「…起きろ。着いたぞ。」
サラマンダーさんが揺すると、ミノンさんは意外にすんなりと眠りから覚めた。少しぼーっとした後、目的を思い出したのかぱっちりと目を開ける。
「…やっぱり…。」
ふらりと立ち上がって臥せるみんな──やっぱり辛いのかナナも寝ている──の方へと歩いて行くミノンさん。あたし達も揃って後を追う。
「な、何がですか?」
「…最初に熱出したの…ちょっとやんちゃな子だったりしません?どこかに行って…帰って来て…それからでは?…魘されて…赤い目とか言ってたり…。」
「っ!?…は、はい…。」
自然と手に力が入る──すべてをぴたりと言い当てられたからだ。…心のどこかで油断していたのかもしれない…見た目は普通の女の子でも、ぼんやりと眠そうでも…この人は[魔女]なんだ。
「…全くその通りです。…あの、何でですか?もしかして…普通の病気じゃないんですか?」
「はい…これ、祟りです。…多分…白蛇とかそんな類いの…。」
「…たたり…しろ…へび?」
ニコラがたどたどしく聞き返すと、ミノンさんは伸びをしながら答えた。
「ちょっと変わった蛇で…白い体にまっ赤な目をしているんです。力を持った存在で、それを殺してしまうと祟り…呪いを受けてしまうんですよ。」
「…じゃ、じゃあ…熱は…蛇さんの…呪い…!?」
「はい…これだけ動物霊の気配がしていれば、間違いないかと。」
一際ぐぐっと伸び上がってからすとんと着地する。
「まさかこちらに存在するとは思いませんでした…白蛇信仰もないでしょうに、不思議な事もあるものですね。」
ミノンさんは口元に手をやると、無意識なのか可愛らしく小首を傾げた。言ってる事は難しくて訳がわからないのに、仕草も表情も本当に女の子だ。
「…あ…あのっ…みんな、治るんですよね…!?」
「はい。」
すっと屈んで目線を合わせてくれるミノンさん。初めてじっくりと見た瞳は、吸い込まれる様な夜空色だった。
「よく頑張って下さいましたね。今、私が必ず皆様をお助けします。」
にっこりと笑いかけてもらった瞬間、ふっと肩の力が抜ける。ミノンさんは軽くあたしの頭を撫でると、姿勢を戻して呟いた。
「…さて、どうしましょうか…昇天して頂くか、解呪させて頂くか…。」
「……おまえに一番負担がかからねえのにしろ。…つーか…やっぱりっつったってことは、原因わかってたんじゃねえのか?考えとけよ。」
「…除霊や解呪なんて大した事じゃないですよ。…わかってましたけど、確証はなかったし…何より眠くて…。」
…[わかってた]って、一体何がわかってたんだろう。まさか、あたし達に会っただけで呪いの原因までわかったの…?
「………。」
また口元に手を当てて考え込むミノンさん。
「……よし。」
「…っ!」
小さな掛け声のあと、彼女は一瞬にしてあたしにもわかる位に強い気を纏った。味方とわかっているからこそ怯まずにいられる…それでも指先が震える程に強大なオーラ。…明らかにただ者じゃない。
「白き蛇神の遣いよ、怒りを鎮めよ…その慈悲の心を以て汝が咒(しゅ)より彼の者らを解き放たん。」
意味がわからなくても確かな力を感じる詞、全てを圧倒する気迫。今ここにいるのは優しいミノンさんじゃなくて、でも恐い魔女さんでもなくて──誰より強い魔道士だった。
「………。…我が名に於いて命ず…以後ヒトの子らに関わる事なかれ。」
静かな言葉と共にオーラが霧散し、終わったと感じ取る。最強の魔道士がミノンさんに戻った頃、ニコラが遠慮がちに訊ねた。
「……あ、あの…どうなったの?」
「呪い、解けましたよ。きっと皆、すぐ元気になるかと。」
「ほ…本当っ!?」
「はい。」
すぐには信じられなくて、でも確かにみんなの容態は明らかに良くなっていて…歓喜や安心とかがごちゃ混ぜになった感情が沸き起こる。みんながいなくならないんだと思ったら、情けないとは思うのに涙がぽろぽろ零れた。
「よ…良かったぁ…!」
同じように泣いていたニコラと抱き合う。良かった…本当に、あたし達二人っきりになっちゃうかと…もしかしたらたった一人になっちゃうかと思った。
「……おいガキ共。俺達は帰るぞ。」
「えっ!?」
二人揃ってサラマンダーさんを見上げる。彼はいつの間にかミノンさんを横抱きにしていた。
「長居の理由もねえだろ。さっさと帰ってこいつを寝かしつけなきゃならないんでね。」
「わ…私は3つの子供か何かですか?」
「そんなもんだろうが。」
「…そんなに…子供じゃないもん…。」
元気そうだけどやっぱりどこか疲れた感じで反論するミノンさん。…やっぱり二人、お似合いだ。
「…あの…本当に、ありがとうございました。」
「ぼく、いつか絶対あなた達みたいに強くなるよ!」
「はい。大丈夫…あなた方には、見えずとも確かなご両親の御加護を感じますから。」
「…父さん…母さん?」
まさか…もしかして…あたし達が、呪いを受けなかったのは…。
「……[魔女]の正体…くれぐれも口外するんじゃねえぞ。」
「うんっ!」
「もちろん!」
「ありがとうございます。では…また、いつか。」
「…じゃあな。」
夜闇に紛れて消える二人。
「クリスちゃん、おかえりっ!あのね、お熱下がったんだよ!」
「ニコラ、遊ぼう!」
(いつか…あたしも、あんな風になれるかな。)
すっかり回復して起きて来たみんなに囲まれながら、あたしは白魔道士を──かつて両親が就いていた職業を目指す決意を密かにしたのだった。
後々、あの二人が大戦の英雄と知ってビックリ仰天したのはいうまでもない。
fin.
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