パチンッ

「……っ……。」

まさかあいつに引っぱたかれる日が来ようとは思ってもいなかったので、ガラにもなく暫し呆然としてしまう。もちろんあんな細腕の力じゃ大して痛い訳もない…普段の振る舞いからのギャップの様なものに何より驚いた気がする。

「……ご…めん、な…さ……い……。…ごめんなさい…っ…ごめんなさい…。」

震えながら幾度も謝罪を繰り返すミノン。恐らくは茫然自失といった状態なのだろう…またも泣いているというのに、瞳は呆けたままだ。

「……ごめんなさいっ…!」

今の様子から察するに反射的に手をあげてしまったのだろうが…その切っ掛けが全く掴めない。…なり得るとすれば、俺の一言。

──……べつに…何でもねえよ。

…嘘ではない。

確かに当時はそれなりに大事だった気もするが、今となってはとるに足らない些細なことでしかないと思えた。だからわざわざ話して不安にさせることもないだろうと判断した…だから話さなかった。…それだけだった。

そんな軽い気持ちで口にした言葉に、[あの]ミノンが俺を叩く(はたく)に至るまでの何かがあるとは思えなかった。「あなたがわからない」か…最もだ。

「…ミノン。」

とりあえず彼女の意識をこちらに引き戻そうと名を呼ぶ。向けられたのはひどく怯えた瞳で…内心溜め息が出た。信用されていない訳ではない事は流石にわかっているが、それでも拭えないものはある。

「………ミノン。」

彼女が悪いんじゃないと自身に言い聞かせ、なるべく優しく声をかけてやる。別に怒っても責めてもいないのだから、それを言ってやらなければ。

「……泣くな。」

こうして取り乱した状態では耳に入らないだろうし──勝手な話だが、泣き腫らした目元も震える嗚咽も俺のせいかと思うと罪悪感を覚えたので、まずは泣き止ませようと試みる。しかし無理な提案だったらしい…堪えようとはしているのだろうが、流れる雫は跡を絶たなかった。

「………。」

半ば仕方なく、抱き寄せて小さな背中を撫でてやる。これはこの少女との付き合いの中で知ったものでは最良の…そして最終の手段だった。徐々に嗚咽を静め、やがて肩口にぴたりと頬を寄せて来るミノン。

「………俺は、怒ってねえよ。…おまえは?」

少しの沈黙のあと、彼女はゆっくりと…しかし迷う事なく首を横に振った。

「…そうか。………。」

愚図る子供をあやす様に撫で続ける。長く艶々とした黒髪は触り心地が良く、指を入れても絡み付くことはなかった。

「………どうっ、して…話してくれなかったの…?」

しばらくしてから、未だ完全には治まらない嗚咽の中で訊ねられる。途切れ途切れの…そして普段とは違う口調は、どれだけその疑問が彼女にとって重大であるのかを物語っていた。きっと顔も哀しい位に真剣なのだろう。

「……おまえを信用してなかった訳じゃない。ただ、大した事じゃないと判断したから話さなかった…それだけだ。」

「………。」

その気持ちに応えるべく、至極素直に答える。ミノンは納得したのかしてないのか黙り込むと、擦り寄る様にして顔を埋めた。

「…それが、おまえにとって許せなかったなら……出来る限りは、改める。」

「……ちがうの……。」

今度はふるふると首を振るミノン。首筋の辺りで服が擦れ、石鹸と整髪剤の甘い香りが立ち上る。

「…違う…私の勝手……私は…わがまま、だから……話して欲しかった…。……ごめんなさいっ…ごめんなさい……。」

「………。」

どうしてそんなに謝るのか。
どうして[自分]を話すのか。
どうして話して欲しいのか。

…わからなかった。どれだけ考えても。

「……俺には、話す意味がわからねえ。…だがおまえが聞けば満足するんなら、話すのは構わない。」

「…そうじゃないの…っ!」



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