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「名前捕まえた」

「!?」


押し迫る呪霊たちにより、気がつけば高専の出口までやって来ていたらしい名前。

けれども何が何だか分からないでいるうちに名前の体は何者かによって掴まれ、気付いた時には周りの景色が飛ぶように流れていた。


「な、にっ…!離して!!」

「んー、まだダメ。ここじゃ高専に近いから」


せっかく高専の結界から引っ張り出した意味がなくなっちゃうじゃんと続け、名前を抱き抱えたままもの凄い勢いで駆けているのは真人だった。

名前は彼に抱えられたまま両腕を強く掴まれてしまっているせいで、抵抗らしい抵抗も示せない。


「虎杖悠仁ってさ、死んだんでしょ?」

「!?」


ニッと笑ってそう言う真人に、名前は目を見開いた。


「今一体どんな気持ち?」


その笑みを更に深め、駆けたまま名前を見下ろす真人。


「な、んで…悠仁の、事…」


その時の事を思い出してか、名前は体を大きく震わせた。


「えー泣いちゃうんだ!可愛いなぁ」


泣くのを堪えようと精一杯唇を噛み締め、けれども感情を抑えきれずに頬を濡す名前の魂に今すぐにでも触れてみたくて、真人は立ち止まった。

高専からも大分離れたし、この辺りならいっかと名前を下ろし、腕を掴んでいるのとは反対の手で彼女に手を伸ばす。


「さて。君の魂の形はどんな───


ザクッ


「は?」


真人が名前の魂に触れようとした瞬間。

真人のその手には刀が貫通していた。


「…どういう事だよ、コレ」


状況は分からないものの、真人の拘束が緩んだ事に気付いた名前は、すぐさま後ろに飛び退いて彼の手から逃れる。


「何したの?」


貫通した“村正”を手の甲から引き抜き、地面に放り投げる真人。

だが、名前としてもその答えは持ち合わせていなかった。


「何したのかって聞いてるんだよ!!」


答えない名前に苛立ったように怒鳴る真人。

けれど、名前にしたって意味がわからないのだ。

だからふるふると首を横に振るのも別段嘘をついている訳ではなく、名前にしたって“村正”が何故、真人の手を貫いたのかについては知りたいところだった。

何故なら、名前が真人に抱えられる前まで握っていた村正は、彼に抱えられた時点で取り落としてしまっていたのだ。そして、それ以降は特に呼び出していない。

今まで村正が勝手に(名前の手を借りることなく)他者を傷付けるなどという事は見たことがなかった為、むしろ名前が一番今の現象に驚いているくらいで。

だが、そんな事が真人に通じる筈も無く───


「答えない気か。なら、」


無理にでも答えさせるまでだ!!と続け、一瞬にして詰め寄ってくる真人。


「“サンダー”……っ!!」


サンダーバードを召喚しようとして。

けれど、悠仁を失ったショックで安定しない呪力により、上手く召喚させる事が出来なかった。


「ククッ。触れなくても、魂が揺らいでる事くらいバレバレだよ?」

「…うっ!!」


咄嗟に(今度こそ本当に)引き寄せた村正で防御し、間一髪の所で真人の攻撃を受け止める名前。


「その刀を呼び寄せられる事くらい知ってるよ。でも、『呼び寄せる事が出来る』だけだろ?赤血操術でもない限り、刀自体を操って攻撃させる事は出来ない」

「っ…!」


さっきのは赤血操術じゃなかったろと迫る真人を弾き、名前は森の中に逃げ込んだ。


「考えないと…!! 戦わないと…!!」


何故なら今自分がここで彼と戦わなければ、次は高専にいる恵達が狙われる事となるのだ。

彼の狙いやカラクリこそ分からないものの、校内に放たれた大量の呪霊と彼が無関係な訳がなかった。むしろ十中八九犯人は彼だ。


「“赤鱗躍動”(せきりんやくどう)!!」


唱えた途端、名前の左目から流れ落ちる赤。

赤血操術の一つである赤鱗躍動は、体内の血中成分を変えることでドーピングの効果をもたらすというもので、要は身体能力を大幅に向上させる事が出来るというものだった。
式神が召喚できない以上今現在の名前に残されている戦闘方法は接近戦しかなく、相手もそれが分かっている筈だからこそ、まずは反応速度を上げるべきだと判断したからだ。


バシュバシュッ!!


間一髪。棘のようなものがぶつかって来るのを赤鱗躍動の効果で躱した名前は、続けざまの真人の攻撃も避けつつ、村正で切りつけた。


「なるほど。揺れる体と心を、赤鱗躍動で無理矢理突き動かしてるってワケね」


やるじゃないかと楽しそうに迫る真人目掛け、名前は立て続けに穿血の攻撃も繰り出す。


「…チッ」


音速で迫る穿血はさすがの真人であっても避けきれなかったようで、貫通こそしなかったものの抉られた右肩の損傷により動きを止めた。


「そこまで本気でやり合う気はなかったけど…いいよ。遊んであげる」

「…っ!!!あ゛ッ!」


出された攻撃を寸でのところで避け、けれど地に足を着いた所を再度狙われてもろに食らってしまった。


「逃げるなよ」


真人の体から飛び出してきた棘により右手を貫かれ、そのまま引き寄せられようとしたところをなんとか振り抜いて名前は叫んだ。


「村正ッ!!」


貫かれたのとは反対の手で引き寄せた村正をすぐさま真人に向かって投げ、同時に貫かれた手の血液を利用して穿血も打ち出す。

そして、


「“苅祓”(かりばらい)!!」

「!!!」


村正と穿血のダブル攻撃に真人が怯んだ隙を逃さず、名前は真人の体を貫いた。


「すごい…!!思っていた以上だよ名前!!!だけど、」

「…っあ゛!!」

「まだまだなんだよね。戦闘経験が足りなすぎる」


言うが早いか真人は片手で名前の首を掴み、木に叩きつけた。


「反転術式も使えるんだろ?ならそれも上手く活用して、“貧血”を起こさないようにすべきだった」

「っ…、」


攻撃する事に気を取られすぎて、貧血になってる事にも気が付いてなかった?可愛いねと笑いかける真人。

だが、それすらも視界が霞んでよく見えなかった。
自分の体が突如としていう事をきかなくなった事に焦る名前。


─── ダ、メ…意識が……


真人の言う通り、名前の体は間違いなく赤血操術で血液を使いすぎた事によって貧血を起こしていた。
首にかけられた彼の手を外す力すら残ってないのが何よりの証拠で。


「うん!でも、戦ってみて確信したよ!!戦闘経験さえ十分に積めば、名前は間違いなく宿儺に匹敵するほどの強さになるね!!」


力の入らない名前を抱き上げ、僕達の仲間になりなよと囁く真人。


「大丈夫。だって名前は───

「美人に悪い虫は付き物だけど、これまたとんでもない虫が寄ってきたもんだよ」

「は?」


名前と真人しかいない筈の空間に響く、第三者の声。


「その子は僕の持つクラスの生徒であると同時に、僕のお気に入りでもあるんだよね」


だから渡せない、と。

真人が振り返った先にいた男は五条で、その後ろには死んだはずの悠仁もいたのだった。


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