クズで



夢主の言動がクズ 夢主嘔吐表現有り


 幼馴染の贔屓目と言われれば最後かもしれないが、我が幼馴染はとてもハイスペックだ。
 16歳にして身長は180cmを超え、趣味の格闘技が高じてか身体はガッチリ筋肉質、目は一重だけど切れ長で鼻筋が綺麗に通っていて薄い唇が大変セクシーだ。御三家出身の同級生のような華のある顔立ちではないが、いわゆる塩顔イケメンに部類される顔立ちをしていると思う。髪型は男性にしては珍しく長髪で前髪が少し変わっているけれど、段々見慣れてくるので何の問題もない。大きなピアスがついた福耳だって初めは怖いかもしれないが時間が経てば可愛く思える。加えて幼馴染は性格も良い。まあ、これは表向きであって実際は中々にクズな性格をしていたりもするのだが、あの厳つい外見からは想像出来ない柔らかく丁寧な言葉使いにコロっといく女子はとても多い。
 そう、我が幼馴染――夏油傑はとてもモテるのだ。

 傑との出会いは幼稚園だった。区間が一緒で送迎バスの席が横同士になったのが始まりである。
 あの頃の傑は、まだ髪も長くないし、ピアスだってつけていなかったし、格闘技だって始めていない。どちらかと言えば暗い男の子で、あまり友達とも遊ばず教室の隅でひとり絵本を読むか窓の外をボンヤリと眺めている事が多かった。
 そんな傑と仲良くなった理由は簡単だ。彼をそうさせた理由、呪霊が私にも見えていたからだ。送迎バスの窓にベッタリと張り付いた四級呪霊に、私が「うわっお化け!」と悲鳴を上げた。もちろん他の園児達に呪霊は見えない。先生も気のせいだと笑った。けれど、一人だけ、傑にだけは同じ物が見えていた。彼はいつも窓際に座っていて、青い顔で俯く私にそっと顔を近づけると「ぼくもみえるんだ」とはにかむようにして笑った。瞬間、恋に落ちた。これが私の初恋の開始地点である。

 小学校、中学校と私達は市立校に通った。家はそんなに近くなかったけれど毎日待ち合わせをして一緒に通ったし、クラスが離れても出来る限り一緒に過ごした。
 幼稚園で暗かった傑もいつの間にか処世術を身につけて、クラスの中心の輪に入る事はなかったが困った時に頼りになる雰囲気のある男子としての位置を確立した。中学二年になれば声変わりも終えて、身長だってメキメキ伸び始める。部活には所属していなかったけれど、長身と持ち前の運動神経を買われてピンチヒッターとして試合に出る事も間々あった。もちろん傑は目立つ。アンタ本当に幼稚園の傑君と同一人物なんですか、と聞きたくなるほど目立ちまくる。ダンクシュートを決めれば観客席の女子から黄色い悲鳴が上がった。流れる汗をスポーツタオルで拭き取る傑が手を振れば女子が一斉に振り返す。あれは、私に向けて振ったんだ。勘違いしないでほしい。
 思えばクラスの女子が「夏油君、なんかよくない?」とヒソヒソ話をするようになるのは時間の問題だった。
 三年生になると傑の髪は伸びて艶やかに風に揺られるようになり、夏休みにはふかふかの福耳にピアスホールが空いた。聴いている音楽も洋楽が多くなって、歌詞の意味が分からないと不貞腐れる私に「もっと勉強しなよ」と額を小突いた。
 ちなみにファーストピアスを選んだのは私だ。傑に似合いそうな小ぶりの黒い石がアクセントのピアスを送ってつけてもらった時の高揚感と優越感を今でもよく覚えている。
 あと、傑は喧嘩もめっぽう強かった。中学校を飛び越えて近所の高校生まで、売られた喧嘩は買うスタイルで全てを伸した。なお、ありがちな幼馴染が人質に取られて……なんて展開は一切なかった。私の存在が知られていなかったのか、それともそうなる前に傑が対処してくれていたのかは今となっても分からないままだが多分後者だと思う。
 そんなミステリアスでちょっと悪い雰囲気まで醸し出して来た傑は瞬く間に学校一のモテ男になった。学年一可愛い女子が告白する、あのクラスの可愛い子がラブレター渡した、なんてのはしょっちゅうで、その度私はキモを冷やした。しかし、傑は毎回「どうしようかな、これ」と登下校を共にする私にそれとなく相談を持ちかけるので毎回同じ文句で応えた。

