“偶には一緒に飲まぬか?”
焔を名に冠する男の元へ珍しく届いた手紙は、珍しい人間からの珍しい誘いを伝えていた。差出人はかつての彼の戦友――今は女王の側近である男だ。誘いの文言の後ろには、向こう3日ならいつでも構わないから来て欲しいと続いている。
「……今夜、出掛けて良いか。」
「え?」
「……スタイナーと……飲みに行く。」
「まあ! 勿論です、お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
下戸の男から、飲みの誘い。妙な気配を感じた彼は、すぐさま外出を決めたのだった。
*:・゜'★,。・:お嫁様は魔女:・。,☆'゜・:*
夕食時になって城へ、そして呼び出し人の部屋へと赴いたサラマンダーが目にしたものは、特に変わった様子のないスタイナーの姿だった。大鎧ではなく布の衣服を身に纏い、眉間に皺を寄せながらも慣れないと言っていた書類仕事を黙々とこなしている。窓を軽く叩けば、すぐさま顔を上げて客人を出迎えた。
「またおぬしは……なぜ門を使わんのだ。」
「……面倒だ。」
窮屈そうに大きな身体を曲げ、サラマンダーが音もなく部屋へと入る。問い掛けには御座なりな答えと共に溜め息を寄越した。詳しく語る気はないのだ。スタイナーもある程度は諦めているのか、深くは追及しなかった。元通りに窓を閉める。
「よく来てくれたな。……あの手紙を読んでくれたのであろう?」
「……まあな。」
「呼び出すような真似をしてすまぬ。……その……家を空けて平気なのか?」
一人にするには些か不安の残る少女を残させたのが心苦しいのだろう。躊躇いがちにそう訊ねたスタイナーに、サラマンダーは「よっぽど遅くならなきゃな」と返した。今は何を作るのか裁縫に夢中になっているため、暫くは持つと踏んだのだ。そのまま包み隠さず伝える。――まさかその言葉の対象が大人で、しかもあろうことか彼の伴侶とも言える存在だとは傍耳に誰も思わないだろう。
そんな二人のやり取りの終わりを待っていたかのように、上品なノックが響く。スタイナーが入室を許可すれば、同じく側近を務める女将軍が入って来た。軍人らしい硬質な足音は常よりやや控えめだ。
「まあ、お久しぶりですね……サラマンダー。」
予想外の来客には驚いた様だが、すぐに柔らかい微笑を浮かべた。スタイナーが目に見えて慌て出す。
「な、何か自分は忘れていたか?」
会議か書類の締切か……と呟いている事から見て、どうやら前科があるようだ。そんなスタイナーを見て、ベアトリクスは優しく笑った。
「いいえ、安心して下さい。そう言ったことを告げに来たのではありませんよ。」
そう言った刹那、すっと赤の隻眼の目線が右に逸れる。――同時にスタイナーの頬が僅かにひきつったのを、サラマンダーは見逃さなかった。
「ど、どうかしたか?」
「いえ、何も。……今宵は帰れなくなりそうだとお伝えしに来たのです。火急の用事が入ってしまって。」
「なにっ! それは、……いや、自分は構わぬのだが、そんなこと続きではお前の体が持たぬだろう!」
ぎこちない様子から一転、常の熱が入った話し方になる。慣れているのか、ベアトリクスは静かに目を俯せて口角を上げた。
「大丈夫ですよ……自分の限界は弁えていますから。――出掛けるのですか?」
瞼を上げて小首を傾げる動作に合わせ、美しい栗色の巻き毛が肩を滑り落ちる。そこに咎める気配は全くないが、スタイナーは大きく肩を跳ねさせた。帰れないほど多忙な片割れを置いて出掛けることに罪悪感を感じたのだろう。
「あ、その……飲みにだな、いや、だが……お前がそのように働かねばならぬなら、……だが、その……。」
「何を言うのですか……どうぞ楽しんで来てください。早く帰れると、楽しみにしていたのは貴方でしょう。」
端整な顔を綻ばせてベアトリクスが笑う。スタイナーはあれやこれやと言い迷っていたが、結局はその笑顔に何も言えなかったようだった。
「……お言葉に甘えさせてもらうのである! 絶対に無理をするでないぞ! 代われる仕事は残すのだ、明日全て自分が片付けるからな!」
「ええ……ありがとうございます。行ってらっしゃい。」
「行って参る!」
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