昨夜の依頼は、端的に言えば要人の暗殺だった。

詳細など知らされなかったが、それはいつもの事で…断る必要も手段もない。よって特に何を言うでもなく請け負い、実行に移した。

外出中だった標的(ターゲット)は護衛も多ければ逃げ足も速く…意外に梃子摺ったが、結局は郊外の空き地まで追いかけ追い詰め命を奪った。いつもの事だが、こんなんで何か変わるもんなのか?と疑問に思う位にその最期は呆気なかった。

曰く「秘密裏に殺れ」との事だったので、さっさと退散しようと踵をかえした…その時だった。





(………。)

カサリと草が鳴った気がして、反射的に神経を研ぎ澄ます。

(…見られたか…。)

明らかな人間の気配。多少の距離があったので投擲用ナイフを構える。「同業者にせよ一般人にせよ、見られたなら生かしておかない」…それが機密任務を請け負った際の常識であり暗黙の了解であり、規律だからだ。

地の利がなかった為、こちらから動くのは不利と読み接触を待つ。しかし向こうも警戒しているのかずっと動かず…静寂と緊張だけが場を包んだ。

(……いつまで待たせる気だ……。)

今は真夜中だが、出来れば今回の様な隠密行動は遠慮したいような月明かりもあって、相手の隠れている位置やそれが茂みであることまで特定出来ている……人がいるのは間違いない。なのに一向に動きはなく苛立ち始めた──その時。

ガサガサッ

この場には似つかわしくない大きな音を立てて茂みが揺れた。思いもよらない出来事に一瞬動揺しながらも確実に得物を投げる。

「きゃぁぁっ…!」

甲高い断末魔を上げて倒れ伏す人影。ちょうど月明かりの下に映し出されたそれは、若い女のものの様に見えた。

(…手間掛けさせやがって…。)

あんなに気配をさせてた様じゃ、三流の同業者というよりは一般人だろう。しかし[仕事中]の俺に、その死を悼む気持ちは生まれなかった。「見られたなら殺す」…その規則に従ったのだから、俺にとってはこれも仕事の一環だったのだ。

今度こそ帰ろうと踵を返し、歩きながら何の気なしにこれからのことを思索する。まずシャワーを浴びて…もう遅いし一眠りしてから依頼人の所に行くか。明日の予定はなかったはずだ──全て終えたら、あいつに会いに行こう。

仕事だと告げた時に悲痛な表情を浮かべた少女の姿が脳裏に蘇る。心配性な彼女は、俺が仕事に行く度にひどく不安がり…それを彼女なりに圧し殺した。そしていつもいつも、「早く帰って来て」「怪我しないで」と…泣き出しそうなのを堪えるかの様な下手くそな笑顔で告げるのだ。

…2年だか前に会った時は、あんな娘だとは思わなかった。というか…自分がこんな風になるとは思ってもいなかった。明日の予定がある?誰かが心配している?その不安を宥める為に会いに行く?…昔ならあり得ないと一笑に付しただろう。

僅かに苦笑を浮かべながら、先ほどの女の亡骸の横を通り過ぎる。

その時、勝手に足が止まった。自分の意思とは別に後ろを振り向いて…目を見張る。

「……!」

線のほそい華奢な身体。
真白い服に散った深紅。
ばらまかれた長い黒髪。

顔は見えない。体は微動だにしない。

そこにあるのはただ静かな<死>。
そこにあるのは[生きていた]女。

そこにあるのは俺に奪われた命。

「………。」

不意に足元が揺らぐ。

俺は今、非情であるはず…心を殺しているはずの[仕事中]だ。なのに先ほど思い浮かべていたのは、心の内にある人としての感情──そのものような少女。

気付いた時には既に遅く、彼女の顔が…姿が…声が、抗う術もなく頭の中をちらつく。

「………ミノン。」

いま何をしている?

「……ミノン。」

いま何を思っている?

「………。」

地面が無くなりそうな感覚に、急に狭まった視界を気にする余裕もなく駆け出す。

白い少女を見て、…記憶は途切れた。



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