「非術師を巻き込むのはよくないよ。やめとこう」

 もっともらしく聞こえ、かつ傑に一番響く言葉だった。結果、傑は告白を全部断った。「ごめんね、気持ちは嬉しいけど今はまだそんな存在を作るつもりはないんだ」と優しく断るので告白は後を絶たず、卒業シーズンになると女子の告白合戦はピークを迎えた。休み時間の度に呼び出される。教室のクラスメイトの前で告白される。靴箱にラブレターが突っ込まれる。登下校時に待ち伏せされる。当然、私と一緒にいる時間が減った。
 この期間は私の人生において一番つらかった。待ち伏せする女子が「あ……」と悲しそうな顔や恥ずかしそうな顔をする度に「ごめん、先に帰ってて」と私に断りを入れる傑に胸を締め付けられる思いがした。だが、私はグッと堪えた。なんといっても私は傑に一番近い位置にいる女であり、春からは全寮制の呪術高専へ二人仲良く入学するのである。こんな告白くらいただのアクシデント、来年になれば彼女たちも傑も私も綺麗さっぱり忘れている。そう自分に言い聞かせて「分かった。また明日ね」なんて物分かりのいい幼馴染を演じていた。
 そうして迎えた卒業式、学ランのボタンは勿論ワイシャツのボタンまで綺麗にむしられた傑を見た時我慢が限界に達した。卒業証書を片手に帰宅する最中、公園近くの桜並木に差し掛かった時を狙って傑を呼び止めた私は、意を決して愛の告白と呼ばれるものを決行した。
 正直なんとなく自信があった。私は非術師ではなく傑と同じ物が見えており、幼馴染で、これから先職業まで同じになるであろう一番親しい女だ。傑が私を他の女子より贔屓にしている事はつくづく感じていたしきっと頬を少し赤くして頷いてくれるだろうと信じていた。

「気持ちは嬉しい。でもごめん。今、そんな存在を作るつもりはないんだ」

 自意識過剰、完全敗北。今まで傑に告白して玉砕して行った女子達は皆この気持ちを味わったのだろうか。今まで築き上げて来たものがガラガラと崩れ去る音を聞いた。
 その後は気まずい気持ちを抱えて家に帰って、朝まで夜通し泣いた。こんな事なら告白しなければよかったとさえ思った。言わずにいたらまだ一番親しい幼馴染として春休みも一緒に過ごせたのに、フラれた後じゃあれだけ好きだった相手でも顔を合わせる事さえ億劫だ。
 けれど、傑は春休み初日、当たり前のように私の家にやって来た。非術師の母と挨拶を交わし、当たり前のように部屋に案内される。泣き腫れた顔で出迎えるのは嫌だったが拒否出来なかった。これも惚れた弱味だろうか、我ながら厄介な相手に惚れ込んで玉砕したものだ。
 傑は、耳に私があげた物ではない、今となっては見慣れた大ぶりな黒のピアスをつけていた。ショックだった。やはり私の告白は、今までの関係性を崩してしまったのだ。
 傑は、後頭部で一つに結んで前髪を一房垂らすその頃あまり見た事のなかった髪型をしていた。私は布団に包まったまま傑を見上げて、傑はそんな私を困った子供を見るような眼差しで見下ろしていた。

「昨日の事はなかった事に、なんて言わない。ただ君とは今まで通りの関係でいたいんだ。ダメかな?」
「ダメ、じゃない」

 じゃあ、これまで通りに。昨日、桜並木で見たかった表情をした傑は、大きな掌で私の頭を優しく撫でた。長年溜め込んで来た愛の告白は完全敗北の形で幕を閉じたが、無事幼馴染の位置は死守出来たようだ。それに安堵の息をつきながら心の中で少しだけ泣いた。ズルい、優しい、好き。やっぱり私は傑が大好きだ。

 そんな過去を乗り越え、時は現代へと戻る。無事二人揃って入学を果たした呪術高専は、その特殊さゆえか生徒数が中々集まらないらしく同級生は私達を含めてたったの四人しかいない。校内で唯一同性である硝子はダウナー系美少女で、初めは傑に惚れるのではないかと不安にもなったが本人曰く「クズ2号に興味はない」だそうだ。なお、クズ1号はもう一人の同級生、五条悟である。
 さて、そんな特殊な環境下。私以外唯一の異性である硝子にその心配がない今、さすがに傑のモテ男伝説にも終止符が打たれるかと思いきやそうでもない。呪術高専は一人前の呪術師を育てる目的として設立された専門学校であるのと同時に、入学したが最後、私達は全員呪術師として呪霊相手の任務にあたる事となる。
 よくて東京都内、悪い時には他県田舎の山奥で。休みはほぼ存在しない。学業との両立はハードで入学して半年経った頃、すっかり私は呪術師としての最初の壁にぶち当たっていた。対して、傑は持ち前のポテンシャルと、五条と同じく生まれ持った術式がレアだった事もあって入学当初から任務に引っ張りだこだった。それもあって話せない期間が続いた事も私を鬱にさせた原因の一つであったのかもしれない。
 そんな時、久々になる傑との合同任務先で事は起こった。任務先へ赴く道中、傑は私の体調や精神面をひどく心配してくれた。久々に感じる好きな人の優しさに、あれだけ重かった心が軽くなっているのが分かる。ああ、やっぱり好きだ。もう告白する勇気はないけれど、ずっとこのまま近くにいたい――そんな恋する乙女らしい思考を現実が打ち砕いた。

