「あー、名前めっちゃ可愛い」
真っ赤になりながら、胸を、おしりを、太ももをなぞっていく硬い手のひらを甘んじて受け入れる。
ふたりとも服は着ているけれど、なんだか少しえっちな雰囲気。
ゆっくりと近づいてくる角名くんの顔に、ぎゅっと目を瞑ると、唇に噛み付くようなキスをされて、くちゅくちゅと舌を絡める。
頭がふわふわしてきたころ唇はそっと離れていって、くしゃりと頭を撫でられる。おやすみ、と言って角名くんの頭は枕に沈んでいった。
「おやすみ…」
角名くんの抱き枕になりながら目をつぶるけれども、もちろん眠気なんてやってこない。
高鳴る心臓の音に、胸元をぎゅっと握る。
ああ、もう本当に、角名くんには敵わない。
休日のおやつ時を過ぎた時間、午前練だった角名くんは家に帰ってシャワーで汗を流してからわたしの家にやって来た。課題のプリントを一緒にやってから、角名くんが昼寝したいと言い出して、成り行きで添い寝することになってしまった。
恥ずかしい、とても恥ずかしい。
異性とベッドに入るなんて、自然と「そういうこと」を連想してしまって、しかも角名くんも「そういうところ」を触るものだから、どきどきして内心大パニックだ。
でも宣言通り角名くんはお昼寝に突入していて、すやすやと寝息をたてている。
心臓に悪い。
こんなにどきどきしてるのはきっとわたしだけだ。
「角名くん、好きです、付き合ってください」
部活も違う、クラスも違う、そんな角名くんを好きになったきっかけはよく覚えてない。
けど、気がついたら角名くんのことを目で追っていた。
所属しているバレー部が強豪だから、試合に応援にいく生徒は沢山いる。それに混ざって観戦して、興味もなかったバレーのルールも覚えた。
体育の授業が運良く角名くんのクラスと合同で、種目選択の時には下心たっぷりにバレーボールを選んだ。角名くんがバスケを選んだのを見た時は、自分の選択を死ぬほど後悔したけど、体育館のネットを隔てた向こう側で、バスケ姿の角名くんを見ることができたから良しとする。
そりゃ放課後も休日もたくさんバレーしてるんだもん、体育でもバレーはしないか。
レシーブの練習をしながら、バレーって難しいなぁ、とか、ネット高いなぁ、とか、角名くんはいつもこれをしてるんだなぁって考えていたら、男子のほうから飛んできたスパイクが後頭部に直撃して、勢いを殺せずつんのめるように床に倒れた。
「わ、あかん、名字さん大丈夫?!」
「…だ、大丈夫です」
「念の為保健室行こか、脳震盪とかなっとったら大変やし」
申し訳なさそうに謝ってくる男子に気にしないでいいよ、と言ってから、先生に付き添われて保健室へ向かった。
じんじんする後頭部を擦りながら、もし角名くんのスパイクが当たっていたら、きっともっと痛いんだろうな、って思っていた時点で、わたしはほとんど話したこともない角名くんにベタ惚れだった。
***
「侑、教科書返して」
「ん?角名?あれ、なんか借りとったっけ」
昼休み終わる間際、席に着いて次の時間の数学の教科書のページを開いていたら、隣の席の侑くんのもとへ角名くんがやってきた。
内心どきどきしながら、無関心を装って様子を伺っていた。
するとぱっちり角名くんと目が合ってしまって、心臓がびくってした気がした。
「あー、今の聞いてた?侑が俺の古典の教科書なくしたから貸してくれませんか」
「こ、こてん、なら持ってます、ぜひどうぞ!」
「名字、挙動不審やん」
侑くんにからから笑われながら、ぎこちない動きで古典の教科書をロッカーから引っ張り出して、角名くんに手渡した。
「ありがと、返すの放課後でいい?」
「うん、たいじょぶです!」
チャイムが鳴って、やば、じゃまた放課後、と手を振って角名くんは自分のクラスに戻って行った。
授業が始まっても、角名くんは今頃わたしの古典の教科書を使っているのでしょうか、なんて考えていた。なんだかむず痒い感じがする。
そわそわして、どこか落ち着かなくて、数学の授業は全く頭に入ってこなかった。シグマって一体何者?
