内容じゃない。
実際、去年と同じテニスじゃ先輩たちはつまらないだろうし、みっつのなかで一番無難なのはバレーボールだ。

これは血と理性の戦いだ。


「バレー部として一言ええですか?」
「宮くん、どうぞ」
「どうも。球技大会の種目にバレーがないのは、バレー部が強すぎるからやったと思います。なのでバレーになったらバレー部は各クラスひとりだけしか試合に出られへんとか、バレー部員以外の人が点を決めたら得点をおまけするとか、やりようは色々あると思とります。どうやろか」

侑くんの発言で、ク〇ディッチに飲まれていた空気が、理性的になりはじめた。ハンデをつけるっていうのはかなり現実的な案だと思う。


結果、特別種目は侑くんの思惑通りバレーに決まり、侑くんはそのあとの係決めでもバレーの担当になっていた。
満面の笑みに、どこか引っかかるような感じがしたけれど、きっと気のせいだ。


そして迎えた球技大会の日。
外は綺麗な晴れ模様で、少し暑いくらいだ。閉め切った卓球場よりはましだが、体育館はかなりの熱気で包まれていた。

もうすぐ始まる一年生のバレーボール、第1試合。侑くんがでるので、見やすいところで観戦しようと、わたしは早めに場所を確保していた。

「あ、名字さんや」
「えっ?あ、侑くん?!」
「バレー見るん?」
「う、うん、応援しとるからね!」
「他クラスなのにおおきに!」

わざわざ顔見知り程度のわたしに話しかけにきてくれて嬉しい。
他のみんなとおんなじ体操服なのに、バレーボールを持つとすごく様になっていてかっこいい。うわぁ、ほんとにすてきだ、どうして球技大会には吹奏楽の応援がつかないんだろうか。侑くんの背中を押せる機会が年2回だなんて少なすぎやしないか。

そうこう考えているうちに試合は始まって、侑くんのサーブからはじまった。
まずは一本、強烈なサーブが相手コートに叩きつけられて、バレー部もいない相手クラスは為す術もない。そしてもう一本。つぎはジャンプフローター。もう一本。またもう一本。


この辺から試合に出てる人も、観戦者も、そして監督の先生も気が付き始めた。


バレーボールって、もしかして、サーブだけで勝てちゃいます?


てか、侑くんどんどん調子上げてません?
目が慣れた運動部男子がひろいに行くも弾き飛ばされていた。


結局、その試合は侑くんが1セットサービスエースでとり、1セットマッチの球技大会ルールでは試合終了。相手チームは強烈なボールに当たり痛い思いをしたほか、味方チームはボールにさわらずに試合が終わるという悲劇が起きた。




次の年から、バレーボールは特別種目であろうと禁止になったことは言うまでもない。


酸欠


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