「あ、あのっ、助けて頂いてありがとうございました……!」

 通常、人気のある場所での任務では非術師に呪霊は勿論私達呪術師の存在を知らせないための帳が落とされる。しかし、たまに例外が存在するのだ。その日はたまたまその例外日であった。
 呪霊は人の負の感情が作り出す呪いであり、任務地は当然それらが溜まりやすい場所――墓地や廃墟、病院、そして学校が多い。今回の任務地は都内の女子校だった。しかも夜間部活動で残っていたという女子生徒が呪霊の人質となっていた、という一年生に与えるには中々にヘビーな内容の物。しかし、そんな任務も五条と並んで将来呪術界を背負い立つであろう期待のルーキーに数えられる傑にかかれば簡単に片付いてしまう。先日任務先で取り込んだのだと言う大型呪霊に対象呪霊を捕縛させた傑は、あっという間に女子生徒の命の恩人となった。しかもその恩人に「怖かったでしょう。怪我はありませんか」なんて優しく声を掛けられれば乙女心はコロッと落ちる。頬を赤らめ目を潤ませて恥ずかしそうに傑を見上げる。中学生の頃何度も見てきた光景に一気に血の気が引くのが分かった。

「連絡先、教えなかったんだ」
「彼女は非術師だ。巻き込むわけにもいかないだろう」

 帰りの道中、後部座席での会話は全くと言っていいほど弾まなかった。先程の光景がずっとリフレインしていて具合が悪い。傑の顔を見れなくて視線は窓の外に向けたまま発した言葉は、思っていたよりも更に棘を孕んでいた。
 何時だったか私が提案した断り文句をそのままに正論を述べる傑は嫌いだ。もう窓の外も見ていられなくなって、身体の向きは変えないまま膝へ視線を落とす。学校指定の黒いスカートの輪郭がぼやけて見えた。

「私にもそうやって断ったくせに」
「何か言ったか?」
「なんでもない」

 情けなくこみ上げて来るそれを隠すために短く発した返事には無数の棘が張り巡らされたままだった。それでも幼馴染のよしみか気にかけてくれる優しい傑の声が遠く感じる。謝りたいけど謝る勇気がない。告白と同じだ。意識はそこでプツンと途切れた。

 高専は良く言えばギリギリ都内、悪く言えば超がつく田舎町に存在している。最寄りのコンビニにも徒歩20分は掛かるので、誰かがコンビニに行くと言えば全員がおつかいをお願いするのが何時もの光景だった。
 そして今日、暇つぶしと気分転換を兼ねて高専敷地内を出た私は、硝子から頼まれた煙草と五条から頼まれた期間限定スイーツ、傑から頼まれたカップアイス、私の当初の目的であった昼ご飯の入ったビニール袋を手に長閑な道を歩いていた。
 あれから傑とは、まともに話せていない。互いに違う任務にあたったのもあるが、私が自主的に彼の事を避けていた。モヤモヤした気持ちを抱え続けて一週間、顔にも出ていたのだろう。硝子からは「キモい」と的確なご指摘を頂いた。
 暦上では季節は夏を過ぎ、秋に差し掛かろうとしている。それでもまだ残暑は厳しく、目深く被ったキャップのツバを持ち上げて空を仰いだ。そして、燦々と輝く太陽の次に目に飛び込んで来たその人に私の中のモヤモヤは更に大きくなってしまった。

「あ、あの、一週間前に助けてくれた黒髪の人と一緒にいましたよね? 覚えてますか、私、あの時助けてもらった女子校の……」

 名乗らなくても覚えている。あの光景が忘れられなくてずっと困っているのだから。
 なんだ、やっぱりちゃっかりと連絡先交換してるんじゃん。非術師は対象外じゃなかったのかよ、馬鹿。

「はい、そうですよ」

 心の中の罵倒は止まらない。日差しで汗をかいたビニール袋をカサと揺らして頷くと可愛らしいワンピースを着た女子生徒は安心したように笑った。ハンドバッグから手紙を取り出すのが見えた。心臓が痛んで息が止まるかと思った。
 これ渡してもらえませんか、多分彼女はそう言っていたし私は頷いて受け取ったはずだ。だって彼女はしきりにお礼を口にして駅の方へ駆けて行ったし、私の手には可愛らしいラブレターが存在している。だからこれは現実だ。
 気がつけば皆の待つ寮へ帰るより先に校舎裏の焼却炉の前に立っていた。私の手にはビニール袋だけ。もうあの薄水色の紙切れはない。

「あー……」

 スッキリした。やってしまった。