でもまあ、隣の侑くんは見事に爆睡していたから、なんだか気が抜けてしまった。
ああもう、本当に、角名くんのことが好きだ。
***
「あ、名字さんだ」
「角名くん」
制服のシャツがじっとりと背中に張り付くのを感じるような、そんな暑い夏休みのある日。
夏休みだろうと部活はあって、セミの大合唱に迎えられながら校門をくぐった。
すると背後から、今では聞き慣れてきた声が聞こえて、振り返るとやっぱり角名くんだった。
部活で外周だったのか、近くには他のバレー部員の姿も見えて、スポーツブランドのタオルを首にかけた角名くんの額には汗がたっぷり浮かんでいた。
「こんな暑い日にもお疲れ様です」
「名字さんもね、部活でしょ?」
「うん」
バレー部員さんたちはぞろぞろと体育館へ入っていって、いつまでも引き留めるのも迷惑なので、角名くんと別れる。
今日は会えてラッキーだったなぁ、なんてふわふわと嬉しい気持ちになっていた頭に、突然いい考えが閃いた。
そうだ、言ってみよう。
「あ、まって角名くん!」
「なに?」
「明日のお祭り、一緒に行かへん?」
少し驚いた顔の角名くん。
勢いだけで言ってしまって、どっと後悔の念が押し寄せた。
わたしたち、まだお祭り一緒に行くほど仲がいいわけじゃないのに!
「名字さんから誘われるなんて意外。別にいいよ、現地集合でいい?」
「え、う、うん、ええよ。おーきに!」
じゃあまた明日、だなんて少し笑って体育館に入っていった角名くんの背中を眺めながら、じわじわと角名くんへの恋心が大きくなっていくのを感じた。
うわぁ、どうしよう、お祭りデートだ。嬉しいけど緊張して、何だかお腹が痛いような気がしてきた。
その場に突っ立って呆然としていたら、後ろから部活の後輩が走ってきて、先輩、部活開始時間まであと5分ですよ、どうしてぼーっと立ってるんですか?なんて言ってわたしを急かすから、腕を引かれるまま後輩について行った。
ああどうしよう!お祭り!
部活なんてしている心の余裕なんて、今のわたしにはないんです。
翌日のお祭りはあっという間にやってきた。
隣でわたがしを口で溶かす好きな人を眺めながら、わたがしになりたいって歌ったバンドもあったけど、まさにそんな気持ちかもしれない。
「久しぶりに食べたけどコレすっごい甘いね」
「うん、お砂糖やもん」
ひと口いる?と差し出されたわたがしに、かぶりつく勇気はなくて、少し手でちぎって口に放り込んだ。
じわりと溶けて口中に甘さが広がる。
浴衣を着ていくと、なれない下駄で迷惑をかけてしまうかと思ってやめておいた。
夏前に買った白いワンピース、肩がレースになっていて透け感があって可愛いと思って買ったものだ。着ていくところもなくてタンスの肥やしになっていたけど、役立つ日が来た。
お祭りだから、と思ってメイクもちゃんとした。華奢なデザインのサンダルで少し身長を盛っても、角名くんの頭はまだまだ上の方にあって、すらりと高い身長にかっこいいなぁと思いながらも、真っ先に買ったのがわたあめだなんてかわいいとも思う。
「花火、あと5分だって」
「楽しみやね」
「うん」
まわりを見ればカップルばっかりで、そりゃあ少し大きなお祭りだし、花火も上がるし、デートにはいいんだろうなぁ。
知らない人から見れば、わたしと角名くんもカップルみたいに見えるのかな。
せっかくだし、浴衣を着てお祭りデートしてみたかったかも。
そう考えながら、チョコバナナをひと口かじったら、ちょうどその時花火が上がった。
「わ、はじまった」
赤、青、オレンジ、ピンクに緑、いろんな色の花火が上がって、本当に綺麗。
「すっごい、綺麗…!」
「ほんとだね」
角名くんが少しだけ笑って、花火の色に照らされた横顔にどきっとした。
気づかれないように、ほんのちょっとだけ、本当にちょっとだけ角名くんとの距離を詰めた。
「1回消えてからぶわぁって光るん、すごいなぁ」
「色が変わるのもすごいよね」
「うん!綺麗やなぁ」
花火の打ち上げが終わって、煙がたなびいている夜空を眺めながら、少し余韻に浸っていた。
好きな人と花火大会に来れるなんて、こんなに幸せなことがあるでしょうか。わたしはないと思う。
心がふわふわとしているのを感じる。たぶん10センチくらい浮いてる。
そう言えば、かの有名なネコ型ロボットも、地面から少し浮いているんだって。そう考えると、今のわたしは未来のロボット、俄然無敵な気分だし、なんでもできそう。
そうだ、言ってしまおう。
シチュエーションとしては最適なはずだ。
不思議と緊張もドキドキもしなくて、言葉はするすると口からでてきた。
「角名くん、好きです、付き合ってください」
言ってしまった。
「…いいよ」
「え、ほんまに…?」
「うん」
角名くんが、よろしく、といって笑うから、今更になってすごくドキドキしてきて、真っ赤になりながらやっとのことで、こちらこそ、と絞り出した。
これがわたしの苦労の始まりだなんて知らずに、この時のわたしはただ嬉しさに舞い上がっていたのだ。
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