小さい頃親に連れて行ってもらったクラッシックコンサート。音楽なんて興味もなくて、行くのを嫌がったわたしだったけれど、一年に一回、親戚の新年の集まりの時くらいにしか着させてくれない、きらきらのビーズが縫い付けられた薄桃のワンピースを着てもいいって言われたから、しぶしぶ行くことにした。
いやいやだったコンサートも、実際に演奏が始まってしまえば、沢山のきらきら輝く楽器と、そこから生まれる重厚で華やかな旋律にすっかり心を奪われていた。夢中になって聞き入っていたらあっという間に終わってしまった。子どもながら音楽の素晴らしさに触れた日だった。

そして、それが私がトランペットをはじめたきっかけだった。
週一のレッスンに通って、中学は吹奏楽部に入って練習に明け暮れた。高校は憧れの強豪校、稲荷崎に入学してレベルの高いところで音楽をやれるのがとても楽しみだった。なのに、入部して少ししたころ、コンクールのメンバー発表を控えたある日の部活でのことだった。


「バレー部の応援…ですか?」
「せやせや、うちらの高校バレー部も強いやん?だから吹奏楽部から応援団だすんよ」
「でもインターハイの日程、コンクールと被ってますよね」
「そう、だから選抜落ちた人から編成するんよ。あ、でも春高は被ってないから豪華選抜メンバーでの応援やね」
「はぁ……ほうなんですか」
「名字さん、トランペットすごくうまいけど今年の三年、層厚すぎるからコンクールは厳しいと思うねん、当然あたしも無理そうやし。だから応援のほう、ちゃんと見とくとええよー」

ほんっと、3年うますぎるなー、と言ってからりと笑った同じトランペットの先輩に曖昧に返事をしながら、手元のプリントに目を落とした。
お忙しいとは思いますが、応援よろしくお願いします、と締めくくられたその紙には、選手それぞれへの応援のリクエストが事細かに書かれていた。サーブのときは無音で、だとか勝っている時は思いっきり盛り上げて、だとか。
バレー部がすごく頑張っているのは知ってる。吹奏楽部だって階段ダッシュとか走り込みとかのトレーニングもするけれど、基本的には室内で楽器を演奏する部活だ。ここ最近は気温も上がってきて、冷房の恩恵を享受しながら部活に打ち込んでいる。でもバレー部は朝早くから走って、筋トレもして食事の管理もして、そして暑い中でも放課後も休日もたくさん練習している。同じクラスの治くんもバレー部だけど、授業中は疲れて寝ているし休み時間はもりもり食べている。先生も寝ていることにあまり厳しく言えないほど、バレー部がとても頑張っていることは、みんなが知っている事実だった。
知ってる、知っているけどそうじゃないのだ。
わたしが吹奏楽部に入部したのは吹奏楽をやるためで、大好きなトランペットを演奏するためだ。バレー部の応援のために練習したいわけじゃないのに。

納得いかない気持ちを抱えたまま、コンクールのメンバー発表があり、予想通り選抜落ちしたわたしは、先輩たちのコンクールでの勇姿を見に行くことさえ許されず、バレー部の応援団としてインターハイに行くことになった。
応援の曲の楽譜に目を通しながらも、やる気がでないなぁと朝練終わりに教室で机に突っ伏していた。すると机の楽譜に影がさして、顔を起こしてみると治くんだった。

「あれ、そういや名字って吹奏楽部やったな」
「せやでーバレー部さん」
「俺も出られるかもしれんからよろしく」
「あ、そうなん?治くんバレーうまいんやね」
「おーきに」

