トレノ郊外にひっそりと佇む音楽の酒場、“Melodie di Vita”。

閉店時刻を過ぎ人気のなくなった店内では、カウンター越しに二人の男女が言葉を交わしていた。

「……ヤツの生まれた日? はっはっは……それはまた、どういう風の吹き回しだね。」

隆々とした体躯を揺らして笑った中年の男は、この店の主だ。眼鏡奥の琥珀色の瞳はいとおしそうに細められている。

「えっと、あの……ご存知ありませんか?」

対照的に線が細く、その美称を<天使>という黒髪の少女――この店で雇われている歌姫は、困ったように眉根を寄せた。頬を僅かに染める彼女の問いは他でもない、彼女の想い人へのものだったからだ。

「そうだな……日付までは知らないが、大体なら知っている……とも言えるな。」

「ほっ……本当ですか!?」

少女が瞳を期待に輝かせ、小さな身の丈を補うように背伸びしてカウンターに乗り出す。それを見た店主はまた声を上げて笑った。

「ああ。天蝎宮の、中頃から終わりの生まれらしい。つまりはだいたい十一月だな。」

「あ、ありがとうございます! ……あの、お詳しいのですね。」

明るかった少女の表情が俄にしゅんとする。彼女の想い人がまだ少年と称されていた頃を知る店主がこうして彼女の知らない彼を知っているのは、仕方ないとわかっていても割りきれないのだろう。

「いいや、そうでもないよ。何だったかな……そうそう、ステラツィオだとかいうコインを集めていた御婦人は知っているかね?」

「え? あ、はい。直接の面識はありませんが……。」

「あの方はかつて有名な占い師でね。引退してからも占い道具には目がなくて……あのコインも何だかに使いたいとかで集めていたそうだ。まあ、つまりはマニアかコレクターといったところかな。……その方の占い曰く、だ。」

「みっ……視ていただいたんですかっ!?」

高い声が店内に響く。普段は控えめすぎるほど物静かで、滅多に大声など出すことのない彼女だが、彼のこととなると別なのだ。恋を知りたての子供のように初々しい様子に、店主は目を細めて笑った。

「そんなわけがないだろう。昔、ここに来ていた彼女の弟子にヤツが居合わせた時、お代がわりに占わせてみただけだよ。当然、ヤツは不審がって信じちゃいなかった。……詰まるところ、正確な日付は愚か、本当にそうかもわからないということだ。力になれなくて済まないね。」

「いえ、そんなことないです! あの、本当に、ありがとうございました。」

「喜んでもらえたなら幸いだよ。……そろそろ来る頃かね?」

「はい。」

少女が嬉しそうに微笑んで壁の時計を見上げる。少女は彼が迎えに来るのを待っていたのだ。

「……“アイツ”に、誕生月を祝ってくれる存在ができたなど夢のようだよ。こちらこそ……ありがとう。」





[] [[次へ]]


1/8



[戻る]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -