木とも草ともつかない見た目の緑。

細いが固そうな芯からは、筋張った細長い葉が生えている。所々のそれに引っ掛けられているのは…どうやら紙切れの様だ。

とある日のミノンの家のリビングには、そんなものが飾られていた。



☆愛逢月にて☆



「…何だこれは。」

「笹という植物です。先日セイの所から頂いて来ました。」

何が嬉しいのか──…まさか俺が訊ねたからか?──わざわざ外套を脱ぐ手を止め、にっこりと笑って言うミノン。

「……この紙は?」

手に取り裏返して見れば、何やら文章らしきものが書いてあった。しかしそれはミノンの書くあの文字で書かれていて…全く読めない。

「短冊です。」

「…タンザク?」

「お星様に叶えて欲しいお願い事をその紙に書くんです。何でも良いんですよ…無病息災でも、世界平和でも。」

今日は7月7日だから…と言いつつ外套を壁に掛け、ソファに座るミノン。された手招きに逆らわず隣に腰を下ろすと、ミノンは一層笑顔になった。

「[七夕祭り]と、私の世界で呼ぶ催しなんです。お星様のお祭りなんですよ。」

「……星に叶えてもらうとは…ずいぶんと実のねえ話だな。」

「あら、そんな事ありませんよ。叶えて下さる方がお空にいらっしゃるんですから。」

「…は?」

「織姫様と、彦星様。織女と牽牛なんて呼び方もあります…[ベガ][アルタイル]という呼び名なら、此方にもありませんか?夏の夜空に浮かぶ、明るい星の名です。」

「…あった気も…しなくはねえ。…だが何故それが願いを叶えるんだ?」

不意に擦り寄る様にして僅かに距離を詰められる。

「…一つのお話が、あるんです。…お空の上の──恋のお話。」

まっすぐに見つめてくる大きな瞳。

「…聞いて下さいます?」

その夜空の色に、たまには良いかという気になって相槌を打てば…ミノンはまたふわりと笑った。





「昔々お空の上に、織姫という見目麗しいお姫様がおりました。織姫様のお仕事は機を織る事…布を作る事でした。また、彦星という美しい青年もおりました。青年のお仕事は牛…えと…動物のお世話をする事でした。」

頭の中の想像が、無意識にガーネットとジタンで形作られる。

「二人はお互いに一目惚れし、恋仲になりました。とても幸せで幸せで、幸せで……そして、お仕事を疎かにしてしまったのです。」

…あっという間に空しく崩れるイメージ。あの二人には縁遠い展開だった…空の上の奴等の物語のクセに、人間臭い話だ。

「それに怒った織姫様のお父様…お空の王様は、二人を天の川という大河の対岸に引き離しました。…でもあんまりにも織姫様が会いたいと泣くので、1年間の内でただ1日だけ会わせてあげる事にしました。毎年その日…7月7日だけは白い鳥が天の川に架ける橋を渡り、二人は一時の逢瀬を楽しむのでした…。」

「……終わりか?」

「はい。」

…半ばの展開とは逆に…不自然な程、人間離れした結末。

それで終わりなのか?

「お願いを叶えて下さるのは、元は[織姫様のように器量良しの女性になれますように]とお願いしたのが始まりと言います。今の様式に転じたきっかけは知りませんが……きっと、[二人の様に願いが叶いますように]じゃないかな、って…。」

…つまり…365あったもんが0になって悲しみ、願いが叶って1になったから喜んでやがるだと?

「……利益のねえ話だな。」

「えっ?」

「恋人と会えねえ現実を甘んじて受け入れる様なヘタレに願う位なら、俺は自分で叶える。…つーか、おまえは良いのか?それで。」

からかうつもりで付け足せば、真に受けたのか、ミノンは真剣な顔付きになって黙り込んでしまった。

「………。」

「………んなマジに考えんな。神頼みなんざ…元々は気休めだろ?」

半ば反射的に小さな頭を撫でる。本当、妙な癖がついちまったな…たった2年だか前ならとてもじゃないが想像出来なかった。

「……違うもん……。」

「あ?」

俯いた顔から漏れ聞こえる小さな呟き。

「叶えて、くれるんだもん…だから私、一生懸命お願い書いたもん…いっぱいいっぱい、書いたもん…。」

小さな声が僅かに震え、徐々にフェードアウトして行く。

「っ、おい…!」

……ガキかおまえは!

「っ…悪かった…俺が悪かったから、泣くな。」

軽く抱き締め、思わず止めていた手を再び動かしてあやすように撫でてやる。こいつは時に、本物のガキよりずっとガキだ…──そのガキを、他でもない<恋人>と認識している俺も俺だが。

「……、…はい。」

無事に聞こえた小さな返事に、ふと勘づく。

星にも縋りたい様な願いが…こいつにはあるのか?

「…そんなに沢山、一体何を願ったんだ?」

まるで鼓動を聞く様に、俺の胸の辺りに顔を埋めるミノン。

「……ないしょ。」

「は?」

「…ひみつ、です。」

言いたくないとか拗ねているだとか、そういった雰囲気とは違う…まるで少し照れているかの様な呟き。…一体何を書いたんだか…。

「………。………なあ。」

「…?」

「あのタンザク…俺も書いて良いか?」

「!…はい…!」

慌てて顔を上げてから、少し名残惜しそうに離れていくミノン。ぱたぱたと走って行き、やがて紙と筆記具を手にして戻って来た。

「はい。」

「…どうも。」

「………。」

俺の手元をじっと見詰めるミノン。その表情は数多の疑問符に彩られていて…笑い出しそうになるのを堪える。

「…んなに見たって、どうせ読めやしねえんだろ?」

「…う……なんて書くんですか?」

「……内緒、だ。」

「!」

ミノンは一瞬虚を突かれた様な表情になり、目を丸くした。成功した仕返しに今度こそ笑い出してしまう。

「サ…サラマンダー様っ!」

面白い位に真っ赤になるミノン。


……星に願うまでも、ないかもな。



fin?


──サラマンダー様とずっと一緒にいられますように 美音──

──あいつがいつまでも笑っていると良い──


fin☆



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