「マリアも…おぬしと同じなのじゃ。ドラクゥが戦地にいる事を[怖い]と感じておるかもしれぬ。ドラクゥに会いたいじゃろう…。」
玄関先でフライヤが言う。
「…でも…私の気持ちは…<恋>では…。」
「大丈夫じゃ。おぬしの気持ちは…<恋>ではなくとも立派な<愛>。今のおぬしなら、[愛する人を思う]マリアになれるじゃろう。誰よりも…。」
「……ありがとうございます。」
「王都の出口まで送って行こう。」
「…サラマンダー。」
隣を歩くサラマンダーの腕をぐいっと引っ張るフライヤ。
「…おぬしは、ミノンの[愛する人]…ミノンの心の拠り所なのじゃな。」
「…はあ?」
少し一人で考えたい…と離れて前を歩くミノンの後ろ姿を見て、フライヤは少し寂しそうに微笑んだ。
「たとえ恋人でなくても…という事じゃ。あの力を以てすれば、おぬし一人の生など容易に…確実に守れるじゃろうミノンが、[怖い]とまで思っておるのじゃからな……滅多な事で、死ぬでないぞ…。」
「…あのな。」
頼りなく揺れる白い外套をサラマンダーの視界が捉える。
「未来に確実なんて存在しねえ…未来における唯一の[確実]は、それが[不確実]だという事だ。」
「…サラマンダー?」
「……あいつがそう言っていた。…いつどうして死ぬかなんざ、わかんねえだろうが。俺も…あいつも。」
「……ミノンが、死ぬ?」
「…自我の消滅が<死>だと…言っていた。体は不死身でも、死ぬんだと。……、…………。」
雨音に掻き消される語尾。
「ん?…何か言ったか?」
「…何も…。」
「本当か?」
「…しつこい。」
「ふむ…怪しい……が、今は勘弁してやろう。…ミノン!」
フライヤがミノンの元へと駆けて行く。考え事に熱中し過ぎ、危うく行き過ぎかけているのだ。
「……案外、早死にかも知れねえな…互いに。」
†
♪…いつまでも…あなたをまつ…♪
「…素晴らしい…!」
「ミノン、超良くなったじゃん!オレ感動したぜ!」
「たったの3日でよくここまで…何かヒントがあったのですか?」
「……はい。」
恥ずかしそうに微笑むミノン。
「今の君にならマリアを安心して任せられるよ。私の目は確かだった…君に頼んで良かった。」
「…!…ありがとうございます。」
「もっと聞いていたい所だが…今は練習だな。次はマリアとラルスのダンスを通すぞ。」
「はい。」
「うぃっす。」
「……では、今日はここまで!解散!」
「…ありがとうございました!お疲れ様でした!」
「お疲れ、ミノン。」
皆が楽屋に向かう中、ジタンは真っ直ぐにミノンの元へやって来た。
「お疲れ様です。」
「いやぁ…3日前、お前かなり落ち込んでたっつーか…何かヤバそうだったからさ、オレもリートも…みんな心配したんだぜ?オマケにあの後、家に行ったらいないし。」
芝居に使う剣を弄びながら苦笑するジタン。ミノンが抜けたのは練習の途中だった為に表には出さずとも、ミノンの性質を知るジタンは内心かなり慌てていたのだ。
「…すみません。あの夜は仕事で…。」
「だろうとは思ったけどな…で、一体何がヒントになったんだ?誰かに聞いたのか?」
「はい。フライヤ様に、マリアの気持ちを…。」
「なるほど。確かにフライヤは一番確実かもな。…でもミノン、恋はした事ない…知らない…って言ってなかったか?」
以前、エーコが[ミノンって、その歳で恋した事ないの!?]と、単刀直入に聞いた事があった。その時ミノンは至って真面目に[はい。]と答えたのだ。した事がない、知らない…と。
そして、その答えは今も同じだった。
「はい。知りません。」
「…え!?気付いたとか…思い出したとか…。」
「いいえ。…でもフライヤ様は、<恋>でなくても人を愛せる事を教えて下さいました。<愛>には沢山の形がある事を……だから私は、ドラクゥに<恋>をしない事にしたんです。」
「へ……へぇ……そりゃ…そりゃまた、斬新な<恋物語>だ…。…でも団長は喜んでたし、実際マジで良かったし…それはそれでマリアなのかもな。」
「はい。私は…きっと、私にしか出来ないマリアを演じます。……演じてみせます。」
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