7月9日 | ナノ







雨の日の校舎は、どこもかしこも湿っぽく、薄暗い。



7月9日



部活は休みだという花井からの簡潔なメールを廊下の隅で確認して、泉はぱくんと携帯電話を閉じた。
大雨警報が出ているらしい。

確かに、窓から見えるのは叩き付けるように降る雨とぼやけたグランドの黄土色のみで、視界すらも危うい。

明日からはテスト週間で部活は無いし、今日も休みになっちゃって三橋はがっかりしているだろうな、と思いながら教室に戻る。


「三橋ー、今日部活休みなんだってな」

「うん、花井くんからメール、きてた」

「どーせなら勉強して帰らねぇ?」


しゅん、とうなだれていた三橋の顔がぱっと輝くのを見て、思いきって誘ってみて良かったとこっそり思う。


「泉くんの説明、分かりやすい、から」

「そーか?」


泉の前の席に移動しながら嬉しそうに話す三橋の髪をぽんぽんと優しくノートで撫でた。

警報が出ているのでなるべく早く帰宅するように、と注意を促す放送の為か、授業が終わって幾らも経っていないのに教室には誰もいない。

三橋も少し不安なのか、窓の外に視線をやる。


「雨、すごいね」

「あー、でも今が一番酷いらしいぜ。これから夜にかけては弱まるってよ」


三橋を誘う前に携帯電話できちんと天気予報は確認していた。
もし帰りも酷く降っていたら家まで送ってやろう、と思いながらノートを捲る。

「泉くんは、すごいね!」

「ほら、いいから勉強するぞ」


そんな些細なことで三橋が目を輝かせるから、照れ隠しにシャーペンでこつんと額をこづいてやった。




*********




薄暗い教室は重い雨の音に包まれている。


すぐ目の前の席に座り、体をこちらに向けて泉の机でノートを広げた三橋の髪が、眼前で触ってくれと言わんばかりにふわふわと揺れている。

気をまぎらわす程度に眺めていた自分のノートは、とうに閉じられて机の中だ。

心臓が、痛い。


雨の音が激しくて良かった、と思った。煩い自分の鼓動を隠してくれる。
いっそこんな気持ちも、洗い流してくれればいいのに。


(禁断の愛ってのも燃えるよな!)


昼休みの、浜田と田島の会話が耳に蘇る。


芸能人の話題から好みのタイプがどうこう、何て事はない世間話の最中、浜田が言ったその言葉に、田島も笑いながら人妻だの韓流ドラマの兄妹モノだのと騒いでいた。

きょとんとした表情の三橋の隣で、自分はあの時うまく笑えていただろうか。


禁断の愛ねぇ、と胸の中で自嘲気味に呟く。

口に出して騒いで、笑い飛ばせる程度の禁断の愛なら、どんなにか楽だろう。

こがれてこがれて焼けただれた胸の内でまだ絶えず焔をあげる想いは、この豪雨にさらせば消えてくれるだろうか。


「泉、くん?」


心配そうにこちらを見上げる三橋の声で、はっと我に返った。


「わりー、ちょっとぼーっとしてた」


無理矢理口の端を引き上げて笑顔を作り、無意識に三橋の頭を撫でようとのばしかけた手を、机の下でぎゅっと握る。

三橋は安心したようにまたノートにたどたどしく数式を書き込み始めた。



雨音に混じって、三橋が文字を刻む音が静かに響く。

目を閉じて聴いていると、こつこつとゆっくり進んでいた音が段々と遅くなり、ついに止まった。


「どっか、分かんないとこあるか?」


目を開けて訊くと、眉間に皺をよせて考え込んでいた三橋がぱっと顔を上げて口を開き、


「あ」



突然腰を浮かせて身を乗り出した。


頬を撫でる、三橋の掌の感触。


「泉くん、まつげが」


目に、と三橋が言い終わる前に、勝手に体が動いていた。



椅子が倒れる音がした、そんな気がしたが、何も聞こえないし何も見えない。

ただ乱暴に引き寄せた三橋の腕が熱くて、抱きしめた体が思った以上に細くて。


ただ、それだけが、全てだった。








(この雨で、俺ら以外全て溺れ死ねばいい。そしたら俺は匣舟にこいつを乗せて幸せになるんだ。愛してる、愛してるんだよ)















7月10日』(泉三←栄)になんとなく続いています。泉は出てこない上にうっすらと暗いので、苦手なかたはご注意を。




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