雨の国ブルメシア。

「フライヤッ!」

「…ジタンか。」

その王宮のとある一角に、ある日窓からの来客があった。書類から顔を上げることなく応対するフライヤ。

「全く、押し掛けるなら予告しろとあれ程言っているじゃろう。」

「わ…わりぃ。」

ペンを止めもしないまま窘(たしな)められ、ジタンはばつが悪そうに頭を掻いた。…だがこれはいつもの光景だったりもする。

「書類が湿気る…さっさと窓を閉めろ。」

「…おじゃましまーす…。」

ジタンが言われた通り窓を閉め中に入ると、フライヤは早速「左から2番目の上から5枚目」と呟いた。

「これか?」

聞き返しもせず素直に抜き取るジタン。…これもいつもの光景で、執務中のフライヤは人使いならぬジタン使いが荒いのだ。今日もいくつか聳え立つ書類の山…いや書類の山脈の中から一枚を正確に指定すると、当然のように受け取る手を出した。…扱いはどう考えても客ではなく召使である。

「で、何の用じゃ。…忙しいのに聞いてやるのじゃ有り難く思え。」

「え?えっとな……………なぁ、恋人とそうじゃないのの境目ってどこだと思う?」

うっかり書き損じかけ、初めて顔を上げるフライヤ。翡翠色の瞳は大きく見開かれている。

「…どうした…悪いものでも食べたか?」

「どうしてそうなるんだよっ!ごく普通のもんしか食ってないし熱もありません!……だってさぁ……フライヤにはわかるか?」

「……そんなもの、本人達の気持ち次第じゃろう。」

「いや、そう言われちゃぁそうなんだけどさ…。」

「…何じゃ煮え切らぬの…一体なぜ急にそんな事が気になり出したんじゃ?」

「それがさ…昨日オレ、何の気なしにミノンの家に行ったんだよ。たまたまトレノに用があって近くまで行ったからさ。…そしたら…。」





リン…リン…

「はい、少々お待ち下さい。」

何の連絡も入れてなかったし留守の可能性は十分あったんだけど、呼び鈴を鳴らしたらふわっとした声で返事があった。ラッキー、今日はツイてるぜ。

「いらっしゃいませ、ジタン様。」

すぐにドアが開いてキモノにエプロン姿のミノンが出て来る。──なんかちっちゃくなってないか?…って、オレがでかくなったのか。

「急に来てごめんな。元気だったかい?」

「はい、とても。…どうかなさったんですか?」

「いや…近くまで来たから顔見てこうかと思ってさ。元気なら良かったよ。」

花が咲くみたいにふわりと笑ってくれるミノン。良かった、作り笑いじゃない──本当に元気みたいだ。

「ジタン様もお元気そうで何よりです。…あ…お昼って、まだですか?」

「ん?ああ。」

「もしお時間あるんでしたら召し上がって行かれません?今ちょうど出来たんですけど、たくさん作ったんで。」

「良いのか!?」

「ええ、もちろん。」

「っしゃあ!じゃ、遠慮なく。」

エプロンのリボンを翻すミノンに続いて中に入る。相変わらず簡素な暮らしぶりの見てとれる部屋には、美味そうな匂いが充満していた。

「うわすっげぇ腹減る匂い…って、肉!?」

「え?…ええ、それがどうか?」

「いや、なんというか…あんまり……イメージが…。」

ぶっちゃけて言ってしまえば、少食なミノンが肉をしかも昼から食べるというのが想像出来なかったのだ。なんかこう、食べるとしてもサンドイッチとか…。

「…ああ、そうですね。」

少しきょとんとしたあと、オレの言いたかった事を理解したらしくクスクスと笑うミノン。

「確かに私一人ならお肉はあまり頂きませんね。そんなに食べられませんし、ましてお昼からなんて…。」

「やっぱそうか、そうだよな。…って…え?」

…一人なら?

「ちょっとお待ち下さいね、起こして来ますから。…多分これだけ匂いさせておけば起きて下さってるでしょうけど。」

何という事はなさげに言ってからにっこりと笑うと、ミノンは二階へと上がって行ったのだった。





「…それで?」

途中からペンを動かし始めていたフライヤは、聞き返すついでに今度は「右から4番目の上から12枚目」と指定した。声色はいかにもつまらなそうだ…恐らく話がミノン絡みの事でもなければ追い返しているだろう。

「それで、って!?」

「…何という事はないじゃろう。ただあやつが可愛いミノンに迷惑を掛けておっただけではないか。」

「だけ…って…どーしてそうなるんだよ!…まあ良い、続き話すぜ。」






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