「…という訳で…歌劇に出る事に…。」
「ほう…おぬしに声をかけたという人物は良い目をしておるな。」
テーブルを挟み、向かい合って座る3人。…とはいえサラマンダーは話に参加する気がさらさらない様で、ミノンの隣で足を組み瞑目している。
「…では、悩みというのは歌劇の事か?」
「…はい…。…これの最初からここまで、目を通して頂けますか?」
ミノンが差し出した台本を手に取るフライヤ。細かく書かれた演技指導と訳でだいぶ読みにくくなっているにも関わらず、すらすらと読み進めて行く。
「…………成る程、恋物語か。」
あっという間に指定された部分まで読み終えると、フライヤは顔をあげた。
「どの役なんじゃ?」
「…マリアを…。」
「なんと!ならば主役ではないか。」
「…はい…。」
[主役]という言葉に俯くミノン。フライヤは瞬きすると、話を本題に戻した。
「…さて。何を私に聞きたいのじゃ?」
「……マリアの…気持ちを…。」
「…は?」
「私、マリアがどう思っているのか…わからないんです。団長に、歌に気持ちを乗せろと言われて…でも、私は<恋>を知らないから…わからなくて…。」
「………成る程。…ドラクゥに対するマリアの恋心が…分からぬとな?」
「…はい。」
「……ふむ…。」
俯いたままのミノンと、瞑目したままのサラマンダーを交互に見るフライヤ。
「…成る程…のぅ…。」
この組み合わせでは答えが出る訳がない…フライヤは心でそう呟くと、僅かに口端を上げた。
「ミノンは……イプセンの古城でこやつが行方不明になりおった時、どんな気持ちになった?」
「え?」
サラマンダーが薄く目を開け、目線だけをミノンに向ける。話を聞いてはいた様だ。
「………怖かったです。」
当人が隣にいるにも関わらず、躊躇う素振りもなくミノンは言った。
「…怖い?」
「……人は…人は、花の様に散り往くもの……一夜の夢の様に…儚いものですから…。」
サラマンダーの方を見る事なく、まるで独り言の様に続ける。
「一瞬の風も、たった一つの夜明けも…。」
この独特な言い回しが彼女の経験から来ている事を知るフライヤは、サラマンダーを一瞥してから質問を変えた。
「そうか…。…では、こやつが仕事で長く帰って来ない時は?」
「………。…会いたい…です。会って、怪我をしていないか…何か、嫌な思いをしていないか…確かめたい…。…あ……れ…?」
自分の言葉に目を見開き、顔を上げるミノン。
「…今の2つの気持ち、大切にしなさい。」
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