「………おい。」

「………。」

「……おい!」

「っ!?サ…サラマンダー様…こんばんは。」

慌てて庭の切り株から立ち上がるミノン。

「…何ボケッとしてやがる……調子悪いのか。」

「あ、いえ…大丈夫です。行きましょう。えっと…ヴィータ…ですよね?」

「(重症だな…)…外でボンヤリすんじゃねえぞ。」

「…はい。」







「…どうなんだ?練習は。」

ヴィータからの帰路…ミノンの家が見え始めた頃、サラマンダーがポツリと言った。

「………。」

「あと1ヶ月だろう。」

「…そうですね…。」

「……何かあったか。」

「………え?…いいえ、何も…。」

「………。」

深く深く溜め息を吐いて立ち止まるサラマンダー。

「何にもねえのにこれか?」

「…これ?」

「さっきから上の空だろうが。しかもたまに立ち止まってる。」

「………。」

「…舞台の上でこそ見た目は普通だったが…マスターには様子がおかしくねえかと聞かれた。それ位お前…変だ。」

「………。」

「…無理に言えとは言わねえがな…。」

ミノンを見る金の瞳は優しく、はっきりと言葉に出ない心情を顕している。

暫くの静寂の後、ミノンは呟く様に切り出した。

「………マリアに…なれないのです。」

「……お前の役にか?」

「はい。…マリアが、どう思っているのか…わからないのです。他の方は、自分の役の気持ちがわかっているのに、私だけ…わからない…。団長も…今日は帰りなさいって…。」

「……難しい感情なのか。」

「…それも…わからない…です。…マリアは、政略婚を迫られるんです…遠く離れた戦地に、恋人がいるのに…。」

周囲に誰もいないのを注意深く確認すると、ミノンはサラマンダーにだけ聞こえる位の小声で歌い出した。

♪…いとしの…あなたは…とおいところへ?…いろあせぬ…とわのあい…ちかったばかりに……かなしい…ときにも…つらいときにも…そらにふる…あのほしを…あなたとおもい……のぞまぬ…ちぎりを…かわすのですか?…どうすれば?…ねえあなた…ことばをまつ…♪

まるで子守唄の様な、小さくても優しく…たゆたう様な歌声。しかし、恋物語としては明らかに足りないものがあった。

(…成る程な。)

サラマンダーはミノンの外套のフードを取ると、漆黒の髪を乱暴に掻き混ぜた。

「!…サラマンダー様?」

「マリアの気持ちがわかんねえのは…多分お前のせいじゃねえ。つーか俺にもよくわかんねえ…が、心当たりはある。」

「?」

ぽんぽん、と優しくミノンの頭を叩き、フードを元に戻すサラマンダー。

「…あんまボケッとしてると、転ぶぞ。」

軽く小突くと、方向転換してスタスタと歩き出した。

「…?…あ…ありがとうございました。」



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