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「あ、起きた?おはよー」

「…!?」


目を覚ました瞬間。
目の前にあったのは先日と違って悠仁の顔ではなく、五条の顔だった。

ソファーに寝かせていた名前が目を覚ました事で五条も向かいのソファーに移動し、真っ向から名前の顔を見る。


「自己紹介してなかったよね。僕は恵…気絶する前に僕と一緒いた黒髪の子の事なんだけど、その子がいる呪術高専の教師をやってる五条悟っていうんだ。覚えておいてね」


そう言ってヒラヒラと手を振る五条を前に、名前は彼と会った時には暴走しそうになった筈の自分が、目を覚ました今回はそうならない事に戸惑った。


「あ。力の暴走の事?手首に嵌ってるそれのお陰」


五条が指し示す自分の手首を見てみると、名前の両手首には呪文らしき文字がびっしりと書き込まれている腕輪が左右それぞれに嵌められていた。


「僕お手製の呪力制御装置!暴走した君の力を完全に抑え込むとなるとさすがに無理だろうけど、暴走しにくくなるように呪力を制御してくれる装置だから、無理に外そうとかは思わないでね」


下手に外そうとすると腕ごといっちゃうからと恐ろしい事を言う五条だったが、名前は信じられないような思いでその腕輪を見つめていた。


「暴走…しない?」

「そ」


これで無闇矢鱈に誰かを傷つけることもなくなるのかと思った名前は、次の瞬間大きな瞳からポロポロと涙を零しだした。


「…やっぱり。君は誰も傷付けたくなかったんだね」


涙する名前を見て確信したようにそう言う五条。

そして、


「君は加茂憲倫が生み出した子だね?」


五条のその言葉と、出てきた男の名に。
名前の体は分かりやすいほどハッキリと震えた。

名前のその反応を見て更に確信を強めた五条は、更なる真意を確かめるべく口を開く。


「彼についての文献はそのほとんどが残されていない。明治の初めに呪霊との子を孕む事が出来るという特異体質の女に九度の懐妊と九度の堕胎をさせたという記録があるのみで、それが一体どのようにして行われたかという事についての記録は一切破棄されてしまっていてね」


そこで一旦言葉を切り、五条は名前の反応を窺った。

けれど何も答えない名前を見て、これは僕の推察なんだけど…と話を続ける五条。


「妊娠は九度で終わりじゃなかった。君は十番目なんじゃないかい?」

「…っ!!」


呼吸の荒くなる名前に予め用意していた紅茶を差し出し、落ち着くよう勧める五条。

名前は用意されたそれに手をつけなかったが、ぎゅっと強く目を瞑ると、観念したように小さな口を開いた。


「…母が妊娠したのは十一回、です」


名前のその言葉を受け。

自分の方の珈琲には角砂糖をドバドバと入れていた五条の手も思わず止まる。


「母は…加茂から命からがら逃げ出した後、兄と私を産みました」


辛い記憶に耐えるよう、話し続ける名前は固く拳を握りしめていた。


「自分をそんな風に扱った加茂の事を、母は心の底から深く恨んでいました。…だから最後に生まれた私の中にはそれはもう大きな、抑えきれないくらいの呪力の塊があって…。でも、それを兄の時人がいつも結界を張って護ってくれて、母と私を他の呪術者達の目に触れないようにしてくれていたんです」


加茂は兄が殺しましたと続ける名前は、今度こそ五条が用意してくれた紅茶を口に含み、気持ちを落ち着かせるように深呼吸した。


「時人、というお兄さんは今どこにいるのかな?」

「…分かりません」


五条の問いかけに、名前は俯いたまま首を横に振った。


「生きているのかも、死んでしまったのかも」


何も分からないんです、と。

そう言う彼女の声は、五条が今まで聞いた事のある中で一番悲痛に歪んでいたのだった。


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