「…上には一体、なんて言ったんですか?」 悠仁と名前の件があってから三日ほどが経ったある日の事。 まだ二人と面識のない伊地知は、噂だけでもそんな二人が呪術高専に新しく入学してくると聞き、早くも卒倒しそうになる体を気合いでなんとか奮い立たせている状態だった。 伊地知の問いかけを受け、聞きたいのかよとククッと笑う五条。 「悠仁と名前の死刑を今すぐ執行しても構わないけど、それで今悠仁にかなり懐いてる名前が暴走したとしたら、間違いなくお前ら全員死ぬよ?的な?」 宿儺の器である悠仁と、数多のハイクラス呪術者たちを戦闘不能に陥らせるほどの強さを持つという名前。 記録によると名前自身高い自分の呪力をコントロールする事が出来ていないらしく、それ故戦い方の法則が掴めないのだという。 出方の分からない戦闘というのは何においてもやりずらいもので、そしてたちが悪い。それに加え、特級クラスの呪術者達を何よりも悩ませているのは彼女が使う“式神”だった。 『名前が召喚する式神は一体でも脅威な幻獣、魔獣、聖獣どもばかりだ!!名前の命令も聞かず、制御不能のそいつら相手に一体どう戦えっていうんだ!!』と。 本来であれば呪者本人が制御出来ない程強い式神というのは、たとえ召喚出来たとしても本人にさえ牙を向くもので。 なのにも関わず、名前の言うことこそ聞かずとも式神たちは一貫して名前を攻撃しようとはせず、それどころかきちんと彼女を守りつつ一方的に相手側を攻撃する、といったスタンスのようなのである。 このあまりにも理解し難い事の連続で成り立つ彼女相手とあっては、上も手を下したくとも下手に下せないのだろう。 散々考えた末に額に浮かべた汗をハンカチで拭く伊地知を見て、五条は組んでいた足を解き面白そうに笑った。 「笑い事じゃないですよ五条さん!!」 そんな少女が高専に入学するなど危険すぎる。 下手したら校内で人死にが─── そんな伊地知の思考を読み取ってか、ヒラヒラと片手を振る五条。 「伊地知も実際に彼女を見たら分かるよ」 「見たら分かるって…!」 殺されて分かるって事ですか!?と震える伊地知に、論より証拠でしょと更にからかう五条。 「今、彼女はどこに…?」 「悠仁と一緒にいるんじゃない?」 宿儺の器である悠仁と名前という最強な組み合わせに、それもう完全に勝ち目ないじゃないですか…と涙を浮かべる伊地知なのであった。 「悠仁っ!」 五条の計らいで無事悠仁と共に呪術高専に通うことが決まった名前は、約3日ぶりに悠仁と会う事を許された為、彼がいるという部屋に来て名前を呼んだ。 「名前!!大丈夫だったか?!誰にも何もされてない?」 駆け寄ってきた名前をすぐに迎え入れた悠仁は、そう言って心配そうに名前を見た。 この三日の間に悠仁は宿儺の指を飲み込んだ夜に亡くなった祖父の葬式を済ませていたのだが、それにより落ち込んでいた思考は名前の顔を見た瞬間吹き飛んだ。 首を横に振る名前だったが、悠仁は名前の両手首に付けられている腕輪に目を止めると眉を顰める。 「これは?」 「あっ…!この腕輪のお陰でね、私は今呪力を制御する事が出来てるんだって。さすがに完全に暴走しちゃった時は、抑えられないらしいんだけど…」 「心配すんなって!こないだも言ったように、そん時は俺が絶対に止めてやるから!」 なっ?と言って頭を撫でる悠仁を、名前はじっと見上げていた。 「え…?名前…?」 マジマジと自分の顔を見てくる名前の顔が直視出来ず、視線をさ迷わせる悠仁。 出会いの時こそ衝撃的すぎてそれどころでは無かったのだが、名前は誰がどう見ても“美人”としかいいようがない程の容姿の持ち主だ。 整った顔立ちに加え、サラサラとした手触りのいい髪や、ほのかに香る花のような優しい匂いを持つ名前は、どこをどう見ても魅惑的で美しかった。 「本当…?」 けれど、名前のその瞳に不安の色が混じっているのを読み取った悠仁は、逸らしていた瞳を真っ直ぐ名前へ向け直した。 「本当に、本当に止めてくれる…?」 今にも泣きそうな顔で。 蚊の鳴くような小さな声で震える名前の細い肩を、悠仁は思わず強く引き寄せて抱きしめていた。 「絶対だ!!約束する。俺と出会うまでの名前の身に何があったのか、どういう生き方をしてきたのかとかは分かんねぇけど、これからは俺が絶対に、名前がまた暴走した時には必ず止めるから!!」 そう言って抱きしめてくれる悠仁の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱き締め返す名前。 ─── もしかしたらいつかまた… 自分は暴走した呪力で悠仁に牙を向いてしまう事になるかもしれない。 時人のように…彼を殺めてしまうかもしれない。 「怖いの悠仁…!!もしかしたらまた、また私は悠仁に手を上げてしまうのかもって…!そして次は本気で悠仁を、悠仁を…!!」 「んな心配しなくていい!!」 涙する名前の頭を自分の肩口に押し付け、俺は死なねえ!!と名前を宥める悠仁。 「名前は名前のままでいい。俺の前ではもう、今までみたいな無理すんな」 「っ…」 生まれてからずっと。 名前は自分の母と加茂憲倫、そして兄である時人としか出会った事がなかった。 それ以外の者たちは皆自分達に手をあげる者だからと時人に教えられ、母亡き後は時人と二人だけの毎日を過ごしてきて。 …だが、時人を失ってからは本当に自分が何をしなくても襲いかかって来るような者達ばかりだったのだ。 それなのに死ぬ事も叶わず、かといって心を許せるような者ももういなく。 「これからは何があったとしても。必ず俺が名前を護るから!!」 だから、悠仁が初めてだった。 時人と母以外で、ましてや二人のような血の繋がりも何もなく、出会った瞬間から襲いかかるような名前の事を拒絶する事も無く、受け入れてくれたのは。 「うんっ…!」 だからもう、二度と悠仁を傷付けることの無いように。 名前は五条の誘いに乗り、高専に通うことにしたのだ。自分の呪力をコントロール出来るようになる為に。 …本当はもっと早くに、時人を失う前にこの学校の存在を知れればどれだけ良かったかとは思うけれど。 「…ありがとう、悠仁」 今度こそ護られるだけで現状を嘆くのではなく、自分の一歩で踏み出せるように。 「悠仁にね、聞いて欲しい話があるの…」 瞳を伏せる名前を見て、名前が今から話そうとしている話はそれなりの覚悟を持って聞かなければならないような内容なのだと悠仁も分かった。 「覚悟ならもう出来てる」 そして悠仁の強い視線を受けた名前もまた、覚悟を決めて五条に話した話を悠仁にもしたのだった。 ×
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