これ の続き






「わたし彼氏に片思いしとる」
「…はぁ?」


昼休み、治くんを呼び出してサラダチキンみっつ積んで、相談したいことがあるので助けてください、と頼んで連れ出した。
サラダチキンはなんとなくタンパク質とった方がスポーツマン的にはいいのかなって思って選んだ。


冷たい隙間風がスカートを揺らす廊下を通り過ぎて、階段を上って、屋上の扉の前で止まった。
屋上は解放されていないけど、その手前の階段を上りきったスペースは、よくわからない木箱が置いてあるだけで、人が来ない穴場スポットになっている。
そんな場所に治くんを連れ込んで、木箱に腰掛けた。相談内容はもちろん、冒頭の通り。


「片思いって、付き合ってるんやろ」
「そうなんやけど、好きな人おらへんし、断る理由もないからってオッケーしたって角名くんが」
「照れ隠しとちゃう?」
「照れるようなキャラやない、治くんも知っとるやろ」
「そりゃまあ」


わたしが貢いたサラダチキンのビニールをあけて、そのまま豪快にかぶりついた治くん。
治くんだけには、角名くんと付き合っていることをバラしてしまった。
角名くんには「付き合っていること秘密にして欲しい」って言われた。もちろん、断ることなんてできない。角名くんが大好きだもん。それに、わたしも別に言いふらす趣味はない。
でも、付き合えたのが嬉しすぎて、わたしのなかに抑え込むことができなくなってしまって、去年のクラスで仲が良かった治くんにこっそりバラすことにしたのだ。
侑くんにしなかったことは褒めて欲しい。絶対広めるじゃん。

なんで女友達に相談しないのか?
女の子って、秘密だよって言っても秘密にならないことが多い気がするし、なによりわたしはきゃーきゃー楽しい恋バナがしたいわけではない。こっちはガチなのだ。

それに角名くんはバレー部員、しかもスタメン入りするほどの実力者。ファンもたくさん。敵に回したくないので、できるだけ秘密にしておきたいのだ。
だから1番仲のいい女友達にだって付き合っていることは秘密だ。


いろいろ考えた結果、ぶっちゃけ話もできるくらい仲が良くて、女の子じゃなくて、なおかつバレー部員のファンに情報が漏れてしまわなさそうなひと、そう、バレー部員張本人の治くんが最適だと思い至ったのだ。
角名くんごめんね、1人だけにするから、秘密にできなかったこと許して。


「ふーん…、どこまでしたん」
「直球ですね!キスはした、胸もおしりも触られた」


ひとつめのサラダチキンを食べ終えた治くんが、ふたつめに手をかける。
ちゃんと全部違う味を買ってきた。いっこめはプレーン、にこめはハーブのやつ。


「角名はどうか知らんけど、好きでもない子とキスはせえへんやろ」
「わたしもそう思ってたんよ、でもな、キスした後に言われたんよ、べつに必ずしも好き同士が付き合うわけやないって」
「角名そんなやつやったんや…」


その後も、治くんにいろいろ話してみたものの、具体的な解決策はでなかった。

わたしは、もちろん知識として、好きじゃなくても付き合うケースがあるとは知っていたし、好きな人いないし断る理由もないからオッケーする、って理由に納得しないわけでもない。
でも、わたしは一年中脳内お花畑、好きな人がいないってどういう意味?いつでも好きな人いるよ?くらいの精神で生きているので、どうにも理解ができない。カルチャーショックだ。
それに、まさか自分の彼氏がそのパターンだなんて、考えもしなかったのだ。

治くんも、好きな人以外と付き合う、ということにピンと来ていないみたいだった。
予鈴がなってから、みっつめのスモーク味のサラダチキンをぺろりと食べ切った治くんは、まあ、惚れさせればええんとちゃう、といって立ち上がった。
埃っぽい木箱に座っていたので、少しおしりをはたいて、ふたりでゆっくり階段を下りてそれぞれの教室に戻った。
結局、その日の昼休みは、角名くんってよくわからない、という結論で終わった。

…うーん、まあでも、気持ちを吐き出せてすっきりだ。


お付き合いすることになったのが、高二の夏、じっとりと暑い日の夜、お祭りの花火のあと。それから時は流れて3ヶ月後、半袖のシャツの袖をさらに折るような季節から、ワイシャツの上にニットのカーディガンを重ね着するような季節になった。

