夕 顔

「天馬くん天馬くん」
「なんだ?」
「この撮影終わったら、お仕事セーブして劇団のほう頑張るんですよね」
「そうだ、 公演が近いからな」
「私観にいきますね!」
「本当か?ありがとう」

チケット販売開始日はしっかりカレンダーアプリに登録してあるので、頑張ってチケット取るぞ!


天馬くんとの距離が少し近づいたあの日以来、撮影の合間や休憩は天馬くんとよく話すようになった。
撮影の話から、最近のマイブームや現場近くの美味しいグルメなんかの雑談、それに天馬くんが所属してる劇団の話なんかをする。憧れの先輩だった天馬くんが、1人の友達のようになってきていてとっても嬉しい。

もう1人のドラマの主要人物である藤田くんともそれなりにいい関係を築けていて、この前は藤田くん、天馬くん、私の3人でお蕎麦を食べに行った。天馬くんのマネージャーさんである井川さんオススメのお蕎麦屋さんで、撮影終わりにみんなで食べに行ったのだ。とっても美味しかったし、私はデザートに餡蜜まで食べた。ほっぺたが落ちるかと思うくらい美味しかった。


撮影は順調、もうじき終盤に差し掛かる。

ソラと思いが通じあったアサ。そんななか、ソラの病状は益々悪化する。ついに外出許可がおりなくなって、公園まで来れなくなったソラに会うために、アサは足繁くソラの病室に通う。
今日の撮影は、今日も病室に訪れたアサとソラの会話のシーンから。




「『やっほー、今日も来たよ』」
「『あはは、やっほーあさ、ようこそ』」


そう言って笑うソラの笑顔にどこか違和感を感じる。
病気のことだろうか、と少し聞くのを躊躇ってしまうが、人に話すことで楽になるかもしれないと考えて、思い切ってソラに質問をぶつける。


「『ねえ、ソラ。話したくなかったら、その、言わなくてもいいんだけどさ、何かあった?』」
「『え…?』」
「『なんか今日、元気ないよね』」
「『そうかな』」
「『そうだよ』」
「『…』」


俯いてしまうソラ。
沈黙が重く感じて、何か言おうと必死に考えを巡らせていたら、ソラがおずおずと口を開いた。


「『あの、さ』」
「『うん』」
「『昨日、主治医に言われたんだ』」
「『…うん』」
「『俺、あと1ヶ月も生きられないんだって』」


それだけ言ってぽろぽろと涙を零し始めたソラは、まるで迷子の子供みたいに可哀想で小さく見えた。
かける言葉が見つからなくて、ソラの震える肩をそっと抱きしめた。
細いけどしっかりと男の子の肩だ。ソラが死んじゃうなんてとても信じられない。私まで泣きそうになったけど、一番つらいのは本人だろうから、私まで泣くのはなんか違う気がしてぐっとこらえた。


「『俺、アサと出会って初めて明日が早く来て欲しいって思った。早く明日になってアサに会いに行きたいって。…今までは、病気がいつ悪化するかわからないし、俺の命があんまり長くないのも何となくわかってたから、明日なんて来なくていいと思ってた。眠りにつくのがこわかったし、朝起きたときもまた今日もつらい一日か、としか思わなかった』」


自分のセリフがないからって、長セリフのワンカット藤田くん頑張れ、なんて余計な思考が入るけど、それを振り払って、アサとして、藤田くんの、ソラとしての言葉に耳を傾ける。


「『つらいのが続くくらいなら早く死にたいとまで思ってた。でも、アサと出会って、アサが生きる希望になって、闘病だって頑張った。いつまでもアサと一緒にいたいよ。…だから、俺、死ぬのが怖い』」


それを聞いてついに涙が堪えられなくなって、ソラをぎゅっと抱きしめたままこっそり泣いた。




「お疲れ様でーす」


その日の撮影が終わったあと、ちょっと気合い入れて泣きすぎたかなって思いながら目元をとんとんとタオルで拭っていたら、天馬くんに話しかけられた。


「名前、泣くの上手いな」
「泣くのに上手い下手あります…?」
「いやなんていうか、綺麗に泣くよなって」
「まあ涙は女の最終兵器ですからね」
「兵器っていうと急に凶暴だな」
「綺麗な薔薇にも棘があるんですよ」
「調子乗んな」
「あはは」


天馬くん演じるナツキとの絡みはもうほとんど無くて、それが悲しいくらい天馬くんと仲良くなれた。


ナツキとのシーンは次の撮影で一気に撮って、天馬くんはその時に一足先にクランクアップだ。


急に寂しい気持ちが込み上げてきた。


その時、ただの憧れの先輩、もしくはお友達に向けるにはあまりに大きすぎる自分の気持ちの存在に気がついた。

天馬くんと仲良くなって、撮影がすごく楽しみになった。
話しているとすごく幸せな気持ちになるし、褒めてもらえた日には帰ってからニヤニヤしちゃうくらい嬉しかった。
天馬くんが撮影中のときは、なんとなく目で追ってしまうようになったし、この前は天馬くんが表紙だからって、普段は絶対買わない雑誌を衝動買いした。


私、よく考えたらめっちゃ天馬くんのこと好きだ。すっごい好きだ。

もっとプライベートのお話も聞きたいし、劇団での様子も見たい。撮影以外の場所でも会いたい。


どうしよう、本当に、どうしよう。
次で天馬くんと撮影で会えるのは最後だ。また共演できるかなんてわからない。
連絡先くらい聞いてもいいかな。いや、もういっそ告白してしまおうか。女は度胸。



…決めた、明日、撮影で満足いく演技ができたら、天馬くんに褒めてもらえたら、告白、しよう。

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