バレー部の応援にはあまり気が乗らないけど、クラスメイトの活躍が見られるかもしれないとなればそれはまた別の話だ。1年生なのにすごいなぁ、音楽と違ってスポーツなら体格なんかも大切なんだろうな。あのがっしりしたバレー部集団のなかで、治くんはユニフォームを手に入れることができるほどなのか。
配られていたバレー部からのプリントを見返すと、治くんの名前も確かにそこにあって、そこまで多くない応援への注文も書いてあった。ふとそのひとつ上の欄を見ると、おんなじ宮の名字が並んでいて、そういえば治くん双子だったなぁと思い出した。クラスが遠いからあまり知らないけれど、たまに治くんに会いにうちのクラスまで来ているような気がする。
双子そろってバレー強いのかなぁと考えながら、もうひとりの宮くん、侑くんの注文に目を通してみたらびっくりした。多い、そして細かい。まだ一年生だっていうのになんだこの注文の量は。応援される側のベテランか何かなのか、まだ若いのにこんなにもこだわりがあるなんて一体どういうことだ。治くんの下にあったこれまた同じ一年生の角名くんからは、ほとんど何も注文がなかったのと対照的すぎる。

「どんな人なんや…?」


興味を引かれた侑くんの姿をしっかりと見るチャンスが訪れたのは、インターハイ当日になってからだった。
予選は時期が早かったのもあって一年生は不参加だったので、初めて参加する大会が全国大会だ。同じ一年生の子たちが、広い会場と高い天井、そしてわらわらといる高身長の男の人たちに怯えている。

「名字さん、今日はがんばろなー」
「あっ先輩、はい、がんばります」
「次稲荷崎やからそろそろ移動しよか」

楽器を抱えてバタバタと移動する。チアの女の子達がその後ろをついてきて、なんとも華やかな光景だ。こうやって応援に参加しなかったら、演奏に合わせて踊ってもらえることなんてなかっただろうし、これはこれで貴重な経験かもしれない。


試合が始まった。
大きな体育館に響き渡るわたしたちの演奏。相手の応援の声も、観戦者のお喋りも全部かき消して、稲荷崎の音で塗り替えるくらい。
その演奏を背中に受けて、味方につけて、追い風にしてるみたいなバレー部。

やばい、すごくかっこいいし、楽しい。

厳かなコンクールで演奏するのとは全然違う。運指がうまくいかないとか少し拍がズレただとか、大切なことはそんなことじゃない。背中を押せ、バレー部が最善の空気の中で試合できるように、それが応援ってことなんだ。

侑くんのサーブだ。
ボールを手にした侑くんが、コートの上からわたしたちの指揮者になって手を握ると、ぴたっとみんなの音が止まる。圧倒的な音量が突然消えて、一瞬体育館が静まり返ったような錯覚、そしてふわりとしたサーブトスから強烈なサーブが放たれる。

正直なところ、侑くんからの応援への注文は面倒だと思っていた。でも今ならわかる。侑 くんは応援と一体化してバレーをしてくれているのだ。わたしたちが侑くんの邪魔にならないように、一番いい応援を届けられるように考えてくれたのだ。侑くんは、バレーのルールすら満足に知らないようなド素人だって沢山いる応援メンバーも、バレーの試合に引き込んでくれる。稲荷崎は選手も応援も一緒に試合をしてるんだって。

もう面倒だなんて思わないし、むしろほかの選手の皆さんもどしどし注文つけてくれていいのに。応援が少しでも力になれるように、選手がプレイしやすくなるように、力をつくしたいと思える。少し前の自分と180°考え方が変わってしまって、それだけ稲荷崎のバレー部とそれを取り巻く応援団の熱量に影響されたんだな、と思った。

話したこともない、たぶん向こうはわたしの顔も名前も知らないだろうし、わたしが侑くんのことをはっきり認識したのだって最近だ。それでもこんなにかっこいいところを見てしまって、ドキドキしないわけがないじゃないか。ごめんね治くん、クラスメイトだし頑張って応援しようと思ってたけど、わたしこんなに侑くんに目を奪われちゃってるよ。

インターハイが終わって、治くんと話す機会があったらそれとなく侑くんのことを聞いてみよう。それを楽しみにしながら、今は応援、しっかり頑張らなきゃ。



>>続き



馬鹿になるには体力がいる


back