3ヶ月経とうと、わたしが角名くんを一途にめっちゃとてもかなり好きなことに変わりはない。

バレーのときの真剣な表情も、部活終わりで疲れて覇気がない表情も、ふたりきりでぎゅってして頭を撫でてくれる時の優しい表情も、ぜーんぶ、全部好き。



「こないに好きなのに、付き合ってるのに、片思いかぁ…」


憂鬱な気持ちで隣ですやすやと寝息を立てる角名くんを見る。キスして、可愛いだなんて言って、すこしえっちな触り方をして、それでそのまま寝ちゃった角名くん。

暫く抱き枕に甘んじていたわたしだけど、じっとしてるのに飽きて、起こさないように慎重に、ゆっくりと角名くんの腕から抜け出す。
広げたままだった課題のプリントをファイルに挟んで、ペンケースと一緒にリュックにしまう。角名くんのプリントも綺麗にまとめておいた。


なんだかなぁ。

角名くんのことはとっても好きだ。付き合えて本当に嬉しい。だけど、付き合ってもずっと片思いだなんて、そんな、想定外なのだ。もっとこう、思い合って幸せな未来を想像していたのだ。というか、カップルってそういうものじゃないの?


角名くんの寝息を聞きながら悶々と考え込んでいたら、いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていた。起きたら窓の外が暗くて、角名くんは起きて机の向かい側で携帯を弄っていた。


「おはよ」

もぞもぞと顔を上げたわたしに角名くんが声をかけた。頭が七割くらいはまだ寝てて、ぽけーっとしながら角名くんの方を見る。

はて、なんで私はこんなところで寝てて目の前に角名くんがいるの?


「わざわざ俺から離れてこんなところで寝たの?」

「…?え、や、ちゃう」
「ふーん」


…もしかして角名くん、機嫌悪い?

だんだん目が覚めてきてはっきりしてきた頭で、ようやく寝落ちる前のことを思い出した。
お昼寝に突入した角名くんの腕から抜け出してぼーっとしていたら眠くなって机に突っ伏した。そう、そうだった。


「…べつに、私がどこで寝ようと、角名くんには関係ないやろ」


言い訳させて欲しい。
わたしは寝起きが悪い方だ。普段ならこんな反抗的な言い方はしない、ましてや大好きな角名くん相手だ、こんな可愛げのないこと言うわけない。
でもそれは寝起きじゃないときの話であって、今はバリバリの寝起きだ。

すると、角名くんの目がすうっと冷たくなった。

「…そうだね、関係ないね。どこで寝ようと名前の自由。俺との添い寝は嫌だったんだ」
「はぁ?そんなこと言っとらん」
「でもわざわざ机で寝てたじゃん」
「それは角名くんにも原因ある」
「なに」


言葉に詰まる。言いたくなかった。認めたくなかったから。

「っ、その」
「なに」

「角名くん、わたしのこと、好きじゃないやろ」


自分で言って悲しくなって、涙が出そうになるのを舌を噛んで堪えた。

「…」

角名くんは何も言わなかった。
膝立ちでこちらに近寄ってきて、手をわたしに伸ばして抱きしめた。


「な、なにするん」
「好き」

「…は?」

「だから、好き。俺、名前のこと好きだよ」


理解して、ぶわっと熱が顔に集まるのを感じた。
え?え?角名くん、わたしのこと、好きなん?


「言ってなくて、その、ごめん」
「なんで、なんで?」
「なんでって…こんなに一途に好いてくれる彼女を好きにならないわけなくない…?」
「はぁ?わたし、めっちゃ悩んだのに?」
「それは、その、ごめん」
「ばか!角名くんのばーか!」

抱きしめられたまま、ぽかぽかと角名くんの背中を殴った。泣きそうだったけど、せっかくさっき耐えたんだからってまた頑張って堪えた。涙は女の武器だっていうけど、自分の泣き顔なんて絶対可愛くない、見せたくないもん。


「ばーか!!」
「ごめん」
「ほんまに、ほんまに、ばか!」
「うん、でも俺ちゃんと名前のこと好き」
「…」

ばか、しか言えなくなったし、抱きしめられてて顔が見られてないことを良いことに、やっぱりちょこっとだけ泣いた。
だって、ずっとずっと抱えてた片思いと大きな大きな悩みの種が消えたから。


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